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ゲミンガ

 カウス・アウストラリスは、ベネトナシュと同じように、肌に妙なペインティングをしている。効果があるのかどうかはしらないが、『妖魔』よけの紋様らしい。ベネトナシュがこっそり耳打ちするには、この神殿は何重にも魔よけの呪いが施されているらしい。俺とベネトナシュを神殿の最深部にある部屋へと連れていった。そこは俺が召喚された魔法陣のあった部屋だ。

 しんと静まり返った部屋。魔法陣は消され、ゴメイザの神像のおかれた祭壇のほかには、部屋の片隅に小さなテーブルが置かれているだけだ。部屋には窓はなく、明かりは灯された蝋燭の灯りのみ。白い石造りの床や、壁がにぶく灯りを反射しているが、全体的に薄暗い。

 テーブルの上には、俺が召喚された時に着ていた学生服と鞄が置かれている。

 そう。俺は、通学途中で召喚された。通学電車に乗ったはずなのに、気が付いたら、見知らぬ高貴な人々に囲まれていたのだ。

 事態が把握できないうちに、着替えをさせられ、鎧と剣を持たされて。納得いく前に、王宮に連れて行かれる途中で妖魔が飛来したのだ。

「俺を待っていたって?」

 部屋に入り、俺はカウスにたずねた。金髪で緑色の瞳。すらりとして背が高い。絵にかいたような端正な顔立ち。あまりに整いすぎていて、男だとわかっていても、見つめられると変な気分になって落ち着かない。

 カウスは俺とベネトナシュをみて頷いた。

「ご神託がありました。勇者が王女を伴って戻られると」

「え?」

 ベネトナシュが顔をしかめた。

「それって、私のこと?」

「他に誰がいらっしゃるので?」

 カウスの言葉にベネトナシュは首を振る。

「私が来ることがどうしてわかったの?」

「女神がそのようにおっしゃいましたので」

「この前はそんなことは言わなかったじゃないか」

 俺の抗議に、カウスは首を振った。

「リュウヘイが出立なさった後のことでございますから」

 陰鬱な表情で、彼はそう言った。ブランクル王は、その神託の報告を受けても、俺に連絡を取ろうとは思わなかったらしい。

「王は、もともとサバナルを救う気はなかったのです。おおかた、妖魔を倒した後はブランクルが神と正義の名のもとに併合する予定だったのでしょう。サルガス王の娘と勇者が協力するような『神託』は都合が悪かった。私はリュウヘイに知らせようと試みはしましたが……そのせいで、この神殿は兵に取り囲まれているのです」

 カウスは首をすくめた。

「それにしたって、どうして教えてくれなかった? 妖魔が人間だったと。少なくともサバナルは人間の作った国であったと教えてくれれば」

「妖魔が人間?」

 カウスは眉間に皺を寄せる。

「なんのことです?」

 その表情に嘘はなさそうで、俺はベネトナシュの方を見る。彼女は首をすくめた。

「妖魔は、もともと人間だった。サバナルの民は妖魔に滅せられたわけじゃない。サバナルの人間が妖魔になってしまったのさ」

「な?」

 カウスの顔が蒼白になる。禍々しい妖魔が、人間だと言われても、にわかには信じがたいだろう。

「女神はなんとおっしゃったのですか?」

 ベネトナシュはふうっと息をついた。

「最初は、こうです。『異世界の勇者だけが魔王を倒せる。剣と鎧を与える』ですね」

 カウスはそう言って、俺の持つ剣に目をやる。

「二回目は、リュウヘイが出て行った後ですね。『ゲミンガを。王女ベネトナシュに会え』そして、三回目が『勇者は聖女とともに戻る。ゲミンガをみよ』ですね」

 俺は首を振った。

「なんで、そんなふうにもったいぶるのさ。きちんと全部教えりゃいいだろ?」

「神々は、原則として、人界に介入することはできません」

 カウスは苦々しく口を歪めた。

「この世界には、人界、天界、魔界があります。天界と魔界は、人界という世界をはさみ対立しておりますが、どちらかが人界に介入すると、お互いが人界に介入しやすくなるのです」

「どういうことだ?」

 俺は首をひねる。

「つまりね、今回みたいに魔物が勢力を増せば、逆に女神は力を発揮できるのよ」

 ベネトナシュは口を歪めた。

「おそらく、当初の段階では、女神の介入が大きくなるほど、魔界の勢力は増すってことで、中途半端なご神託だったのでしょうね」

「それにしたって、中途半端すぎる」

 俺はため息が出る。与えた剣で『倒せない』ということくらい、伝えるべきだろう。

「だいたい、ゲミンガってなんだよ。遺跡に行けってこと?」

「違うわ。ゲミンガの遺跡は『あってはならぬ』遺跡と言う意味なの。古文書によれば、ゲミンガの意味は『そこにない』と言うことね」

「……そこにない?」

 俺は首を傾げた。意味がわからない。カウスが納得したように頷いた。

「たぶん、『この世界にはない』、つまりは、リュウヘイの私物の何かだと思われます」

「俺の、私物?」

 俺はテーブルの上に置かれた、学生服と鞄に目をやった。

 この中に、妖魔を倒す鍵がある……とは、とても思えなかった。


 俺はカウスとベネトナシュとともに、自分の私物を並べていく。

 スマートフォン、一台。充電できていないので、電池残量は僅か。当然電波は来ていない。

 教科書とノート、下敷き。筆箱。定期券に財布。どれも平凡なものばかりだ。

「これなに?」

 ベネトナシュが不思議そうに箱を開く。DVDだ。

「ああ、これね」

 俺は、ケースからそれを出した。同級生に貸してほしいと言われたお笑い番組の録画したものである。再生機も何もないこの世界では、ただのキラキラした金属の円盤だ。

「裏側、綺麗だろう?」

光を反射して七色に光るDVDをベネトナシュが食い入るように見つめる。

「……魔力があるわ」

「へ?」

「影を縫い止める力を感じる」

「そうですね」

 ベネトナシュと、カウスが俺の手元のDVDを見つめる。冗談、ではない雰囲気だ。

「これは何に使うものですか?」

 カウスが不思議そうにそう言った。

「これは俺の世界の記録媒体で、えっと。動く映像とかそういったものを記録するものだけど」

「どうやって?」

 俺は首をひねった。

「そういう機械があるんだ。えっと、この金属の表面の奥に小さな凹凸を作るンだったかな?」

 正直、DVDがどんな仕組みかなんて、考えたこともない。

「間違いなく、魔力を感じるわ」

 ベネトナシュはそう言った。しかし、仮に魔力があったとして、どうするのだ。

「私が読んだ古文書には、妖魔は『光』に縫い止めるしかない、と書いてあったわ」

「縫い止める、ってどうやって?」

 確かに、DVDは光ディスクだけど。ここには電子機器は一つもないのだ。

「……それは、リュウヘイ、あなたの力ですよ、きっと」

 カウスは無責任に、そして真面目な顔でオレにそう言った。



 三人でDVDを見つめていてもらちが明かない。

「それで、王宮の様子はどうなっている?」

 俺の質問にカウスは首を傾げた。

「正直、私も軟禁状態でしたからね、はっきりはわからないのですが」

 カウスは俺たちを連れて、召喚の間を出て、神殿の高い塔に登った。

 塔の上からはブランクル王国の、美しい宮殿が見える。夜陰のせいもあるが、暗い闇色に染まっている。サバナルほどではないが、大気が淀んで、ピリピリと肌を刺す。

「妖魔に憑りつかれても、しばらくは本人の『意志』は残るわ。ただし、かなり野心的で、猜疑心が強くなる……そうしてその心に身を委ねれば委ねるほど、妖魔は身体になじんでいく」

「そうなったら、救えないのか?」

 俺の言葉に、ベネトナシュは、頷いた。

「意志が残っていれば、あるいは可能かも。初期の段階なら、私の魔法でも払えるけど……少なくとも、ヒトの外見がなくなっているなら、もう、無理ね」

「ヒトの外見」

 サバナル王国の宮殿に『ヒト』はいなかった。

 しかし、ブランクル王国の兵士たちは、まだ『ヒト』である。

「救える? でも、どうやって?」

 俺は自分の右手を見る。血塗られた手。誰も救えず、ただ、殺した右腕を。

 高い塔の上から王宮を見る。王宮の上空に、何かが旋回していた。

バサリ、大きな音がして。塔の窓にカラスが舞い降りた。


ヒロイン ベネトナシュ の名前がベルトナシュとなっておりました。

お詫びして訂正いたします。

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