第一話 しっかり水分補給
「あ~つ~いぃぃぃぃ、もう干からびて干物になるぅぅぅぅぅ、もう干物になってるぅぅぅぅぅ」
お昼前。今日も元気なコーヒー牛乳さんの声がして、その後から山南さんを筆頭に、いつもの面々がワイワイ言いながらやってきた。どうやら午前中の訓練が終わったようだ。それぞれ全員の頭とTシャツがぬれているのは、ここにくる前に外の水場で顔を洗ったからだ。
「いらっしゃいませ~~。加納さん、そろそろコーヒー牛乳ではなく、スポーツ飲料にしたほうが良いのでは?」
泣きながらいつもの場所に向かう、コーヒー牛乳さんの背中に呼びかける。
「コーヒー牛乳と水分補給は別物ですからぁ~~」
「そうなんですか……」
ってことは、コーヒー牛乳を飲んだ後にスポーツ飲料を飲むってことなんだろうか? それはそれでお腹が大変なことにならない?と少しだけ心配してしまう。
「あ~お~や~ぎぃぃ~~」
メソメソしながらレジの前に立ったコーヒー牛乳さんは青柳さんを呼ぶ。呼ばれた青柳さんは特にイヤがる様子もなく、スポーツ飲料二本を持って戻ってきた。
「この加納の分とこれの三本でお会計をお願いします!」
「わかりました。スポーツ飲料、二本とも青柳さんが飲むんですか?」
「いえ、この一本は加納の分です。コーヒー牛乳を飲む前にこっちを飲ませます。今日はかなり暑かったですからね」
「なんでぇぇぇぇ? コーヒー牛乳だけでいいじゃないかぁぁぁぁ、俺は汗なんてかいてないぃぃぃぃ」
青柳さんの言葉に、コーヒー牛乳さんがますますメソメソしだす。
「なに言ってるんだ。汗はかいてなくても、確実に体の水分は蒸発している。だから水分補給はしっかりしないとダメだ。自分でもコーヒー牛乳と水分補給は別だって言ったじゃないか。まずはこっち。コーヒー牛乳はその後だ」
キッパリハッキリ言われ、コーヒー牛乳さんは情けない声をあげたけど、たぶん青柳さんに従わないとコーヒー牛乳は飲ませてもらえない。だから加納さんは青柳さんに従うしかないのだ。普段は穏やかな青柳さんだけど、こういうところはなかなか頑固で、加納さんの泣き落としもまったく通用しない。この点では馬越さんのほうがずっと加納さんに甘いかも。
「俺のコーヒー牛乳ぅぅぅぅ」
「飲むなとは言ってないだろ?」
お支払いをすませ、二人はお店前の長椅子へと移動した。それを見送りながら、次のお客さんの商品を受け取る。そこからは全員がスポーツ飲料だった。そして最後に並んでいた山南さんは、なぜか麦茶と塩飴。
「山南さんはスポーツ飲料じゃないんですね」
「自分的にはあれは甘すぎて、いまいち好きじゃないんですよ。よほどのことがない限り普段は麦茶で、塩分は塩飴とか梅干しで補うことにしてるんです」
「なるほど」
そういう選択肢もあるのかと感心する。
「ああ、そうだ。習志野の夏祭の日、休みをとることができたので」
「じゃあ決まりですね!」
前に行こうと話してはいたんだけど、その時はまだ、山南さんが休みになるかどうか確定していない状態だったのだ。
「はい。待ち合わせの時間は、就業時間が終わってから話し合いましょう。今日のバイトは何時までですか?」
「今日は閉店までいるので、山南さんが都合の良い時間で大丈夫ですよ」
「わかりました。じゃあ点呼前にまた来ます」
「了解です」
支払いを終えると、山南さんは飴を一つ口に放り込み、それからお茶を飲んだ。そして長椅子で休憩している青柳さん達のところへ行くと、それぞれがきちんと水分補給ができているか、体調に問題はないかのチェックをして回る。
「訓練だけじゃないところも気配りするって、大変だなあ」
最近の暑さは尋常じゃないので、当然のことかもしれないけれど。そこへ同じように下の人達を引きつれて、尾形さんと斎藤さんが戻ってきた。
「お疲れさまでーす」
「山南んとこが一番だったか。あいつら、本当に移動速度が速いよな。やっぱ加納の影響か?」
そう言いながら、同じように冷たい飲み物が並んでいる冷蔵庫のほうへと歩いていく。下の人達が選ぶのを後ろで見ながら、あれを買ったほうが良いとか、それはやめとけとか言っている。山南さん達は同じ部隊所属なんだけど、最近はそこをさらに小グループに分けて、それぞれが別グループの訓練と指導をしているらしい。
「習志野の夏祭、行くことになったんだって?」
お会計をしている時に尾形さんが話しかけてきた。
「そうなんですよ。山南さんも当日のお休みがとれたみたいで。自衛隊さんのイベントに行くの初めてなので、今から楽しみです」
「あそこは本当に面白いからね。楽しみにしてると良いよ」
「尾形さん達は行ったことあるんですか?」
斎藤さんが横に並んで商品とお金を置く。
「ここからあっちに行った同期がいてさ。誘われて行ったことがあるよ。もちろん山南も一緒に」
「へー、あちらに同期さんがいらっしゃるんですか」
「俺達が言うのもなんだけど、とにかく陸自スゲーってなるから、楽しく見学してきてよ」
それってどういう意味なんだろうと、心の中で首をかしげながらうなづいた。
「ありがとうございます。楽しんできます!」
そう返事をしてから、長椅子で泣き言を言っているコーヒー牛乳さんをながめる。
「もしかしてあの中からも、そっちに行く人が出たりするんですか?」
「どうだろうねえ。まあそういうのに目覚めて、あそこを目指そうってなるヤツはいるかもね」
「今のあいつらを見てると想像つかないけどな」
長椅子周辺で水分補給をしている若い隊員さん達を見て、尾形さんと斎藤さんが笑った。山南さんが顔をあげこっちを見る。二人でニヤニヤして何をしゃべってるんだ?という顔をした。
「おい。そこで呑気におしゃべりしてないで、ちゃんと下の連中の面倒をみろよ」
「はいはい。本当に過保護だよな、山南」
「最近は、うちの駐屯地のオカンて呼ばれてるらしいぜ?」
「まじかー。とうとうカピバラからオカンにクラスチェンジかー?」
二人は笑いながらその場を離れる。でも最近は、加納さん達が入隊してきた直後のようなことは言わないようで、最低限のアドバイスという感じ。コーヒー牛乳さん達もそれなりに成長しているのだ。
「じゃあまたね~」
しばらくして、尾形さんと斎藤さんが手を振りながら、下の人達を率いてお店前を離れていく。山南さんも同様で「また後で来ます」と言って離れた。それぞれの隊員さんは「ちーっす」「お騒がせしました~」と口々に言いながら三人についていく。そして静かになるお店前。
「なんだかんだで若い人達がいるとにぎやがたよね」
平日の日中はだいたいこんな感じではあるんだけれど。冷蔵庫をのぞきに行くとスポーツ飲料の在庫が心もとない状態になっている。バックヤードに入ると急いで補充をした。普段より多めに仕入れているけど、出ていくペースは思った以上に速い。
「明日の発注、もうちょっと多めにしておかないとダメかな」
あとで天気予報も確認して、夕方に慶子さんと相談しよう。
それから三十分ほどして、今度はベテランさん達が戻ってきた。山南さん達だけを見ているとピンとこないけど、この集団を見ていると、入隊したての人達への山南さん達の配慮が手厚いと感じる。そして隊員さん達が買っていくのも、ほぼスポーツ飲料やミネラルウォーターばかりだった。
「すごい勢いで売れてる。やっぱり今年の暑さ、普通じゃないよね」
その人達がいなくなってから、もう一度、冷蔵庫の裏に入って補充をする。「今年の暑さ」というか「最近の暑さ」は本当にただごとじゃない。ほとんどの時間を屋内ですごす私でさえそう感じるのだ。外で訓練をしている皆さんはたまったものじゃないだろう。
「ほんと、外で活動する人にとっては大変な暑さだよねえ」
店内を見回ると、一部の商品がなくなっているコーナーを見つけた。汗拭きシートが置かれている場所だ。これもこの時期ならではの売れ筋商品で、ここでは冷感タイプの大判が大人気。ちなみに私も、通勤直後はバックヤードでお世話になっている。
「ここも補充、と」
バックヤードの段ボール箱を持ってきて、棚に補充をした。こういう時間にこだわることなく行う品出しも、ここならではのシステムだ。厳しい訓練を終えてやってきた隊員さん達をガッカリさせないように、というのがオーナーである慶子さんの方針なのだ。
品出しを終えたタイミングで、お昼ご飯を買いに幹部さんや技官さん達がやってくる。売れ筋は夏定番の冷やし中華に加え、つけ麺やお蕎麦。そして冷たいお茶。ここも夏ならではという感じ。一日で一番お客さんが来るお昼の時間帯が終わって一息ついていると、慶子さんがやってきた。
「おはよ~~。今日も暑いわね~~」
日傘をたたみながらハンカチで顔をあおいでいる。
「おはようございます。朝から暑かったですもんね」
「ほんとに。ところでスポーツ飲料の在庫は足りてる?」
「今のところは。けどもう少し増やしたほうが安心な気はしますね。明日の天気はどうでした?」
「雲一つない晴天ですって。夕立もないぐらいカラカラですって」
慶子さんはウンザリした口調でそう言った。
「やっぱり発注、もう少し増やしましょうか」
「そのほうが良いかも。ああ、私もお客さんさせてもらおうかしら。水分を補給しないと干からびちゃうわ」
そう言いながら冷蔵庫へと向かう。
本当に最近の夏の暑さは普通じゃない。激しい運動をしていなくても、この時期は水分補給はとても重要だ。




