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私のことはどうぞお気遣いなく、これまで通りにお過ごしください。  作者: くびのほきょう


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17/21

14

「国王陛下!私はここで、第一王子エルドレッド殿下の婚約者、アメリア・ジョンストンが犯した殺人について献言いたします!」


ネイトの言葉に、一番最初に反応したのはアメリアだ。


アメリアがネイトの言葉に驚いたのは一瞬で、すぐに周囲を見渡し、王族が座っている特別来賓席を見上げ、陛下の言葉も待たずに出口へ向かって走り出した。皆がネイトの登場に驚き放心している間、ステージ脇にいる警備の騎士を撒くために階段ではなくステージの真ん中からアメリアの背半ほどの高さを飛び降り、客席の間を駆け上がっていく。ドレスではなく学園の制服なおかげか、アメリアは目にも止まらぬ速さで出口へ向かっている。


アメリアのミモレ丈のスカートがめくれ、綺麗な形の脚が覗いているのを見たブレイが「艶かしいな」と呟き、キャリーがブレイを睨んでいる。


メリッサがこうして冷静に観察できるのは、事前にネイトがアメリアの過去の殺人について申し立てするのを知っていたからだ。入学生やその保護者たちはこの状況についていけず、皆目を丸くして驚き、動くことも出来ないでいる。


「コニーが言った通り本当に逃げ出した」


そうブレイが呟く。コニーというのはブレイの叔父のこと。ただの叔父ではない、王弟コーネリアス殿下だ。半年前の夏の終わりに、メリッサが帝国で平民になってピアニストになる計画を3人に打ち明けた時、ブレイは自分は第三王子なのだと明かしてくれたのだ。


「実は私がさっきキャリーが言ってた第三王子なんだよね。私が王族としてコンクールの願書にサインするから来月のコンクール受けなよ。メルなら絶対アポロン賞取れるって!」


そうブレイが言った途端、あのピアノ自習室は地獄絵図となった。ブレイが男だったとわかったキャリーが叫び声をあげたからだ。そこがピアノ自習室で、防音がしっかりしていたからよかったものの、普通の教室なら事件だと思われて誰かが駆けつけていただろう。


ブレイは普段からキャリーやメリッサに抱きついたり肩や腕を組んだりすることが多かったのだ。ダンスの授業では一緒に更衣室を使っていた。そのことを怒ったキャリーに激しく詰られ、ノアとメリッサまで怒り出したところでブレイは性別を変える魔道具を外し、女子の制服姿で私たちに平伏した。その平伏姿を見た3人は本当に第三王子なのかと疑ったが、顔を上げたブレイは確かに美少女から美少年に変わっていた。


でも、その平伏のおかげで3人はブレイに対して変に畏ることもなく、オーブリー殿下ではなくブレイとして4人の友情が続いている。はずだ。キャリーはまだブレイの痴漢行為に怒っているが、魔法学園卒業後に王城で雇ってもらえることになり、帝国で平民になることなくこのウェインライト王国の魔法学園に入学できたことはブレイに感謝している。


「王弟殿下が言った通りってどうい……」


メリッサがブレイにそう問いかけてたのと同時に、アメリアは出口付近で待ち構えていた騎士に捕まった。3人いた騎士のうち1人を丸腰にもかかわらず牽制して突破していたアメリアは体術も優れているのだとわかる。


「ネイトがあの宣言をできた時点でおかしいんだって。普通はステージに上がる前に騎士が止めるし、ネイトを見ても騎士が動く様子がないなら、この場にいる頂点の王族が予め許してるって予測できるから、コニーは自分なら逃げの一択って言ってた」


考えてみると確かにそうだ。王族や国内外の貴賓が見ている場で、未だにネイトがステージ上で立っているままの状況はおかしい。アメリアが来賓席の王族を見上げたのは、この状況を許しているのが誰か確認したからだろう。それが陛下だと気づき、逃げるしかないと判断したのか。


「逃げ出したということは心当たりがあるということかな?」


騎士に後ろ手を掴まれたアメリアがステージへ戻され、陛下がアメリアに問いかけたが、アメリアは陛下を無視してネイトを見て考えこんでいる。


王妃とエルドレッド殿下の様子を確認すると、陛下の横で困惑を隠すことなく戸惑っていた。メリッサは王子妃教育で常に冷静であれと習ったが、王妃が人前でここまで表情を崩した姿は今まで見たことがない。エルドレッド殿下はアメリアに呼びかけているが、アメリアは一切反応せず無視している。


「君の話を聞こう」


陛下がネイトに話を促すと、アメリアが笑い出した。話を促されたのはネイトなのに、アメリアが話し出す。


「ふふふふ、朝からどこか違和感があったのはこれね。表情が見えないから見逃していたみたい。前髪でネイトの顔を隠していたのは悪手だったわね。半年前までのメリッサに未練タラタラな感じに戻ってるってことは、昨日までの私に欲情してたのが偽者で半年くらい入れ替わっていたのかしら」


だんだんとアメリアの表情が抜け落ちていく。声では笑っているのに、感情のない美しい顔は、まるで精巧に作られた人形のようで不気味だ。騎士に後ろ手を掴まれていると言う非現実的な状況も相まって、薄気味悪い。


「声や耳の形まで全て同じだったってことは魔道具かしら。そんな魔道具聞いたこともないから、これは伏兵の仕業ね。伏兵の趣味が魔道具作りや改造だってことは知っているわ」


糾弾する前から話し出したアメリアに陛下やネイト、メリッサ達は戸惑い、アメリアの本性を知らなかった人たちは混乱している。誰もアメリアの独擅場から目が離せない。


「この場でここまでするってことはもう証拠も押さえているのでしょう?伏兵がからんでいるならウォルトでは逃亡の幇助は不可能。逃げられないなら取り繕っても無駄だもの。


変に黙っていて自白魔道具を使われたら嫌だし。あれ、どの本でも副作用の辛さについてしつこく書いてあるのよ。1ヶ月以上も頭痛と吐き気が続くなんて耐えられないわ。まぁ1ヶ月処刑なしで生かしておくかは知らないけど。


私に似ているネイトが断罪したいってことは、誰かしら。メイジー、シリル、ソニア、……。そうソニアなの」


メイジーはメリッサの元侍女。シリルとウォルトは誰だろうか、メリッサにはわからない。そしてソニアはネイトの母の名だ。前髪を上げているネイトの表情からソニアという名に反応したのに気付いたのだろう。


「そのおでこの火傷跡、火事の現場にいたのね。どうして私の犯行だってわかったのかしら」


「自分の犯行だと認めるんだな」


「証拠もあるのでしょう?詳細は少しずつ話してくれない?……どうしてこうなったか解き明かすくらいしかもう楽しみはないもの。せめて推理したいわ」


「ふざけるな!」


ネイトが叫ぶ。母親を殺した犯人が、それを追及されている場を楽しもうとしているのだ。無理もない。


「ネイトがチェスターとソニアの子供。ネイトも近所に住んでいて火事で何かを知り火傷した。

おでこの火傷跡を隠そうと前髪を伸ばしてたと思ったのよね。前髪を伸ばしてる理由だけじゃなくてなぜ火傷跡があるのかまで考えなかったのが失点1。


ネイトは火事の後ロートンへ行った。ミルズからリーブスへ行く途中にロートンがあるからリーブスに親戚がいたのは本当ね。あの報告書の悪筆でネイトを辺境伯の庶子だと勘違いしたところが失点2。


この半年のネイトが偽者だって気付けなかったのも失点3。


ネイトと伏兵とのつながりが見えないわね。メリッサ側からの動きかしら。その不自然におでこにだけある火傷跡。他の場所はメリッサの光魔法。火傷の男が私にそっくりだったらメリッサでも勘付くわね。メリッサが伏兵に直接言う伝があるとは思えないから同い年の第三王子。第三王子は帝国にいたのね。


……こうなるとそもそも、メリッサを家から追い出したのが大きな失点だったのかしら」


チェスターというのはネイトとアメリアの父、ミルズ子爵の名前。メリッサは王弟殿下からブレイへの手紙を一緒に見て知ったが、アメリアはネイトをノアだと勘違いしていたらしい。辺境伯の庶子というのはノアのことで、ネイトとアメリアとノアは再従兄弟だったのだ。その偶然と意外な繋がりを知ったメリッサは驚いた。


この会場でアメリアの言葉の意味がわかるのはメリッサやネイトなど、この断罪を事前に知っていた者だけだろう。魔法学園の入学生やその親達は、意味がわからないが不穏な雰囲気と陛下が黙っていることで静かに見ている。


「先ほどから伏兵って言っているのはもしかして私のことかな?」


ステージの脇から出てきた王弟殿下をアメリアが睨む。


「ネイトくん、毒婦のペースに乗せられたら駄目だ。ちゃんと皆にわかるように説明しないと意味がない」


王弟殿下がネイトを促し、ネイトは陛下に向けて予め決めてあった台詞を話し出す。


「私の母、ソニアはこちらにいるアメリア・ジョンストンの生家、ミルズ領にある子爵邸で侍女として働いていました。アメリアの両親は火事で亡くなりましたが、その火事のもう1人の犠牲者は私の母ソニアです。


私は燃え盛る子爵邸を見て、母を助けようと飛び込みました。


激しい炎の中で、一部屋だけ青い炎で燃えている部屋があり、その部屋に入ると、逃げようとしていた形跡もなく火傷もない状態で気を失っている子爵夫妻と、上半身が黒く燃え尽きた母が倒れていました。母の後頭部には火の玉があり、周りが燃え尽きていても消えていない異常さに私がその火の玉を握りこみ消火すると小さな魔道具が出てきました。


母はその燃え続ける魔道具があった位置に、いつも髪留めを着けていました。火事当日の出勤前、母の髪留めには大きな青いガラス玉の飾りが付いていて、母はその髪留めはアメリアから貰ったもので、必ずその髪留めを着けてくるようにとアメリアからねだられたと言っていました。


私が長年抱いていたこの火事への違和感を王弟殿下へ相談したところ、王弟殿下が調査をして下さったのです」


アメリアはネイトの話の途中からつまらなそうにしていた。表情のないその美しい顔は冷酷で無慈悲な印象を与える。普段のアメリアは常に表情を作っていたのだろう。


「ネイトくんが握りしめて火を消したこの着火の魔道具からはアメリア嬢の魔力痕が出た」


ネイトの話を受けた王弟殿下が話し出す。その後ろには周囲に見えるように小さな魔道具が入っている袋を掲げている従者がいる。


「解析の結果、これは簡単な着火魔道具で、遠隔操作で起動する改造と起動後は本体に火が付き着火機能を繰り返し続ける改造を施してあるのがわかった。魔力痕がアメリア嬢のみのため、起動も改造もアメリア嬢がしたと思われる。


ソニアさんのご遺体の頭部からもこの着火魔道具の痕跡が出たことで、少なくともソニアさんはアメリア嬢が改造した着火魔道具により亡くなったと証明された。


ソニアさんとミルズ子爵の遺体が発見された現場を詳しく調査したところ、お酒に引火した後の反応が出た。お酒に火が付くと通常の赤い炎より温度が高く青くなることから、青い炎を見たというネイトくんの証言とも一致する。


これは現場近くの部屋に残っていた酒瓶。子爵邸が購入していた酒類からは数段劣るブランデーの瓶で、購入記録にも残っていなかった謎の酒瓶。火事で燃えた後に6年も野ざらしで放置されていたせいか、誰の痕跡も残っていなかったのだが、この酒瓶のブランデーはミルズ領だと1軒の酒屋しか取り扱いをしていないとわかり、そのお店へ話を聞きにいった。


アメリア嬢、このリボンは覚えているかな?」


王弟殿下の後ろで魔道具と瓶を提示していた従者が、今は赤いリボンが入った袋を掲げている。


「あぁその余計な飾り、煩わしいからすぐ捨てたのだけど、捨てたのが近所過ぎたわね」


「そうなんだ。酒屋の店主は配達途中にこのリボンとおまけのチョコレートが八百屋さんに捨てられているのに気付いたらしいよ。6年も前のことをまだ覚えてて執念深いとは思うけど、不義理した君が良くない。酒屋さんの親切を無下にしたのも大きな失点だね」


アメリアは特に悔しそうにすることもなく、王弟殿下と軽いやりとりをしている。声が聞こえていなければ、2人で天気の話をしていると言われても信じてしまいそうな雰囲気だ。


「私の部下が酒屋の主人に話を聞くと、子爵邸で火事があった時期にこのブランデーが売れたのは1本だけで、幼い女の子に売ったことも、親切に巻いたリボンとおまけであげたチョコレートが近所に捨てられていたことも覚えていた。そのリボンは再利用しようと仕舞い込んで忘れていたそうだ。


そのおかげでこのように綺麗な状態で残ってたリボンからは酒屋で働く者達と、アメリア嬢の指紋が出てきた。


これらの証拠から、6年前のミルズ子爵邸の火事はアメリア嬢が計画して起こし、少なくともソニアさんはアメリア嬢が直接殺害したと断定する。


燃え尽きた子爵夫妻の遺体には外傷がないものの、睡眠薬を使用されていた痕跡が出てきた。兄上、その睡眠薬を使用したのかアメリア嬢に聞くため、自白魔道具の使用を請求します」


アメリアはつまらなそうに王弟殿下を見ている。嫌がっていた自白魔道具も結局は使われることも予想していたのだろう。


「アメリア・ジョンストンが過去に子爵邸に放火し、1人の侍女を殺害したと断定する。アメリアを拘束せよ」


陛下がそう命じると、アメリアの手を掴んでいた騎士がアメリアの手を後ろから前面に持ち直し、アメリアは両手首を繋ぐ拘束具を着けられた。これでアメリアは魔法の発動もできない。


アメリアは連行されてゆく。自白魔道具は王弟殿下の立会いのもと、騎士団の取調室で使用する予定だ。


「どうして自分の親を殺したんだ」


ステージから降りる直前のアメリアへネイトが問いかけた。自分の母がなぜ殺されたのか本人から聞きたかったのだろう。メリッサはアメリアは無視すると思ったが、意外にもアメリアは足を止めてネイトへ顔を向け話し出した。


「『公爵家のババアに髪色を変える魔道具さえバレなければ自分は今頃公爵夫人だったのに』『ババアに公爵家を出禁にされてなかったら、あんたをババアに差出せるのに』ってベリンダが言ってたからよ」


ベリンダとはメリッサの母ヴァネッサの妹、アメリアの母のことだ。


「調べたら、母方の祖母のダリアと公爵家に嫁いだ伯母のヴァネッサが私と同じ金髪で赤い目で、ダリアに執着してる公爵夫人エイダが息子のイライアスとヴァネッサの結婚を決めて、ヴァネッサはすでに亡くなっていて、ヴァネッサの娘のメリッサが茶髪碧眼だって分かった時にひらめいたのよね。


チェスターとベリンダが死んだら親戚として葬式に来るから、その時に金髪で赤い目に拘るエイダが私を見たならメリッサより私を気に入るはずって。


その時はそう思ったのに、結局公爵家からは誰も葬式に来なかったのよ。9歳の考えなんて所詮そんなものよ。手間取ったけど、その後、親戚伝いに私の容姿をエイダに教えて貰ったらすぐに迎えにきたから良かったけど」


アメリアはそう言うと、もうネイトに興味がなくなったのか騎士に連行されホールから出ていった。


少し前までアメリアが座っていた席の隣に座っていた父と祖母を見ると、2人はこの状況について行けないのか、アメリアが去っていった出口を見て放心していた。

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― 新着の感想 ―
[一言] アメリアのサイコパスっぷりがヤバイの一言 メリッサでは勝てなかったはずですね
[良い点] あの段階でアメリアが祖母と父の亡妻への外見の執着を使えると判断したのは凄いなぁ…。そしてそのために行動できるのも、子供ながら凄いとしか。けして褒められない事ですけれど。アメリア側から見たら…
[良い点] 面白くてぐいぐい読んでます! [気になる点] 15話でアメリアはバーボンではなくブランデーを購入しています。 ???となりました。 [一言] 続き楽しみにしています!
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