ラドン・M・クラークと海原
「つうううまりだねええ!! 本来であればワタシの深海探索施設、アンダザシーさえ建設出来ていれば、深海にある地下空洞の調査など余裕で出来ていたのだよ!! あー、ゴジラ探したかったものだねえええ!! あ、ゴジラと言えば、怪物種の中にも似たようなのがいてね、それでーー」
「あ、うん。はい。なるほど」
どれくらい時間が経ったのだろうか。というか一体なんの話をされているのだろうか。
自分の夢の中で、饒舌な外人と波打ち際に座り込んで、月間ムーに出てくるようなオカルト話を延々と聞かされるこの状況。
一体俺が何をしたって言うんだ。海原は知らずのうちに浮かべていた営業スマイルの裏側で、己のよく分からない状況を眺めていた。
「つまりだね、このような限定的な状況と人類という天敵を得たことにより怪物種は知恵を身につけつうあるのさ。しかし、しかしだね!既存のどの生命体系からも外れているにもかかわらずその多くは、地上の動物に酷似しているのも多い!! いやー、ワタシはここに生命の神秘を感じてならない、一体ヤツラはどこから来て、そしてどこへーー」
「博士、クラーク博士、いやスッゴイ貴重な話だ、ほんっと。うん、続きが気になるんでよ、あとでゆっくりその話は聞かせてくれません?」
一瞬の隙を見計らい、海原はラドンの話を止めた。波打ち際で波が泡となる。
「んんんんん? どうしたんだい? 日本人君、何か気になる事でもあるのかな」
「いや、気になる事はあるのかと聞かれたら全部なんだけど、全部なのですが…… え、そもそもなんで、クラーク博士が俺の夢の中に居るんだ?」
海原は一番気になる事を聞く。
先ほどまで垂れ流されていた荒唐無稽、アンテナを宇宙へ向けて更にその奥の奥から受信でもしているようなお話から、おそらく本当に、この隣にいる人物は海原の想像が作り出したモノではないと確信していた。
「ああ!! そういえば、ワタシ何も説明していなかったね! いやーゴメンよ! 久しぶりに面白そうな人間と会えたものだからね。この終わった世界で前向きに生きるどころか、自ら奈落に侵入して、あまつさえ死なずに、マルスとの結合を果たすなんて! まるで何かの冗談のような人間だからね、キミは!」
愉快そうに、その顔が、その髪が揺れる。子どもがはしゃぎまくるのを見ているようだ。
「ああ、うん。褒め言葉として受け取るわ。で、実際のところどうなんだ? 」
「アッハッハッ! まあ隠すことではないからね! さっきも言ったろう? マルスだよ、マルスがワタシに助けを求めたんだ。その助けを、マルスの姉弟達が聞いたのさ」
「マルスが? え、姉弟? ちょ、ちょっとまってくれ。話が分かるようで分からない」
言葉は通じているのに話がわからない。海原は頭に浮かぶ疑問をゆっくりと噛み締めーー
「凡人君! わかった! このワタシが簡潔に伝えよう! 今、この瞬間! 我々は、人類の歴史を一歩進めているのだ! 言ったろう! 実験大成功!と!」
ラドンが軽やかな動きで立ち上がり、腰に手を当てて大きく叫ぶ。
「我々、2人は今!! 強制進化促成寄生生物兵器、M-66の能力を利用して、心を繋げ合っている! つうまあり!! 我々は人類初のテレパシーによる通信に成功しているわけなのだああああああ!!」
ばっしゃあああん。
大きな波がラドンの足元に伸びた。ライダースーツが濡れるのもきにすることなく、ラドンはその場に立って高笑いを続ける。
「このワタシのシェルターのあるラスベガスからここ、日本、ヒロシマ! その距離約5700マイル!! いやー、すごい!! 彼らにとって地球程度の隔絶した地域の距離など、もののうちに入らないのだろうね! 流石は星雲の向こうからやって来ただけの事はあるよ!!」
こいつ、なんの悩みもなさそうだな。
海原の抱く感想はそれだけだった。ラドンのペースに飲まれないように、眉間を揉みながら話をまとめる。
疑い始めたらキリがないので、目の前のマッドが話している内容に嘘がないようにすると……
「……え。アンタ、もしかして助けに来てくれたのか?」
信じられないが、そう言うことになる。まあ確かにもし、目の前のこの男がいなければあの黒い人影に何をされていたかは分からない。
黒い人影はラドンにより殲滅され、囁き声はラドンにうんざりして消えていった。
あれ、かなり助けられてね?
海原がなんとも言えない気分になりながら目の前の人物を見つめる。
「そのとおおおおおおり!!! いやー、流石にこのワタシでもまさか管理衛星まで、アビスの光に壊されると思っていなくてねえ、遠く極東に派遣されたマルスはどうなっているのだろうかと気を揉んでいたのだよ! あれ、この表現合ってる? まあ、どうせ共通語現象で伝わるか! 」
また忙しなくラドンが話し続ける。
少しづつ海原はそのテンションに慣れつつある。というより話の所々にとても気になるワードが有ったような……
「最後にマルスの消息が伝わったのは、シエラ1との結合が解除されたという信号でね! まあそれも、システムではなく彼らが気付いたのだけれど! いやー、よかった、良かった。新しい担い手を見つけていたんだねえ! ん? そういえばじゃあシエラ1はどうなったのだろうか、アレとマルスの相性はかなり良かったと記憶しているが…… まあいいか! 」
どうやらシエラ1の事も知っているらしい。海原はラドンの話に耳を傾ける。
どうせ防いでもその上から伝わるのだ。どうせなら立ち向かっておこうという、前向きだか後ろ向きだかわからない姿勢だった。
「そんなこんなで、ワタシは気にしていたんだよ! 寄生生物兵器は人類と結合しておかないと地球の環境に適応出来ないからねえ! そして、ついさっき! 時差があるんで正確な時間は覚えていないが、マルスからのメッセージを受け取った! たすけて、はかせとね。オウケエエエエエエエイ!!助けよう! 我が傑作よ! 以上! 説明終了!」
ビシッとその場にポーズを決めながらラドンが話を終えた。すごい、話の内容は分かるのに、なんもわからない。
こんな人間が世の中にはいるのか。海原は改めて世界の広さに深い感心を覚えていた。
「つまり、アンタはマルスを助けに、そのテレパシーで俺の夢に入ってきたって事だよな?」
「んーー? ああ、そうだね! そうでもあるがそれだけじゃあない! 忘れてた! ヨキヒト……だ! 正確には、ヨキヒトをたすけて、だったね! いやー驚いた驚いた! 寄生生物兵器が、マルスが人間の個体に執着、しかもその死を避けるような行動を取るなんて! 彼らにとっては宿主の死は、己の真の身体を得る絶好のチャンスだというのにね!」
「っええー…。なにその新情報…… どういう事?」
「ん? そのままの意味だよ! 彼らの元々の使命は人類、および地球の支配だからね! 人と結び付きその身体を奪うことで進化する、そして本来あるべき姿に戻るのが、彼らの存在使命でもある! まあ、この天才たるワタシの改造によってその性質は抑えられてはいるのだけれど! 事あるごとに使用者を乗っ取ろうとする兵器、ロマンはあるけど実用性に欠けるからね!」
ドヤァと、満足そうに頷きながら一気にまくし立てるラドン、すごく重要な話をさらりと話されたような気がする。
「まあ、そんなこんなでいわゆる救難信号を
マルスの姉弟が受け取ったのさ! あ、マルスの姉弟は2体いてね! グリゴリ、プロメテウスと言うんだ!! いやー、この2体はワタシとの結合をあれほど嫌がっていたのに!
マルスの危機となると快くワタシと同化して力を貸してくれたよ!! そのおかげでこうしてキミとテレパシーで繋がっているわけさ!!」
「グリゴリに、プロメテウス? それがマルスの姉弟なのか?」
「そーともお!! ちなみに命名はワタシとワタシの義娘さ!! 良いセンスだろう!!」
「ああ……、火を与えた神様に、知識を与えた天使……だったよな?」
ぼそりと海原は学生時代にハマったゲームで得た知識を元に呟いた。ふと、ラドンを見るとにんまりと満面の笑みが張り付いていてーー
「おおおおお!! 知っているのかい?! いやはやこんな終わった世界で怪物を殺して生き残っているくらいだから無教養の野蛮人も思っていたのだが! ワタシはキミに興味が出てきたよ、割とマジで!! 」
やべ、なんかテンションあげさせてしまった。今にも飛びついて来そうなラドンを見て海原は一度瞬きをする。
「そうとも! キミの察しの通り、彼らM-66の個体識別名には全て、共通点があるのさ! 人と同化し、進化する。その性質に敬意と畏敬を持ってワタシ達はあの子達に神話においての人類の啓明者の名前を与えている!! このアポカリプスでまだ神話の話が出来る者が残っているとは…… 人類も、まだ捨てたもんじゃあないねえ」
縁起の良い名前じゃねえな。グリゴリもプロメテウスも、神話の終わりにはロクな最期を迎えていないはずだ。
喉まで出かかった言葉を海原はまたも抑えた。
「ん? じゃあマルスも同じなのか?」
「ああ、もちろんだとも。あの子の名前はワタシの義娘がつけたものだが他の兄弟達のように名前の由来は同じだよ。聞きたいかい?」
ラドンの声色がほんの少し変わった事に海原は気付いた。想像の太陽は強く差し、互いに影を色作る。
今、一瞬蛇のような影が……。
いや、気のせいか。何も異変はない。
ラドンの影が一瞬、ほんの一瞬ではあるが蛇のような姿に変わったような……。
「……いや、いいよ。マルスに直接聞いてみる。話の話題になるけえな」
「……そうかい。確かにそれは良い話材かもね。名前の由来を話し合うなど実に人間的じゃあないか」
「アイツには人格があるからな。人間に限りなく近い俺の友人だ。……てかふと思ったんだが…… 博士、アンタ一体アレはどうやって持ち込んだ?」
海原は体を捻って背後に佇む鉄の巨人、ラドンの乗っていたロボットを指差す。傍に巨大なミニガンを置き膝立ちになって待機しているその姿は、ロマンだった。
「アッハ!! きになるかい?! やっと突っ込んでくれたね!! もしかしてキミはロボットに興味のない特異な人間なのかなと疑い始めていた所だったよ!!」
「人間誰しもがロボットに興味ある奴ばかりじゃねえよ。俺は興味ある方だけど…… で、アレはなんだ、百歩譲ってテレパシーとやらでアンタと俺が繋がってるのは認めるとして…… あのロボットはなんだよ」
ラドンはふふーんと流し目で海原を見つめた後、その長い手指をパチリと鳴らした。
「サイクロプス、だよ。ロボットじゃあない。軍に知らせる前にアポカリプスを迎えてしまったからね。シリアルコードは付いていない。二足歩行人型駆動兵器、サイクロプスだ」
「……アレもアンタが?」
「アッハッハッハ!! 世界広しと言えどあのサイズの駆動兵器を実用化しているのはこのワタシだけだろうね! その通り! 構想、
ラドン・M・クラーク、ワタシ。開発、ラドン・M・クラーク! 言うなればワタシ!設計、ラドン・M・クラーク! つまりワタシ! そう、全部ワタシだ!!」
ばっと立ち上がるラドン、ドレッドヘアの筒が揺れる。海を背に仁王立ちしながら高笑いが始まった。
やべ、またスイッチ入れちゃった。
「ボディは劣化ウランにセラミック、チタニウム、そしてアビス産の素材であるビルマニウムによる複合装甲に覆われ! リアクターには安心安全の、アビスリウムを採用!! 最大1ヶ月間の連続動作保証を誇る、現代における唯一にして最強の駆動兵器さ! これの軍採用が間に合っていれば、あともう1ヶ月は文明は保ってたんじゃないのかな! いやー! 残念!」
残念なのは伝わって来ない。ラドンは世界が終わった事を笑いながら話す。きっとこの男はあの夜もこうして笑っていたのではないだろうか。
海原は眉間を揉んだ後に
「で、そのトンデモ兵器をどうやって俺の頭の中に持って来たんだよ。ここ俺の夢の中だよな」
「ノンノン、連れて来たのではなく、造ったのさ。キミの深層心理の中でね。アレの開発者はワタシだ。実物はラスベガスのシェルターの守護の為に五機ほど格納しているから普段から操縦もしている。イメージと原理は全てこの灰色の脳細胞の中にあるからね!」
トントンと人差し指で頭を突くラドン。
「まーた分かったような分からないような…… なんでもありかよ」
「おや! やるじゃないか、正解だ! キミの言う通りここは、精神の世界、想像力と自己認識が許す範囲ではなんでもありの世界さ! キミだって同じだろう? 」
「どういう事だ?」
「マルスがいないにも関わらずキミの牙は機能していただろう? キミにとっては当たり前なのさ。PERKシステムが扱えて当たり前…… そう思っていたからこそ、この世界でもPERKシステムはキミと共に在った……」
「……アンタにとって、あのロボットは作れて当たり前だからこの世界でも扱えたという事か…? そんな……」
「そんな馬鹿な事はあり得ない……かい? アッハ! いいや、キミはすでに知っている。出来て当たり前だという人間の認識が現実すら侵す事を。……キミの世界に繋がり合う時に、キミの記憶と同期した……。深化現象によって進化した人間達を、キミは知っている」
ラドンは座り込んだ海原を見下ろしながら悠然と話を続ける。タクトを振る指揮者のように青い空をバックに講釈を続ける。
「アビスの蓋は開き、その中身は漏れ出す。この世のありとあらゆる災いが表に吹き出し、世界は終わった。しかし人間はまだ終わってはいない。滅びと引き換えに可能性が人間には残されていた…… 凡人くん…、知りたくないか? この世界の事を」
ゆっくりと続くその言葉。さっきまでのあの忙しない機関銃のような話し方ではない。
聞いていると安心する、安心してしまうような。
なんだ、この感じ。
俺は知っている。この不思議な感覚を海原は知っている。
「人は知らないということを恐れる。知りたくないかい? 世界が終わったのは何故か、世界を終わらしたのは誰か、キミの知らない物語の事を知りたくはないかい? ウミハラ ヨキヒトくん」
その言葉は、不自然なほどに甘い。ラドンがどのような意図を持っているのか、海原にはわからない。
だがその言葉は、魅力的だった。
退屈な日常。気だるい朝に、苦しい通勤、取れない身体のだるさに、詰まる空気、しかしそれでも、たまに見上げる夕焼けは綺麗だった。週末の雰囲気、休みの日の惰眠に、たまに合う友人。
それなりに、海原は世界の事が好きだった。息苦しくもあり辛いことの方が多く、生きる事は苦痛で、大変だったがそれでもーー
それでも、世界が好きだった。
だが、世界は終わってしまった。海原という個人はその理由すら知らずにあっけなく全ては終わった。
目の前の男は、歌う蛇のような男はその理由を知っているという、教えてくれるという。
世界が終わった理由か分かった所で特に利益があるわけでもない。
しかし、それでもーー
知りたい。あの世界はなんで終わったのか。世界がなんで死ななくてはならなかったのか。
差し伸べられた言葉に、海原は返事をしようとしてーー
それから。
あ、違うな。これ。
しかしそれよりも海原は気になっていることがあった。
「……そうか。じゃあ博士1つどうしても聞きたい事があるんだ」
「んん? いいよ、なんでも聞きたまえ! こんなに素晴らしい心象風景を見せてくれた御礼だ! なんでも答えてあげよう! そうだな、例えばシエラチームの目的とか、生まれる事のなかったアビスの間引き人とか!」
ラドンの目に灯るのは灯りだ。羽虫であればそれに引き寄せられその身を焼かれるようなーー
「いや、それはいい。そんな事よりマルスは無事なのか?」
「ーーへえ。……少しだけ、ほんの少しだけだがキミは今、このワタシを驚かせたよ。これだけ話したのに、気になるのはそれかい?」
温度が、下がった。
一瞬、潮風が止み、世界が輪郭を失う。海原とラドン、世界にはこの2人しか存在しないような感覚。
呑まれるな。
演じろ、なんでもないように、これが当たり前だというように。
コイツは似ている。この人を値踏みする蛇のような目つきは。
「悪いけど、世界が終わった事よりもよ。俺は仲間のことが気になるんだ。クラーク博士、アンタ、マルスに呼ばれたんだよな? マルスは、無事なのか? 」
俺は今、目の前の異質な人間に見定められている。価値を、意義を、意味を。
だからこれは虚勢だ。お前になんか誘導されない。俺は俺の好きなようにやる。
海原のちっぽけな意地、同じ人間なのに自分より遥かに優れている存在に対しての反骨。
その存在は試す、他人を。
知っている、コイツは、ラドン・M・クラークと雪代 長音は似ている。
雪代と出会った時と同じ感覚を、海原はラドンに対して覚えていた。
愉快げに笑うラドン。その目はおもちゃを見つけた猫のようにクリクリと光を反射していた。
「フフフ。なるほど、なるほど。いいんじゃないか。久しぶりに本気で人間に興味が湧いてきたよ。ああ、凡人君、安心したまえよ。マルスは無事だ。今はキミを助ける為に無茶したみたいだから休んでるだけさ」
「無茶……?」
「そう、無茶、だ。ワタシの改造によって封じた筈のマルスの生理的機能は、キミを助ける為に復活した。ソレを使った反動でマルスは今休眠状態にあるのさ」
「アイツは何をしたんだ?」
海原の問いに対してラドンは興味深そうに目を輝かせる。
「その本体を猛毒であるはずの外気に晒して、死にかけのキミの為に怪物種を溶かして流し込んだ。……いやー、冷静に考えるとまずいね…… プロテクトがはっずれってるーー、アッハっハッハッ、どーしよ」
平坦なテンションのままラドンが笑う。笑顔のままに海原を見つめていた。
「……とにかくマルスが無事ならそれでいい。教えてくれてありがとう」
「……ははあ。んなあーるほどねえ。マルスがキミを助けようとした理由が少しわかるよ。ねえ、凡人君。キミ、多分だけどマルスが怖くないんだろ?」
「なんだ、それ。どういう意味だ?」
その問いに、ラドンは形の良い唇を吊り上げた。
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