ネイト(前編)
歴史ある建築物などなく、海も山もない。領地の中心街はそれなりに栄え少なくない人がいるが、少し行ったら畑が広がっている。そんなつまらない田舎町、ミルズ子爵領の中心街でネイトは育った。
生まれた時から父はなく、母一人子一人で、母はミルズ子爵家で侍女として働いている。母が働きに出て家にいない時は、幼いネイトは近所の老婆の家に預けられていた。その老婆の言葉から“父”というものの存在に気づいたネイトだが、自分の父は誰なのかと母に聞けないでいた。
ネイトが6歳の時、母の実家の男爵家が爵位を返上したらしい。それにより貴族学園を中退した母の妹が、魔法学園に入学するまでの半年の間、ネイトと母の家に居候していた。
夜遅くトイレに起きたネイトは、隣の部屋で母と叔母がネイトの父について話をしているのに気付く。二人に気付かれないようにこっそりとその話を立ち聞きしたネイトは、自分は母が望んで生んだ子供ではないことを知った。
魔法学園の卒業後、侯爵家で侍女として働いていた母は、仕事中にその侯爵家の嫡男に無理やり愛人関係を強要された。それならばと侯爵家を辞めようとした母に、侯爵家嫡男は、愛人にならないならば紹介状を書かない上に問題があってやめたことにすると言って脅し、母は侯爵家嫡男の愛人になった。
幼い頃からの婚約者がいた侯爵家嫡男は、婚約者とは別の令嬢と浮気し、浮気相手を孕ませたことが発覚して嫡男を外された。その後、侯爵夫人が持っていたミルズ子爵位を継承してミルズ子爵となり、責任を取ってその浮気相手と結婚したのだが、結婚したのはネイトの母ではない。つまり、ミルズ子爵は婚約者がいる身で浮気をし、その浮気相手とは別で母に愛人関係を強要していたのだ。
そんな屑がネイトの父なのだ。
侯爵家嫡男からミルズ子爵になり、王都からミルズ領へ移り住むゴタゴタの中で母は妊娠に気づきネイトを産んだ。ミルズ領へ来てしばらくしてから子爵に別の愛人ができ、母はやっと飽きられて解放された。
愛人を辞められても、ネイトが男児だったことで子爵家の侍女をやめさせてもらえない。今は侍女の給料とは別にネイトの養育費をもらっていることで割り切って働いている。
そんな人間の屑ミルズ子爵と結婚したミルズ子爵夫人は、婚約者のいた侯爵家嫡男を寝取ったという事実がなかったかのように評判を取り戻している。それでもその本質は屑の嫁。表では善人を装い、裏では気に入らない侍女を徹底的にいじめるなど、表裏があり、体裁を繕うのが異常に上手な性根が腐った美女。子爵はそんな夫人からの報復を恐れて、愛人の存在を徹底的に隠しているそうだ。
ミルズ子爵夫人は女児ひとりしか生んでいない。もう愛人ではないために母と子爵の関係がバレる恐れはないが、男の庶子ネイトの存在が夫人には絶対にバレないように必死に隠しているのだと、そんな言葉で母の話は終わった。
話を聞いた叔母は、侯爵家を辞められなかったのは自分のせいだと泣いて母に謝っていた。母の実家の男爵家は、税の未納で爵位を返上したくらい貧乏だった。きっと仕送りや、叔母の貴族学園の入学などの問題があって、それが叔母の涙に関係しているのだろう。違うと慰め合う母と叔母の姿を、ネイトはドアの隙間からこっそりと眺めていた。
ネイトは母に全く似ていない。母からは長い前髪で顔を隠し、誰にも顔を見せてはいけないと言われていたが、母と叔母の話で、自分の顔はミルズ子爵に似ているのだろうなとネイトは悟った。煩わしい前髪を勝手に切ってしまいたいと思っていたが、母のためにも我慢しようと決めた。
ネイトの母は外では影のある美人だが、家の中ではドアを足で開けたり、調子の外れた鼻歌を歌っていたりと、少しおどけたところがある、かわいらしくて優しい人だ。ネイトはそんな母のことが大好きだった。ネイトは母にとって望んだ子ではない上に、顔は屑にそっくりらしい。もしかしたら大好きな母はネイトのことを愛していないのではないかと思うと、不安で胸が痛かった。
ネイトが7歳になる年に、叔母は魔法学園へ入学し寮へ入り、ネイトは近所の平民学校へ通うようになった。平民学校は午前中だけで、文字を書いたり計算を習う。お昼からは幼少から預けられていた老婆の家に行っていたのだが、ネイトが学校へ通うようになってしばらくして彼女は遠方の息子夫婦の元へ引っ越してしまった。
その時声をかけてくれたのがケーキ屋の夫婦だ。母と同年代の、嫁いで家を出た娘がいるその夫婦は、お昼ご飯と子供のお小遣いに毛が生えた程度の給料でネイトを雇ってくれた。7歳のネイトにやれることは少ないが、箱や袋にハンコを押したり、簡単な買い出しをしたりと、夫婦はネイトにもできることを探してくれた。
ガッチリと男らしいケーキ屋の主人のゴツゴツとした大きな手から、小さくて繊細なお菓子ができるのが不思議で、夫婦の軽快なやりとりがおもしろくて、ネイトは毎晩、母にケーキ屋の話をしていた。母はいつも笑顔で話を聞いてくれて、植木の花が咲いたり、ネイトの靴のサイズが大きくなったりと、小さな嬉しいことがあるたびにそのケーキ屋でケーキを買ってくれて、二人でお祝いするようになった。
10歳になったネイトはケーキ屋の給料も少しだけ増えて、週に一回一人でクッキーを焼くのが仕事に追加されるまでになった。ネイトが作ったクッキーのお客さん第一号はもちろん母だ。
そんなある日、ネイトは奥さんにお使いを頼まれた。
「ネイト、酒屋に行っていつものブランデーを一缶頼んできてちょうだい」
「ラム酒も残り少なかったよ」
「じゃぁラムも一缶お願い」
ネイトは街の中心から少し遠くにある馴染みの酒屋に向かう。頼んだお酒は後で酒屋が配達してくれるので、ネイトが重たい一斗缶を二缶も持って帰る必要はない。
酒屋に着くと、ネイトと同じ年頃の女の子が酒屋の主人に話しかけていたので、ネイトはその後ろに立って二人の話が終わるのを待つことにした。
「強いお酒でおすすめはこれかな。結構重たいけどお嬢ちゃん、持てるかい?」
店主はそう言い、女の子に大きな瓶のブランデーを渡している。
「…大丈夫。これにします」
女の子の後ろに立っていたネイトは違和感を感じ、考えた結果その女の子が自分の異母妹だと気付く。
茶色い髪はカツラだ。上手に被っているが大人用なのか少し大きくて浮いた感じがあるし、よく見るとつむじもない。そして、カツラで目元を隠し鼻と口元だけが見えているが、いつも鏡で見る、長い前髪で顔を隠している自分の口元とそっくりだ。
そして何より、匂いが平民と違うのだ。
新しさもなく着古している平民の女の子の服を着ているが、とてもいい匂いがする。仕事帰りの母からふわっとかすかに香る貴族の香り。別に平民が臭いわけではない。ただ、こんな良い匂いが平民から香ることはない。
この辺で貴族の子供はミルズ子爵家のお嬢様、つまりネイトの異母妹しかいない。
この匂いさえなければ、カツラへの僅かな違和感も気づくことがなかったくらい、巧妙に平民の女の子に変装している、名前も知らない異母妹。そのそっくりな口元に、自分もまた彼女に見られたら、異母兄だと気付かれてしまうかもしれないとネイトは思った。
その時のネイトには、本当は、異母妹に話しかけて仲良くなりたいという気持ちが少しあった。でも、ミルズ子爵夫人にネイトの存在を隠そうと一人で必死に子爵家の屋敷で頑張っている母のことを思い出し、異母妹に気付かれないように、ネイトはさりげなく近くの棚の影に隠れた。
「きっとお父さんも喜ぶと思うよ。プレゼント用にリボンを結んであげよう。赤でいいかな?」
「何色でもうれしいです」
「おまけでお嬢ちゃんにこのチョコレートをあげるね」
「ありがとうございます」
そう言って、お会計をすました異母妹は、大きくて重そうな酒瓶を抱えて酒屋を出ていった。周囲に護衛と思われる人も見当たらない。本当に一人でお屋敷の方向へ歩いていった。
平民に変装してこんな町外れの酒屋でミルズ子爵へのプレゼント用のブランデーを買っていた異母妹。子爵へ内緒にして驚かせようとしているのだろうか。母の話では人間の風上にもおけないような屑だったが、ちゃんと父親はしているのだなと驚いたが、異母妹に不幸になってほしいわけではないので少し安心した。
そんなことを思いながら歩いていた酒屋からケーキ屋への帰り道、ネイトの目の端に赤い何かが見えた。その赤は、八百屋の店先にある野菜屑入れの箱からはみ出ている。思わずその屑箱を覗き見ると、酒屋の主人がブランデーへ巻いていた赤いリボンとおまけで渡していたチョコレートが捨ててあった。
そんな異母妹との遭遇からしばらくして、ケーキ屋の店頭に苺のケーキがたくさん並んでいた春の中頃、ネイトの平凡で幸せな日常が終わる日が来た。
その日のネイトはたまたま早い時間に目が覚めてしまい、早番のため早朝から出勤する母と一緒に朝食を食べた。
ネイトは、母の髪をまとめている髪留めに見たことがないガラス玉が付いていることに気付く。
「そんな髪留め持ってた?」
「この大きなガラス玉なんだけどね、炎の魔道具で好きな色のガラスを溶かして玉を作るんだって。お屋敷のお嬢様がハマってて、飾りとか髪留めとかガラス玉で作っては使用人達に配ってるの。それぞれ違う色や柄でこだわって作ってくれてるみたい」
母と叔母の話を盗み聞きしたことで、自分の父がミルズ子爵だとネイトが知ってしまったことに、母は気付いていない。その“お屋敷のお嬢様”が自分の異母妹だとネイトが知っているとは思ってもいないだろう。
「ふーん。でも飾りにしては少し大きくない?」
「そうなのよねぇ。まぁ9歳の女の子が作ったものだから仕方ないんだけど。重たくて着けてなかったら見つかっちゃって、今日は絶対着けてきてねっておねだりされちゃったのよ」
母の目の色を意識したのだろう青いガラス玉は、芯に使っている素材の黒色が透けていて青色が暗く濁っている。母の青い目はもっと綺麗なのに、とネイトは思った。
今日の母は早番の日。母が働くお屋敷とネイトが手伝っているケーキ屋の間にある公園で待ち合わせて、二人で買い物をしながら帰る日だ。
「今日は早番だから、いつもの公園で待ち合わせね」
「うん。いってらっしゃい」
母は優しい手つきでネイトの頭を撫でたあと家を出ていった。それが、母との最後の別れになるとは、その時のネイトは思ってもいなかった。
いつもよりはやくケーキ屋の手伝いが終わり、母と待ち合わせをしている公園へ向かって歩いていたネイトは周囲の騒めきに気づく。
「子爵邸が燃えてるのに大型の放水魔道具が壊れていて大変らしい」
そんな一言が聞こえたネイトは、公園へは向かわず、まっすぐ母が働くお屋敷に向かって走り出した。子爵夫人からネイトを隠している母。母が働くお屋敷には絶対に来てはいけないと、顔を隠すのと同じように、厳しく言われていた。その母の言葉を無視してでも走らずにはいられなかった。
お屋敷の周りには人だかりができていたが、子供の小さな体を生かし野次馬をかき分け進む。周囲の制止も振り払って、お屋敷に入り、ネイトは煙が激しく出ている火の中心へ向かって走っていった。母がそこにいるとは限らないのに、嫌な予感が止まらなかった。
お屋敷に入ってからは人の姿は見当たらない。皆逃げたあとなのだろうか。
辺りが炎につつまれて、もうどこもかしこも燃えている状態になった時、ネイトは青い炎を見た。
ケーキ屋を手伝っているネイトは、ドライフルーツの仕上げにブランデーをかけて燃やすと青く燃えると知っていた。もしや、この火はお酒による火ではないのか。
強いお酒、貴族の屑のために平民の店でプレゼントを買う、完璧な変装で護衛もいない、プレゼントなのにリボンを捨てた、着けてこいと強請った髪留めに付いた何かを包んだガラス玉、燃える屋敷。
少しずつの違和感が重なり、無意識に母の危険を察し、ネイトをここまで走らせたのだろう。ネイトはその青い炎に向かって走る。息が苦しくなってきたことも気にならなかった。
その部屋は青い炎に包まれていて、3人の人が倒れていた。
そのうちの2人、一組みの男女は服装からしてミルズ子爵夫妻の可能性が高い。服もほとんど燃えていなく、体に焼けた跡もないのになぜか意識なく倒れている。自分の父をこんなかたちで初めて見るとは思ってもいなかった。使用人が助けに来ないのは二人の日頃の行いの結果だろうか。
そして、もう一人は母だ。
頭と上半身が燃えてしまっているその人は真っ黒になっていても、大好きな母だとわかった。まだ燃えていない足元を見ると履き古した母の靴を履いている。倒れている母の頭、髪留めを止めていた場所に、母の頭や周囲が燃え尽き焦げていても消えない火の玉があった。
あの髪留めに付いていたガラス玉だ。
ネイトは思わずその火の玉を握りしめた。無意識だった。両手でその火の玉を握りしめ、その手を顔に押し当てなんとか火を消したネイトのボロボロの手の平からは、小さな魔道具が出てきた。
後にその魔道具を調べた時、そのまま見ているだけだったらその魔道具は燃え尽きて消えてしまっていただろうと言われた。
ネイトは母を連れ出すのは諦め、倒れたミルズ子爵夫妻をそのままに、屋敷の外に向かって走り出した。入る時にはいなかった柄の悪い人達を見かけたが、後になって思うと、その人たちは火事場泥棒だったのだろう。
燃える屋敷の中で出口を探し、燃え上がる大きな窓から外を見ると、数人の使用人と共に庭から屋敷を見上げている少女が見えた。皆が燃える屋敷を見ていることで、少女には注目していないことがわかっていたのだろうか。
金髪に赤い目でネイトにそっくりな顔をしたその少女は、燃える屋敷を見上げて笑っていた。
ネイトは焼けただれた手で、ズボンのポケットに入れた魔道具をポケットの上から触り、この火事は異母妹が起こしたもので、異母妹がミルズ子爵夫妻を殺す計画に母が巻き込まれたのだと察した。
すべてネイトの記憶や印象が元の憶測だけで証拠は何もない。酒屋での遭遇が異母妹だったと思ったのは思い込みかもしれないし、炎が青かったことも偶然かもしれない。この火の玉になっていた魔道具だって、火事の火種ではないかもしれない。
それでもネイトは異母妹の犯行だと確信していた。
こんなあやふやな供述だけで平民のネイトが貴族令嬢の異母妹を糾弾することは出来ない。しかも異母妹はまだ9歳だ。9歳の少女が計画して自分の親を殺したのだと言って信じて調べてくれる人がいるだろうか。
ネイトは魔力を持っている。両親ともに貴族の異母妹も魔力を持っているはず。同い年の異母妹とは16歳になって魔法学園で会うことができる。その時に復讐しよう。母と同じように異母妹の頭に火を付け燃やしてやろう。
顔と両手に深い火傷を負ったネイトは、母のいない家へ帰った。夜になっても、翌朝になっても、もちろん母は帰ってこなかった。そして昼には家の中に大家が勝手に入って来て、ネイトが火傷を負っていることも見て見ぬふりをして、お屋敷から母の焼死体が出て来たからすぐに孤児院へ行けと言ってネイトは家を追い出された。家財や財産を奪うために大家はネイトを追い出したのだ。
追い出される時に抵抗したネイトの手には、ケーキ屋の給料を貯めていたネイトの貯金箱一つしかなく、母が大切にしていたものたちはひとつも持ち出すことができなかった。
今まで笑顔で母とネイトに話しかけてくれていた大家の豹変に傷つき、もしも優しいケーキ屋の夫婦まで豹変したらと思うと、ケーキ屋へ行くことが出来ない。ネイトは叔母の元へ行こうと決め、碌な手当もしないままリーブス辺境伯領へ向かった。母の遺体がどうなっているのかが気がかりだったが、幼い自分にはどうしようもなかった。
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それから時は流れ、12歳になったネイトは、ロートンで突然再会した異母妹に無理やり馬車へ乗せられ王都へ向かっている。
ヒントは沢山あった。引き取られた同い年の従妹、金髪に赤い目、周囲を欺きメリッサを陥れた狡猾さ、幼い子供なのに人情味のないその不気味さ。メリッサが怯える従妹のアメリアが、ネイトの異母妹だと気付いていなかった自分の迂闊さが悔しくて、拳をぎゅっと握りしめる。
最近は、異母妹への復讐をやめて、メリッサとともに帝国の魔法学園へ通う自分を想像することもあった。そんな自分の甘さが招いた落ち度だ。
魔法学園で殺そうと思っていた相手と出会ったのだ。自分の目的には近づいた。ただ、アメリアがなぜ自分と同じ顔をした男を嬉々として誘拐しているのか、その理由がわからず不安になる。馬車の中でメリッサへの決別の手紙を書かされたネイトは、横に座る従者に前髪を上げられてアメリアに顔を観察されている。
「昨日までお前の親戚を訪ねてリーブスに行っていたのよね。この目の色でこの顔、お前、辺境伯の庶子なの?」
思いもよらない問いかけに返事を返せないでいたネイト。
「……まぁいいわ。リーブス辺境伯の子供を全員調べてくれる?」
返事のないネイトを無視して、ネイトの隣に座っていた従者へ指示を出すアメリア。どうやらアメリアの父ミルズ子爵の子供ではなく、なぜかリーブス辺境伯の子供だと勘違いしているらしい。
「ネイト、お前は今から私の従者よ。前髪はおろして周りには顔を見せないように注意しなさい。ただ顔を隠して従者として働くだけでいいの。何をしても私には筒抜けなことだけは理解しなさい。メリッサやあのロートンの人間が大切なら余計なことはしないようにね。……予想とは違ったけど良い拾い物をしたわ」
アメリアはそうネイトに伝えると、手に持っていた本を読みだす。もうネイトには興味がないようだ。
ネイトの母を殺しただけでなく、メリッサの居場所も奪い傷つけていたアメリア。メリッサが受けた心の傷を思うと、ただ殺すだけでよいのだろうかと迷いが生まれる。アメリアの隠している裏の顔を、騙されている皆に晒してやりたいと思う。
ジョンストン公爵家へ連れてこられ、アメリアの従者となり働きだした1週間後、公爵家の回廊でジョッシュを見かけた。いつも穏やかな笑顔で優しいジョッシュ。男らしくも根は優しいケーキ屋の主人が父がわりなら、ジョッシュのことは祖父のように思っていた。思わず駆け寄ってしまいたくなったが、アメリアの言葉と自分の目的を思い出し、ネイトは必死に気づいていないふりをする。
心配そうにこちらを見ていたジョッシュが、しばらくして公爵への用事が終わったのか去っていく。その後ろ姿が小さくなって見えなくなるまで、ジョッシュの後ろ姿をずっとネイトは見つめていた。
その後、従者からアメリアへの報告書を盗み見たネイト。貴族年鑑で調べて、父ミルズ子爵の母とリーブス辺境伯の母が姉妹で、その姉妹とリーブス辺境伯の目の色が青緑色ということはわかっていた。
ミルズ子爵の従兄弟のリーブス辺境伯には10人の隠し子がいるようだ。ミルズ子爵と同じ屑の血を感じる。辺境で調査していた人間の字が悪筆なせいで読みづらいのだが、その10人の中に「N●●●」という男子がいる。文字が汚く頭文字のNしかはっきりとわからない。どうにか考えるとネイト、ニール、ニック、ノエル、ノアのいずれかに見える。しかも調査書によると偶然にもネイトと同い年で親戚が辺境伯家で働いているらしい。
正確な名のわからない辺境伯の隠し子である再従兄弟と、悪筆な調査官のおかげで、アメリアはネイトがその再従兄弟だと勘違いしたようだ。ネイトがアメリアの異母兄だとバレることはなかった。




