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私のことはどうぞお気遣いなく、これまで通りにお過ごしください。  作者: くびのほきょう


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15

「新入生の諸君、入学おめでとう」


呆気に取られ言葉を忘れていた周囲が我に返りざわめき出した頃、陛下が立ち上がり新入生に向けて話し出す。


「今の騒動を見た君達は、今まで同級生として共に研鑽を積んでいた彼女の犯行に驚き、そして彼女の本性を見抜けなかったことに不安を覚えたかもしれない。きっと彼女が魅力的に見えていた人もいただろう。それはしかたない。彼女は人が欲することを見抜き、与えることに長けていたからだ。

彼女は怪物だ。良心はなく、平然と嘘をつき、人を操り陥れていた。

でも彼女には仲間はいなかった。いたのは操っていた駒だけだ。だからこうして捕まりこれからその罪の報いを受ける。君達には良心がある。その良心で互いに助け合えば、信用できる仲間を作ることができる。もしもまた彼女のような怪物が現れても仲間がいれば立ち向かうことができる。皆にはそんな仲間をこの学園で見つけて欲しい」


「いい感じに言ってる風だけど、これでごまかせると思ってるのかな」


陛下の話の最中、ブレイが小声で話しかけてくるが、もちろんメリッサは返事をしない。


「ここで、私が君たちの入学祝いとして招待した国賓を紹介しよう」


陛下の言葉と共にステージが消灯し、客席の一番後ろに座っていたメリッサに魔道具で光が当たる。メリッサはゆっくりと立ち上がり、カーテシーをした。


ブレイの痴漢行為のお詫びとして王弟殿下からいただいた青緑色のドレスがロートン湖のようにキラキラと反射し、あの温かいロートンの皆のことを思い出させる。


「テルフォート帝国から招いた宮廷音楽家メリッサ・テルフォーツ嬢だ。本来、今日の彼女は帝国の魔法学園の入学式だったのだが、入学前に魔力操作を終わらせているほどの優秀さゆえに1週間の入学延期を認められ、今日この日に我が国へ招待することができた。……メリッサ嬢、我が国の入学生の皆へピアノの演奏をお願いする」


今のメリッサはもうメリッサ・ジョンストンではない。昨年秋のテルフォート国際コンクールでアポロン賞を受賞し、宮廷音楽家となり、テルフォート皇帝所有メリッサ・テルフォーツとなったのだ。


「お手をどうぞ」


エスコートしてくれるのはウェインライト魔法学園の男子の制服を着ているオーブリー殿下だ。メリッサがステージに移動するまでの間でステージにピアノを設置するため、なるべくゆっくり歩くように言われている。


ブレイのエスコートでステージへ向かって歩いていると、入り口からジョッシュとローズが入ってきたのが見えた。ローズはすでに泣いている。メリッサの晴れ舞台とネイトの入学式のために招待していたのだが、彼らがいることでアメリアに違和感を与えないようにとホールへ入らず別室で控えて貰っていたのだ。


メリッサの金の髪に着いている青緑色のリボンも光に当たり輝いているのだろうか。本来はこのような場で着けるようなリボンではないのは分かっているが、メリッサにとってはどんな宝石よりも価値があるのだ。


「ヴァネッサ」

「ダリア」


父と祖母が呟く声が聞こえたが、メリッサはそちらへ目を向けることはない。なぜならステージの上でネイトが待っているからだ。


メリッサがステージへ上がる階段に差し掛かるとステージに光が灯り、ピアノとネイトが現れた。ブレイからネイトにエスコートが代わる。


「メリッサ。綺麗だ」


3年半ぶりのネイト。メリッサと同じ位だった背は頭一つ分高くなり、メリッサを呼ぶ声は記憶よりずっと低く変わっているが、ロートン湖と同じ青緑色の瞳と手の温かさは変わらない。メリッサはネイトに微笑み応える。


「ありがとう。ネイトもかっこいいよ」


ネイトがアメリアと同じ顔でもメリッサは気にならない。


メリッサは父や祖母がなぜ母ヴァネッサや祖母ダリアの外見にこだわるのかわからない。もしも、今、ネイトが死んでしまって、ネイトそっくりな人が現れたとしても、そのそっくりな人をネイトの代わりに愛することなどない。代わりにする人にも、愛していたネイトにも失礼だ。


ネイトのエスコートでステージの真ん中、ピアノ付近まで差し掛かった時、客席いちばん手前の真ん中から声がした。


「陛下!メリッサがメリッサ・テルフォーツとはどういうことでしょうか?私はジョンストン公爵としてメリッサの除籍を認めた覚えはありません」


父が陛下に問いかけている。以前ローズが予想したとおり、父は金髪になったメリッサに母を重ねたようだ。メリッサはここで初めて父の方を向いた。


「メル、大きくなったわね」


祖母が話しかけてきたがメリッサは無視する。祖母にとってのメルはアメリアで、メリッサのことでは無い。祖母ダリアと母ヴァネッサはそっくりだったと聞いている。目の色が赤ではなく青でも、目の色以外は母に生き写しとなったメリッサなら祖母にとって許容範囲のようだが、どうでもいい。


「帝国の宮廷音楽家になると、自動的に帝国民となり貴族籍も抜けるのだ。ジョンストン家からの除籍にお前の許可などいらぬ」


「私はメリッサが宮廷音楽家になることを許可してません」


陛下の説明に、尚も口答えする父。ネイトがエスコートのために添えていたメリッサの手を握る。安心して欲しいと、メリッサも握り返す。


「国王の私が許可した。お前は私の決定に不満があるのか?」


メリッサのテルフォート国際コンクールの願書へのサインは、国王陛下にして頂いた。事情を聞いた王弟殿下が、ずっと存在を隠されていたブレイでは王族のサインとして認められない可能性があるため、父に難癖をつけられ帝国と揉めないためにもと、手配して下さったのだ。


「そもそも、メリッサ嬢は昨年の秋に帝国の宮廷音楽家となり貴族学園を中退している。もう貴族籍はない。お前はメリッサ嬢の貴族学園の卒業式に参加しなかっただけでなく、卒業証や貴族籍の確認すらしていなかったのだろう。……メリッサ嬢からは11歳の誕生日直前に王都のジョンストン公爵家から追い出され田舎の領地へ行き、それから5年もジョンストン公爵家の家族とは没交渉だったと聞いている。5年も顔を合わせず放置し、貴族学園の中退にも気づいていなかったメリッサ嬢が、ジョンストン公爵家を出ていたとしてどこに問題があるのだ」


父は陛下の問いに答えられず黙る。ここで素直にアメリアとの魔力反発の話をしたら、実子ではなく養子を優先していたことが明らかになる。しかもその養子は先ほど殺人罪で捕まった。


「返事が無いということは認めたということだな。……せっかくお前の娘により悪くなった空気を変えようと私自ら動いているというのに、呆れてものも言えない」


娘というのはアメリアのこと。実の娘を蔑ろにし、殺人を犯していたアメリアを養子として迎え、その殺人犯を第一王子殿下の婚約者にしたジョンストン公爵家の未来は暗い。


陛下がメリッサを見ている。メリッサへ何か言うことがあるかと確認してくれているのだろう。言いたいことがあった時など思い出せないくらい昔のことだ。彼らの一挙一動を気にして傷ついていた10歳のメリッサはもういない。メリッサは首を横に振った。


「ジョンストン公爵家の娘は捕まり、この魔法学園へは入学しない。退席せよ、と言いたいところだが、特別にメリッサ嬢のピアノを聞くことを許可しよう。自ら手放したものの素晴らしさを知り、自分たちの過去の行いを後悔するが良い」


この場を用意してくれたのは国王陛下だ。当初メリッサは帝国の魔法学園の入学式へ参加する予定だったのだが、メリッサがジョンストン公爵家とちゃんと決別した方がよいと考えた国王陛下が、帝国の皇帝陛下へ話を通してくれたために、メリッサは今日ここへ来ることができた。


父と祖母は生気が抜けた顔で着席した。ここに兄はいないが、会えなくても悔いはない。母の死後は兄と父しかピアノを聴いてくれなかったが、今のメリッサにはピアノを聴いてくれる人がたくさんいる。もう兄が聴いてくれなくても平気なのだ。


メリッサはネイトが引いてくれた椅子に座り、ネイトがステージ脇に捌けたのを確認し、演奏を始める。


曲は“別れの時”。


入学式での演奏としてはふさわしくないかもしれない。ネイトとの思い出の曲でもあるが、ネイトとの思い出がなかったとしても、きっとメリッサはこの曲を選んだ。


アメリアへの恐怖との別れ、家族との別れ、国との別れ、メリッサにとって今日はお別れの日だ。それに、王妃やエルドレッド殿下にとっては順風満帆な日々との別れ、ジョンストン公爵家は二人の娘と世間の評判との別れ、ブレイは気楽な日々との別れ。皆それぞれの、昨日までとのお別れがある。


メリッサは「さようなら」と気持ちを込めて悲しい旋律を奏でる。


ネイトの母はこの“別れの時”を鼻歌で陽気に歌っていたらしい。メリッサにはその気持ちが少しわかる。この曲は悲しい旋律なのだが、少しだけ希望がある。


メリッサのイメージは夕方だ。オレンジ色の日の光を浴びて、今日にお別れをする曲。もうすぐ暗くなるのは悲しいけれど、明るい家に帰るのだ。そしてまた明日が来る。


そんな気持ちを込めて、メリッサは“別れの時”を弾いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] まぁね。お兄ちゃんはどうしても聴きたかったら、お金払ってオーディエンスの一人として聴きにこいや、とw
[一言] アメリア、めちゃくちゃ頭が良かったんだろうな。 サイコパスには賢い人も多いようだから納得の流れ。 普通に生きるだけでも周りの人より裕福に暮らせるのが約束された容姿なのに、その身分と容姿で手…
[良い点] 兄が、少なくとも国内で最後の妹の演奏を聞けなかった事。 彼に同情の余地は確かにあるけど、やったことへの 罰は当然なので、適度な「ざまぁ」感がいい。 [一言] 祖母はメリッサの祖母「ダリア」…
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