王宮
いつもありがとうございます。
構成上短いです。終わりませんでした(泣)
地下の図書館から一階に戻ると、閉じられた門扉を開けるように兵士が騒いでいた。
「来たわね」
ベネトナシュが呟く。
「開けない訳には参りませんね」
カウスはそう言って首を振る。
扉を必死で叩く音。助けを求める兵士の声。
肌がざわつく。『魔』だ。
カウスは扉のかんぬきを開けた。
血だらけの兵士が剣を片手に異形のものと戦っていた。
緑色の肌をした、『かつて人であった』であろう、ソレの伸びた髪は触手のようにうごめき、目は銀色に光っている。口は裂けているかのように大きく、時折、口から酸のようなものを吐いて、兵士たちを攻撃していた。
「リュウ、還しの呪文を試してみて」
「でも、光の輪が必要だって……あ、そうか」
俺は、DVDを手に持った。
右手で剣を抜き、魔物へと向ける。左手にDVDというのは、何とも間抜けだが、仕方がない。
「剣先に意識を集中して……カウスは、フォローを」
ベネトナシュはそう言って、俺の隣に立った。すうっと杖を抜いて、目を閉じる。
淡い光が俺たちを包んだ。おそらく、守護系の魔法、なのだろう。
俺の後ろに立ったカウスが、俺の肩に手を置いた。
「リュウヘイ」
振り返ると、カウスが頷いた。
俺は目を閉じる。化け物の方角から、僅かな『揺れ』を感じた。これが『波』。
『光は影、影は光。』
「光は影、影は光」
俺はカウスの言葉を復唱する。ビリビリと剣を持つ手が震えを感じた。
『流れよ、大いなる扉の向こうに』
「流れよ、大いなる扉の向こうに」
剣先から伝わってきた振動が、全身を駆け巡り、光が化け物に向かって放たれた。ぐるぐるとその光は渦を巻くように化け物を捕え、そこから黒い何かが噴き出して、左手に持ったDVDへと吹付けた。
あまりの衝撃に、俺は後ろへと押されて、カウスに支えられる。
「おおっ」
化け物と相対していた兵士たちから、歓声が上がった。
「まだよ、リュウ」
うずまいた光が消えていくのをじっと見ながら、ベネトナシュがそう言った。
化け物の肌が、人のモノに戻っていく……戻っていったのに。
それは、人の姿を取り戻せず、虚ろな目で大きく意味の分からない咆哮をした。
髪の毛は触手のように伸びたまま、ぐるぐるとのたうっている。化け物は先ほどよりスピードは衰えたものの、周囲の兵士たちを再び襲い始めた。
「ゴメイザの名において」
ベネトナシュは静かに唱える。
「焼き払え」
彼女の伸ばした杖の向こうに火柱が立った。
ギャーっという断末魔の叫びとともに異形の化け物は炎に焼かれた。
化け物は炎に巻かれながらも、のたうつ様に暴れている。
「くそっ」
俺は、逃げ惑う兵士たちを押しのけ、間合いを詰め、一気に剣を突き立てた。
ギャー
断末魔の叫びとともに、化け物はジュワーっと音を立て、倒れ落ちた。
突き立てた肉の感触に再び、おぞましさを感じ、俺は震えた。温かな手が、俺の肩に触れる――ベネトナシュの手だった。
「大丈夫。魔は、逃げずに封印されたみたいよ……その円盤からゲミンガと同じ匂いがするもの」
「そう……」僅かな希望だな、とは思う。「でも……救えなかった」
俺の言葉に、ベネトナシュは首をすくめた。
「ヒトの外見が残っていないのであれば既に魔と同化しているわ……無理よ」
「あれは、王宮の方から来たようです」
カウスが、兵士たちの手当てをしながらそう言った。
「行くわよ。リュウ」
「正面から?」
いきなり歩き出すベネトナシュに俺は思わず聞く。
「リュウは、サバナルの時、そうしたでしょう?」
「あれは……その方が早いと思って」
実際、あの時はゲーム感覚で、襲い掛かる妖魔をなぎ倒すのが面白かった。圧倒的な自分の強さに俺は、酔いしれていたのだ。
「ここだって、同じよ。どのみち、妖魔はすべて封印しなくてはいけないのだから」
「しかし……」
「しっかりしなさい。リュウ。時がたてば、救える命は減っていくのよ」
ベネトナシュは大きな鋭い目で俺を見た。
「ここで迷っていることは、許されないわ……残酷かもしれないけれど、あなたにしかできないことなのだから」
ベネトナシュの父、サバナルの王サルガスを殺したのは、俺だ。
命を救ってもらってから、今の今まで。彼女が俺を責めたことは一度もない。
「ベネは……すごいな」
俺は思わずそう呟く。
「いつも、まっすぐに前を向いている。ベネの方がよほど勇者だと思う」
「まさか……私は、父を止められなかった。罪はリュウより重いのよ」
小さく呟いたベネトナシュの言葉は、深い悔恨に満ちていた。
カウスの案内で、俺たちは王宮へと向かう。城門にはまだ人である兵士たちが異形のものと戦っていた。
俺は、何度か、召喚返しを唱え、倒すべき異形を倒し、前へと進む。
サバナルの時と同じく、俺は血臭を漂わせながら突き進む。違うのは、俺の気持ちだ。
相手が『人間』であるとわかっている今、剣を突き立てるたびに、自分の中で何かが壊れていくような感覚がある。
救いは、生きた人間が残っていて。俺たちといっしょに戦ってくれること。
俺の隣に、ベネトナシュとカウスがいることだ。
「リュウヘイ、こっちです」
カウスの案内で、俺たちは宮殿に入った。
不思議と、屋内に入ると人の気配がなかった。
大理石で作られた廊下に、おびただしい赤い血糊が落ちているところを見ると、既に戦闘はあったのであろうが、物音がしない。靴音が鳴り響くほど、静かだ。
そして、戦闘があったであろうに、死体も、怪我人もいない。
「誰も……いないな」
俺の言葉に、カウスは顔を曇らせた。
「そうですね。あまりにも静かです」
俺たちは、しん、と静まり返った廊下を歩き、謁見の間へと入った。
パンパンパン、と玉座から手を叩く音が鳴り響いた。
見覚えのある、ブランクルの王、であった。
広い謁見の間の玉座には、王。その傍らに二人の騎士が控えている。他には誰もいない
窓は閉められて、部屋を照らしているのは、壁に掛けられたランプ。全体的に薄暗いものの、辺りの様子は視認できる明るさである。
「よかった」
俺は胸をなでおろす。この部屋の人間は、間違いなく、まだ『ひと』の外見をしていた。
「勇者よ、妖魔の娘を伴って戻ってくるとは、どういうことだね?」
「王よ。彼女は神託にあった王女です」
カウスの言葉を、ブランクル王は、つまらなさそうに眉をよせた。
「サルガスの娘であろう? 災いの根源だ」
「どうして、俺……僕を殺そうとしたのです?」
俺の言葉に、王はふうっと息を吐いた。けだるそうに、首を振り、俺を見る。
「リュウ」
ベネトナシュが耳元で呟いた。
「還しの呪文を」
俺は、一瞬ためらう。目を閉じただけでは、波動は感じられない。剣を抜刀しなければ、還しはできないのだ。さすがに、王の前でいきなり抜刀するのは、正気の沙汰じゃない。
「迷わないで。間に合わなくなる」
強いその言葉に、俺は、弾かれたように抜刀した。
「なっ」
王の隣の騎士たちが王を庇うようにして王の前に立つ。
剣先から、強い振動を感じた。
『光は影、影は光。流れよ、大いなる扉の向こうに』
俺の全身から大きな力が流れ出た。
光が渦巻いて、王都騎士たちを取り囲み、影が噴き出す。
俺の胸に下げたDVDが影をごーっと吸い込んだ。
ぱたり、と、騎士たちが床に倒れ、王も玉座の上で意識を失った。
「終わった?」
俺は、辺りを見回す。あまりにも、サルガス王の時より、あっけなさすぎる。しかも、王はまだ、『人間』であった。単純に間に合った、のなら、いいのだが。
「まだ……妖魔の気配があります。しかも、大きい」
カウスが、眉をしかめた。
「でも……王は、こうして」
俺の言葉に、ベネトナシュの表情は険しい。
「魔王は、必ずしも、『王』に憑りつかなければいけないというきまりはないわ」
それはそうかもしれないが。
「権力者と結びつくというのは、魔王が世界を蹂躙するのに簡単なのと、強い権力欲が『魔』と同化しやすいからなの。魔王が大好きな野心と猜疑心を、育みやすい土壌をもつ立場だから」
「じゃあ、魔王はまだ、どこかにいるってこと?」
俺は剣を鞘に戻す。確かに、静けさの中に、不穏な空気が淀んでいる。
「私は、王を保護していますので、お二人で行ってください」
カウスは、床に魔法陣を描き始めた。
「わかった」
俺とベネトナシュは、カウスを残し、謁見の間を出た。
薄暗い通路に、少しも晴れない重苦しい空気が漂っている。
「たぶん、王族の部屋の方だと思うわ」
ベネトナシュはやや上を仰ぐようにしながら、気配を探りながら呟く。
「宮殿って、どこも、無駄に迷路なのよね」
王女であるベネトナシュは、サバナルの城を思い出したかのようにそう言った。
床には、赤いじゅうたん。意匠をこらしたランプが壁に掛けられていて、白い美しい扉のある、見覚えのある部屋。
「変わらないな」
俺は、ふとそう呟く。召喚されて、宮殿に連れてこられて。
「俺、この部屋で、寝泊まりした」
つい、懐かしく、扉に触れる。
あの時は。見たこともないような豪華な部屋や、豪華な食事に、自分が凄い人間になったような気がしていた。
もっと、世界を知ろうとしていたのならば。サバナル、少なくともこのブランクル王国は、救えたのかもしれないのに。
「リュウ」
ベネトナシュが、俺の肩に触れた。
「反省は美徳よ。でも、それは、今、することではないわ」
俺の心を読んだかのように、ベネトナシュはそう言った。
「そうだな」
俺は、ベネトナシュの手に触れる。暖かい、優しい……そして、誰よりも強い手だ。
俺たちは、妖魔の気配を追って、廊下を突き進み、大きな気配のうごめく部屋をついに探し当てた。
そこは……俺が命を救った王女フェリシアの部屋だった。




