第17話 先祖返り
「英雄は君の話を碌に聞かず去って行ってしまった……うっ。だ、だから……こんな事情があったって説明すれば……。」
碌に聞かずですって?
自分でさえも知らなかった事情を相手に察しろなんて無理があるわ。
レイベルトを馬鹿にして……こいつだけは絶対に殺す。
「会えもしないのにどうやって説明するの?」
「どうって……それは……そうだ! 本棚の青い本、その中にある手紙を見せればきっと君の話も聞く気になるはず……。」
「それが私の話を聞く気になる事とどう繋がるの? ネイル。もしかして適当な事を言っているのね。」
私が拳を振り上げると、更に焦った彼はペラペラと聞いてもいない事を話し始める。
「ぼ、ぼく達はストレッチ王国のスパイだ! だから、その手紙は本国とのやり取りの証拠になる。君はその手紙を見せる事で手柄を挙げ、英雄にも話を聞いてもらえるかもしれない!」
確かに、それなら話を聞いてもらえる可能性はある。
「だ、だから僕達はずっと昔からこの街に商会を創って根を張り、君の家を簒奪して着実にイットリウム王国内で勢力を伸ばそうと………………。」
良く喋る男ね。
でも、せっかくだから事情を聞いておこう。
どうせこの後殴っちゃうんだし。
「…………と言うわけで、英雄が、元上官に部隊を取り上げられたのも他のスパイがやって……うっ……そろそろ治療しないと死に、そうだ。続きは今度で良い、かな?」
もう十分ね。
他にもスパイがいるって分かったし、証拠になりそうな物の場所も粗方聞いた。
「ありがとうネイル。」
「あぁ、それじゃあね。元気で……。」
まだ大事な事を聞いていない。
「待って?」
私がネイルの肩を掴んだら、グシャリと嫌な音を立てて潰れてしまった。
「あぎゃぁぁぁっ!」
いけないいけない。この人達、弱いんだったわ。
「どうして逃げようとしているの?」
「うぐっ……。逃がしてくれる、約束が……。」
特に約束した覚えもない。
「や、約束が違うじゃない、か。殺さないはずじゃぁ……。」
「約束はしてないわ。それにね?」
「な、なんだい? 僕に出来る事なら、何でも、言ってくれ……。」
「私のお腹の中には貴方の子がいるのよ? もうレイベルトと結ばれるなんて無理よ。」
あの時、レイベルトが帰ってきた時は「貴方と結婚する。」だなんて咄嗟に言ってしまったけど、改めて考えてみればどう頑張っても無理な話なのだと自身で気が付いていた。
「……。」
「その事に関してはどうやって解決してくれるの?」
「あ、いや……僕が、治療を終えたら、一緒に解決方法を……」
「このまま逃げるの?」
「ち、ちがう! でも、今のままだと、僕が死んで……。」
「死ぬ前に解決方法を考えて? 死ぬ気で考えれば思いつくかもしれない。思いつかないならそのまま死んでも良いわよ?」
多分無理だ。
そんな事、私にだって分かっている。
「方法、方法、方法……そうだ。一度子供を、産んで、孤児院に預ければ……。」
「ダメよ。子供には罪なんてない。もっと他の方法を考えて。」
「そんな……他の方法、なんて……。」
「残念。ネイル、そろそろお別れみたいね。」
私は再び拳を振り上げる。
「待つ、んだ。その子の、父親を殺す、のか?」
「ネイル、素直になるお薬を私に使ったんでしょう? だから私は今、自分に嘘がつけないの。」
「そ、その薬は、先週までは使ってたけど、今はもう使ってな……くぴょっ!」
嘘吐き。
だったら、私が人殺しなんてするはずないじゃない。
「こんな事をしている場合じゃない。」
私は怒りに身を任せ、ネイルとその両親、そして私を笑った護衛達が死んだ後も何度か殴りつけてしまっていた。
とは言っても、所詮私なんてちょっと護身をかじった程度の半端者。
伝説がどうとか意味の分からない事を言っていたけど、あの護衛達はよっぽど弱い役立たずだったに違いない。
⇒1.証拠と、今後の為に金品も持って行こう。
2.【この選択肢は未開放です】
彼は英雄となったが、元々強いだけの一介の騎士だ。
政治が得意だなんて話は幼馴染の私ですら聞いた事がない。
スパイが国に紛れ込んでいるのなら、英雄となったレイベルトは政治で謀殺されてしまうかもしれない。
「王に知らせないと。」
私は聞いた情報を基に屋敷を探索し始める。
ネイルが死に際に言った話は嘘ではなかったようで、聞いた通りの場所にストレッチ王国からの指令書、別のスパイとのやり取りの手紙、それらの暗号を解読する為の書類やらが出てきて、証拠としては十分だと思える収穫だった。
屋敷内の一室には纏まった荷物が置かれていて、その中に金や宝石類があった。これがあれば、今後の生活を心配する必要はない。
最後にその場を荒らし、誰かに襲撃されたように見せかけた後、近くの川で血を洗い流してから帰宅。
幸い目撃者は一人も居なかったようで、私の仕業とバレた様子もない。
「こんな時間まで何をしていたんだ? もしかしてずっと働いていたのか?」
「あらあら。それは大変。でもエイミーはまだ若いんだから、たくさん働いても大丈夫かしらね。」
「そうだな。たくさん働けばきっと、エイミーも嫌な事を忘れられるだろう。」
誰のせいで私がこんな目にあっていると……
「ねぇ。レイベルトとの婚約を解消した時にお金を貰ったの?」
「な、なぜそれを……。」
「違うの! 違うのよエイミー! エイミーがずっと待っているだけなのは可哀想だから、ついでにお金まで貰えるならってお父様が考えてくれたのよ?」
「そうだとも! ずっと待つのは辛い。だから、見合い話も紹介しただろう? エイミーは結局断ってしまったが。」
何も考えてないって事なのね。
「私ね。ネイルに騙されてたんだ。」
「それは辛かったわね。ネイルを呼びなさい。お母さんが叱ってあげるわ。」
「あの男め。怪我をして引退したとはいえ、俺とてまだまだ錆び付いてはいない。父がエイミーの代わりに叩き斬ってやろう!」
どうして自分達は関係ないって顔をしているの?
勝手に婚約を解消したのは二人でしょう?
いえ、両家が婚約を解消したお蔭でスパイの存在に気が付けたのだと思えば、レイベルトの為だけを思えば、これで良かったのかもしれない。
でも、この人達の顔はもう見たくない。
「エイミー、瞳の色が変わって……。」
「勇者と同じ黒、だと?」
勇者?
「す、すごいじゃないかエイミー! 勇者と同じ目なんて……。」
「そ、そうね! 家はきっと、伝説の勇者サクラの子孫だったんだわ!」
勇者と同じ?
という事は、あの護衛達が弱いんじゃなく、私が強かった……?
試してみよう。
「どうした? 父の腕を引っ張るなんて、甘えたいのか……ぐわっ!!」
片手で元騎士のお父さんを……大の男を軽々投げる事が出来てしまった。
「あ、あなた! エイミー! 急にこんな……」
バチィン!!
「ギャッ!」
かなり加減して頬を張ったのに、結構痛そう。
「エ、エイミー……突然何をするん、だ?」
「ひ、ひどいわ……。」
酷いとは全然思わない。
「お父さん、お母さん。」
「な、なんだ?」
「そんなに怖い顔しないで……。」
「ちゃんと私の言う事を聞いてくれたら、これ以上酷い事はしないよ?」
両親が無言で首を縦に振る様を見て、少しだけ留飲が下がった。
この二人に色々協力させれば、私は心置きなく復讐出来る。
伝説の勇者の力で……




