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恋もバイトも24時間営業?  作者: 鏡野ゆう
本編 3 習志野の夏祭

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第十一話 バイトさんのお引越し?

 ちなみに私にも夏休みはある。学生の頃は夏休みと言えぱ稼ぎ時だったけど、そこは学生のバイトさんに譲って、私はしっかりと休みをとらせてもらった。まあシフトに入る日が少なくなると入るバイト代が少なくなるので、それはそれで悩ましいことではあるんだけれど。


「あや、そろそろこっちに戻ってくる?」


 休みに入って実家に戻ったその日、晩御飯の準備を手伝っていると母親がいきなり言った。


「なんで?」

「なんでって、まだちゃんとした就職先も決まってないし、バイトだけじゃ今の生活、大変でしょ? バイト先からは少し遠くなるけど、ここから通うなら家賃と自分の生活費を払うより、ガソリン代を払うほうがずっと安くつくと思うけど」

「それはそうだけど」


 母親の提案に考え込む。今のアパートに住むようになったのは、通学とかは関係なく、両親が実家を出て経済的に自立しなさいと言ったからだ。そのせいもあり、実家と私が住んでいるアパートはそれほど離れていなかった。


「でも、高校を卒業したら経済的に自立しなさいって言ったのは、お母さんとお父さんじゃ?」

「だって、まさかコンビニのバイトさんに落ち着いちゃうとは思ってなかったから」

「それは申し訳ないです」


 今のお仕事環境が居心地が良すぎて就職活動もほったらかし状態だし、両親もそろそろ危機感を持ったのかもしれない。


「もちろん我が家に生活費はいくらか入れてもらうし、家のこともあれこれしてもらうけど。でも、少なくとも今の状態よりも経済的には楽になると思うわよ?」

「それはえーと、本当に申し訳ないです」


 そこまで心配されていたのかと肩をすくめた。


「それにね、正直言うといいかげん、お父さんとの二人暮らしに飽きちゃったのよ。もうちょっとなんて言うか、潤いがほしいの。せっかく娘がいるんだし、母と娘とキャッキャウフフな生活とか?」

「お父さんの立場って一体……」


 少しだけ父親が気の毒かもしれない。


「別にお父さんに不満があるわけじゃないんだけど、せっかく娘を産んだんだから、もうちょっと母娘の生活を楽しんでみたいなって。お父さんとだと、キャッキャウフフにも限界があるんだもの」


 やっぱり父親が気の毒かもしれない、それもかなり。


「それについてのお父さんの意見は? キャッキャウフフは別として」

「別にかまわないんじゃないかって。就職に関しては思うところもあるかもだけど、なるようにしかならないでしょ? それに今のバイト先、けっこう忙しいのよね?」

「なかなか続く人がいないみたいでね。私は楽しいけど」


 それでも新しいバイトさんが二人増えて、ずいぶんとシフト調整が楽になったって慶子(けいこ)さんは言っていた。ただ相手は学生さんだし、そう長いこと続けてくれそうにないのが悩みの種なんだとか。


「まあ今のお店は立地的には安心かしらね。自衛隊さんのところだったら、お店に車が飛び込んできたり、強盗が押しかけてくることはなさそうだし」

「そこは間違いないかな。あと朝は早いけど深夜勤務もないし」

「無理にとは言わないけど、一度、考えてみてくれる?」

「わかった。なんかいろいろ心配かけちゃってるみたいで、ごめんね?」


 そう言うと、母親はカラカラと笑った。


「いいのよ。子供の心配をするのは親の役目みたいなものだから」


 そんなわけで、三年ちょっと続いた一人暮らしはそろそろ終わりを迎えることになりそうだ。実家に戻ることに関して抵抗は感じないけれど、問題なのは一人暮らしの間に増えた物たちだ。夏休みでバイトの休みが多い間に、捨てるなり売るなりして片づけていかなくては。



+++



「で、なんですけど」

「なにが『で』なのかさっぱりだよ。御厨(みくりや)さん」

「そりゃ、お前は話を最初から話を聞いていたいからだ」

「お前はわかってるのか」

「当然だろ?」


 首をかしげる斎藤(さいとう)さんに冷静なツッコミを入れる山南(やまなみ)さん。夏休み明けの最初の日、消灯時間前にお茶を買いに来た山南さんに、お引越しの話をしていたら、途中で斎藤さんがやってきたのだ。


「俺にもわかるように話せ」

「御厨さんが実家に戻るんだそうだ」


 山南さんの答えは簡潔すぎて、逆に斎藤さんは誤解しそう。


「え、じゃあここのバイトは?」


 ほら、やっぱり。案の定、斎藤さんはそこを質問してきた。


「そこはご心配なく。もちろん続けますよ。私の実家、今住んでるアパートからも近いので、ほとんど生活圏は変わらないんですよ」

「へえ。それで、『で』とは?」


 そして中断したところから話を再スタート。


「引っ越し先が実家ということで、今まで使っていた電化製品で不用になるものがあるんですよ。ほら、営内から営外になる人がそのタイミングでいるなら、ほしいものありませんかって話なんです」

「リサイクルショップに持っていけば買ってくれると思うけど?」

「そうなんですけど、外にお引越しするとそれだけでお金がかかるじゃないですか。少しでも安く新生活のための家財道具をそろえられたら、その人が助かるでしょ?」


 今のところ洗濯機と電子レンジと電気ポット、それから掃除機。エアコンは備え付けだったし、テレビは実家の自分の部屋に置く予定だ。


「買ってから四年ぐらいになるので、型落ちしてるし、中古でも問題ないって人がいたらって話なんですけどね」

「なるほどね。いつごろ引っ越す予定にしてるの?」


 斎藤さんが質問をしてきた。


「さすがに暑い間はやめておこうかなって。涼しくなってからが良いですよね、やっぱり」


 それには二人も同じ考えらしくうなづく。


「そりゃ当然だね。今のアパートの更新月って、三月か四月ってとこかな?」

「三月の末日です。大家さんには出る一か月前には知らせなきゃいけないので、いつにするか迷ってるんですけどね」

「ほうほう」


 矢継ぎ早に質問をした斎藤さんが、山南さんに視線を向けた。


「えっと、なにか?」

「最近は台風も遅い時期まで来ますからね。そのシーズンが終わって、本格的な寒さが来る前がベストなタイミングだと思います。で、なんですが」


 さっきの私の言葉を山南さんが繰り返す。


「お引越し、どこかの引っ越し業者に頼むんですよね」

「そのつもりです。そんなに大きな家具はないんですけど、さすがに家族だけでは難しいので」


 もちろん使わないものは休みを利用して、実家に運ぶか処分するつもりではいる。それでも軽トラ一台分ぐらいにはなりそうなので、業者さんにお願いするつもりだ。


「陸自ってのはいろんな免許が取得できるところで、ブルドーザーとかショベルカーの免許を持っている連中も多いんですよ。免許オタクにはちょっとした天国なんですね、ここ」

「へ~~、そうなんですか」


 いまいち話が見えなくて、ぼんやりとうなづいた。


「だから、普通免許で運転できる軽トラぐらいなら朝飯前です。まあさすがに隊のトラックは持ち出せませんが、休みの日ならレンタカーを借ることができますし、俺達は力仕事は得意なので、引っ越しの手伝いをしますよって話です」

「え、そういう話なんですか?! 私、別にそこを期待して話をしたわけじゃないんですが!」

「そんなことわかってますよ」

「ただ、聞いちゃったからには手伝わなきゃ、俺達の気がすまないって話なわけで」


 慌てる私をよそに、山南さんと斎藤さんがお互いに顔を見合わせて「だよなあ?」と言っている。


「それで、天気が安定していて災害派遣の可能性が少ない、秋口がベストだなと判断したわけです」


 それで台風シーズンが終わってからということらしい。


「まあ最悪、山南だけでも問題ないと思うんだけど、俺達が一緒のほうが片づくのが早いだろうからね」

「でも申し訳ないですよ。お休みをとってわざわざになるでしょ?」

「良いの良いの。こういうのはお互い様ってやつだから。なあ?」


 斎藤さんの言葉に山南さんがうなづく。


尾形(おがた)の時も手伝いましたし、もし気になるようなら、次に誰かが引っ越す時に手伝いに来てください。それでチャラですから」

「えっと、じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」

「素直で大変よろしい」

「そうそう。こういう時は素直に甘えておけば良いんです」


 二人が私の言葉にニコニコしながらうなづきかけた時、いきなり泣き声が響いた。


「え、バイトさん、引っ越しするんですか?! もしかしてバイト、やめちゃうんですか?! いぃぃぃぃやぁぁぁぁぁ、バイトさんがやめちゃったら俺、誰に話を聞いてもらったらぁぁぁぁぁぁ」


 いきなりの泣き声に、山南さんと斎藤さんが文字通り飛びあがる。もちろん私も。


「おい、加納(かのう)、驚かせるな!」

「バイトさぁぁぁぁん、やめないでぇぇぇぇぇ」

「いやいや、やめませんから! 住む家が変わるだけですから!」


 いきなりのコーヒー牛乳さんの出現は、ちょっとしたホラーだった。


「本当ですかぁぁぁぁ?」

「本当です! ここのバイト、まだ続けますから安心してください!」

「まったく加納、なにしに来たんだ」


 斎藤さんの質問に、コーヒー牛乳さんは鼻をグズグズさせながらお店に入ってくる。


「これ、バイトさんにお土産です。実家の近くにあるケーキ屋のマドレーヌです。バイトさん、昨日まで夏休みで渡せなかったので。ではお休みなさい。山南二曹、斎藤二曹、お騒がせしました」


 そう言ってコーヒー牛乳さんは紙袋を置いて敬礼をすると、ダッシュでお店を出ていった。


「そう言えばあいつ、御厨さんが夏休みに入ったその日に帰営したんだった……」

「心臓に悪すぎる……」

「び、びっくりしたぁ~~」



 ……そういうわけで(どういうわけ?!)、私のお引越しは十月ごろになりそうです。

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