人狼狩り、人狼狩り、人狼狩り
ばきん!!
人狼はその音を聞いた。鼓膜を叩くその轟音とともに飛来する指弾。
ふたたび、再びだ。目の前の敵はまた己ではなくツガイの骸を狙っている。
「ぐうおおあお!」
怒りの咆哮、すぐにでも目の前の敵を八つ裂きにしてやりたい。しかし、それが出来ない。この場を離れれば確実に奴はツガイの死骸を完膚なきまでに痛めつける。
それだけは防がなければならない。一族の為、そして何より己の為にその存在を捧げた最愛の伴侶の骸だけは守らなければならない。
ばきん、ばきん、ばきん。終わりの見えない我慢比べは続く。敵の指弾の速度はわずかづつ上昇しつつある。
弾き損なったり、触れた途端に爆発したり様々な要因で人狼の手傷は増えつつあった。
おのれ、小癪な猿が、厄介な敵が。
人狼は唸る。コイツと対面しているとアレを思い出してならない。人と化け物が混ざり合っているあの醜い化け物を。
人の武器を手繰り、一族と己に深い傷をつけたあの、いも虫のような化け物のことを思い出してならない。
似ている。人狼は絶え間なく続く指弾を捌きつつそんなことを考えていた。
この敵とあのいも虫の化け物は似ている。容姿や力ではない。
在り方だ。生命に対する畏敬のなさ、残忍なやり口、容赦のない戦術、そして何よりはあの眼差し。
同じ生き物のものとは思えないその、こちらを見つめる眼差し。
敵の2つの瞳と、あのいも虫の化け物の一つ目は同じモノを湛えている。
危険だ。危険だ、危険だ。
コイツはここで殺さなければならない。ツガイが分けてくれた生命の力、その全てを振り絞ってでもここで、滅ぼさなければならない。
人狼はその生態系の中で与えられた役割、本能にも似たそれのために己を奮起する。
鼻にこびりついた赤い血の匂いにより、身体の奥底が痺れるような感覚を覚えた。
簡単な話だ。ここで、ヤツを始末し、巫女を追う。巫女を連れて行った猿も始末し、もう一度巣に連れ去れば良い。
王の血と巫女さえいれば、一族はまた再び殖えることができる。
それでいい、それでいいではないか。人狼は己が庇う白狼の骸を一瞥した。
コレはもう死んだ、死んだ、死んだのだ。伴侶など、また作れば良い、増やせば良い。だからもう、この骸に拘るのはやめよう。
それさえ、そのこだわりさえ捨てれば目の前の敵などすぐにでも狩れる。殺せる。
人狼が指弾を払うように捌く。弾いた手指がバラバラと地面に舞い落ちた。
次の一撃はまだ来ず。
人狼は、骸に見切りをつけーー
ーー王よ、私をお食べ下さい。私の全てはあなたのものです。生きて……、それと……最後まで一緒にいれなくてゴメンね……、わたしの王、わたしの最愛……、わたしのロボ……
「グッ……」
好機、敵からの追撃はない。今接近すれば殺せる。なのに、なのに、人狼の脚は動かない。
白狼との最期の別れの瞬間、彼女からの言葉が人狼の肥大化した脳細胞を駆け巡る。
幼い頃より共に育った白狼、自らの意思と力で群れの頂点に登りつめ、そして得た宝。
美しい白の毛並み、暖かさと理知を兼ね備えたその瞳。毛皮から漂う薄い血と甘い果実の匂い。同じ年齢の雄は皆、彼女に夢中だった。
人狼はその宝を己の力で勝ち取った。群れの頂点として人狼が、彼女を伴侶として選んだのだ。
出来ない。人狼は愕然とその場に立ち尽くした。彼女の骸をここにおいてはいけない。これ以上彼女を傷付ける事などできるはずもない。
怒りよりも悲しみが人狼の脚を止めた。止めてしまった。
その場で人狼は仁王立つ。両腕を広げ、両足を踏ん張る。
「ぐうるるるる」
人狼は決めた。思い出は残る。その為には納得が必要だ。
犠牲には理由が必要だ。白狼はその役割、王にその身を捧げるという役割に殉じた。
気高きその魂、その肉体を放っておいて良いはずはない。
ああ、己は君を守ろう。今度こそ、今度こそキミのくれたチカラでキミの亡骸を、その気高さと美しさを守ろう。
敵は殺す、そして白狼の骸は無傷のまま守る。
己は王だ。種の頂点、強き生命。出来ないはずがない。いずれやってくる敵の限界、それまでを耐え抜く。
勝算はある。敵と己の力には大きな差がある。距離さえ詰めて接近戦にさえ持ち込めれば次こそ狩れる。
あの奇妙な爪も今度はへし折ることが出来る。人狼はその身に滾る力から確信する。
コレは忍耐の戦いだ。敵が疲弊したり、隙を見せたり、痺れを切らした時が終わりの時。
その首筋を噛み裂き、赤き血をすすろう。貴様の肉を白狼の魂に捧げよう。
巫女の目の前で貴様の頭蓋を並べてやろう。
楽しみだ、愉しみだぞ。猿、いや、我が敵、我らが宿敵、人間よ!
狩りを始めよう!
「グルウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
吼える、月はなくとも狼が吼える。居なくなった仲間、己に託された生命、もう嗅ぐことの出来ない白狼の匂い。
鎮魂歌のごとく、1人になった人狼は吼える。
指定怪物種12號、人狼の叫びが世界に広がった。
人間狩りの始まりだ。
ドパァン!!
立ち尽くす人狼の視界が輝かしい光に覆われて塗りつぶされた。
地面が急に爆発して、輝く砂が一気に舞い上がる。
人狼は光に塗りつぶされた視界の中、その声を聞いた。
「人狼狩り、人狼狩り、人狼狩り人狼狩り人狼狩り人狼狩り人狼狩り人狼狩り人狼狩り人狼狩り人狼狩り人狼狩り人狼狩り人狼狩り人狼狩り人狼狩り人狼狩り」
呪詛のように続けられるその呟きを。
封じられた視界の中、必死に見うしなった敵の臭いを追う。
「グッ」
嗅覚が伝えてくるのは、食欲を刺激する赤い血の錆臭い匂いのみ。
そのつぶやきはいつしか消えて、あたりは輝く帳に満ち溢れていた。
………
……
〜輝く砂の帳の中〜
海原は静かにその場に伏せた。頭に描く荒唐無稽な作戦、人狼狩りの詳細を描き終わる。
唇はまだ繰り返した人狼狩りというワードの響きを覚えている。
海原は口を閉ざす。連続した白狼への射撃は全てこのための布石、ヤツに散らばされたロケット・フィンガーの肉片を一気に、コープス・エンドで爆発、輝く砂を巻き上げ簡易的な煙幕を作り出していた。
'ヨキヒト、選定PERKの適用準備が整いました。いつでもいけます'
海原はマルスの言葉にうなづき、頭の中で適用開始の合図を送る。
ドクン。身体の芯に熱が入る。変異が静かに始まる。
身体の部位に変化はない、ただ海原の思考の源、脳みそに何かが起きつつある。
まぶたがびくり、びくりと痙攣し、頭皮が熱い、髪の毛など焼け焦げてしまいそうなほどに。
熱い、熱い、熱い。海原がその熱に耐えれなくなり頭を掻きむしろうとした次の瞬間、その熱は一気に冷めて、身体中に広がっていく。
筋肉に直接冷感スプレーを吹きかけられたような違和感、そしてそのPERK適用の瞬間の身体が沸くような感覚は消えていった。
' PERK 適用終了、タイミングを指示して下さい。ヨキヒト、新 PERK を発動します'
り
了解、指示を待て。海原は言葉を出す事なくマルスへと頭の中で語りかける。
輝く帳の中、匍匐前進で海原は進み始めた。
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