断片。災いの予感
「私はアリサ・アシュフィールド。私は、私のルールに従う」「ああ、お前達の輝きはいつも眩しく、お前達はいつも正しいよ。間違ってるのは私の方さ」「どうして! なんで貴女が、アリーシャ!!」「ああ、一度こうしてお前と戦ってみたかった。さあ、来い。アリサ・アシュフィールド。お前の最期の敵はこの私、アリーシャ・ブルームーン、お前の姉を殺した女だ」「マルス……ごめんなさい。わたしにはもうこうするしか方法が、ない」「示してみろ!! 貴様らの正しさを! 証明しろ! 私が間違っている事を!」「お前は選ばれた。だが今度は私だって選ばれた
! 彼女は私を選んでくれた」「外なる生命の力と、この世界の根源の力、果たしてどちらが優秀な生命なのか、アリサ、これは代理戦争だ。私はお前を殺す」「さようなら、アリサ・アシュフィールド」「さようなら、アリーシャ・ブルームーン」
「けど、この世界が好き。だから終わって欲しくないの。私の願いは変わらないーー」
「アビス。底にたどり着いたのは私、貴女を踏破したのは人間よ。ルールに従い、貴女の役割を果たしなさい」
「人間はまだ、終わっていない。また始めるの。ここから、また始めるだけーー 願わくば善き人に……出会えますように」
なんだ、これは。
海原はぼんやりと輪郭の定まらない思考の中、ただその嵐の中にいた。
セーフモードでのマルスとの語らいを終え、本格的に眠りに入った途端に、これだ。
夢か現か判断がつかない。気がつくとこの暴風の中にいた。
真っ暗な空間の中に自分はいる。立っているか、座っているかすら分からない暗黒の空間。
流れ込んでくるのは言葉、そしてイメージ。深淵の闇の中に雷鳴が光るように、現れては消えていく、誰かの記憶のカケラ。
いや、これは。この記憶は、まさかーー
「シエラチームはこれよりオペレーション・スターフェスティバルを開始する。総員、状況を開始せよ。目標はただ1つ、アビスの最深部への侵入、及びコアの接収か破壊だ」
シエラ1の記憶……?
マルスの話の通りだ。
シエラ1の視界が、一瞬、一瞬だが切り取られた絵のように瞬いては消えていく。
青白い光に包まれた奇妙な空間で、誰かと対峙していた。
そして最後はーー
「ああああああああああああああああ」
「……やれ…… 最後の英雄…」
シエラ1の慟哭と、その誰かの胸から赤い血が噴き出す瞬間だった。
これは、なんだ。
ここはどこだ。
俺は、何を、何を見ていてーー
急に感じる、自分が浮き上がっていく奇妙な浮遊感をーー
闇の雷雲の中を何かに引き揚げられていくような。
う、うおおおお。
海原がその感覚に飲み込まれそうになる瞬間、雷雲の、闇の隙間に何かの映像が見えた。
青黒い筋肉質の身体、傍らに備えたねじれた槍。しゃがみ込み背中を見せたまま、顔を伏せて何かを貪っている。
ぐちゃり。べちや。ぼきん。
汚い咀嚼音が付いてくる。海原はその光景から目を離さない。
そして、ゆっくりとソレが此方を振り返る。
「は?」
振り返った顔は海原が想像していた醜悪ないも虫の顔ではなかった。
その、貌はーー
「ウ、ミハラぁ」
「鮫島……?」
別れた筈の友人、鮫島 竜樹の青い血に塗れた貌だった。くしゃくしゃの今にも泣き出しそうな、その貌ーー
プツン。海原の意識はそこで途切れたーー
……
…
〜未だ夜闇に覆われた奈落にて〜
ソレは、奇妙な気配を感じて振り向いた。
標的のあの深い血の匂いが一瞬、香ったような……。しかし、振り向いてもそこには何もない。
まあ、いいか。ソレは食餌を再開した。
美味い、やはり自らの手で仕留めた獲物の味はひとしおだ。
ソレは満足そうに、巨大なサソリのようや化け物の肉をちぎって咀嚼し続ける。
なかなかに厄介な獲物だった。鋏は素早く強靭で、その尾は鋭く致命的な毒を持っていた。
だがそれでも勝ったのは己だ。
勝者は敗者の全てを奪う権利がある、それがここのルールだということをソレは理解していた。
ふむ……。
それにしても、それにしてもだ。あの狼の大群、あの全てを喰えないのは失敗した。
ソレは、ザギザギに裂けていた脇腹をかぎ爪ような手で撫でる。
あの狼の群れの王、アレは予想以上に強かった。あのまま続ければ、殺せはしたもののもっと深い傷を負っていた。
「ギギギギギィ」
ソレはあの時の戦いの興奮を思い出し、涎を泡立てる。
アレは楽しかった。槍を、爪を、力を。己の全てを振るって戦うのはとても、楽しかった。
狼の王。アレさえ食らうことが出来れば己はもっと強くなる事が出来る。
ソレは暗い欲望に笑う。己の標的、あの人間を今度こそ仕留める。
食い、食い尽くして強くなる。強くなって、強くなって、そして、いつの日か。
「き……ハラァァァ」
……おや、今のは何だろうか。ソレは思わず漏れた呻き、自分で発した筈の呻きにわずかに首をひねる。
ソレは己の内に沸いた始めての感情をよく理解出来なかった。
まあいい、それより食餌を続けよう。次は、狩れる。次は殺せる。
標的のにおいはここからそう、遠くはない。
決行は明日。己の生まれた理由を、命令を果たそう。
あの人間を喰い殺せ。
だが、もしそれが終わったら、次は何をすれば良いのだろう。
ソレは答えを得る事がないままに、青い血の匂いに包まれた食餌を再開した。
どちらにせよ、その時は近い。
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