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狂人の晩餐、あるいは極普通の極限状況にある人間達の晩餐

 

「く、グウ、グゥッ! バカな、そんな、こんなサルドモに一族が破れるなど……」


 甘い青き血の匂いが漂う空間、物言わぬ狼の化け物の死骸だらけの中で、唯一、まだ動いている個体がいた。


 ウェンフィルバーナを突き飛ばし、その約束を踏みにじったリーダー格の個体だ。彼だけは田井中のホット・アイアンズにより生きたまま横倒しにされ、押さえつけられていた。


「おう、おう、おう。どうした、クソワンコ。そんなに騒ぐなよ、保健所に入れられるぞ」


 海原が最後に仕留めた死骸の皮を剥ぎながら、もがく化け物に向けて話しかけた。


「キッ、キサマ!! オイ、サル!! キサマ何をしているっ?!」


 じょぎ、じょぎ、じょぎ。


 事切れた一頭の皮を素手で剥ぐ海原に向けて、狼の化け物が吠えた。


「あ? いや、普通に小腹が空いたからよ。お前ら、生き物としては最低だけど食料としては最高だぜ? 美味しく食べるから安心しろって」


「は………は? ナニヲ……?」


 訳の分からないモノを見たように狼の化け物はその瞳を丸く大きく、見開き海原の行動を見つめていた。


「あー、疲れた。うっわ、オッサン、アンタマジか? えげつないことするなあ」


 黙々と皮を剥いで、狼の化け物を解体する海原に向けて、田井中がドン引きながら話しかけた。


「ばっか。田井中、こういうのはさっさとしねえと味が落ちるんだよ。殺したらなるべく食う。食うんなら、なるべく美味しく頂く!供養だ、供養、頂きます、てめえの生命を、てな」


「いや、答えになってねえし。つーか、オッサン、こいつだけなんで生かしたんだ?」


 ホット・アイアンズによって作られた光り輝く巨大な刺又から脱出しようともがく狼の化け物を指差して田井中が呟いた。


「あー、それな。ソイツ、ペラペラとよく喋るからよ。ウェンを連れ去った場所とか、なんやらかんやら聞き出そうと思ってな」


「サルが!! キサマラに話すコトナドアルモノカ!! この忌々しい拘束をとけ!」


 よだれを散らしながら横倒しになった個体が叫ぶ。田井中は小さくため息をつき、海原はそれをまったく無視して皮剥ぎを続けた。


「チッ、やはりウェンフィルバーナは連れ去れられたか。すぐに行こうぜ、オッサン」


「まあ、待てよ。田井中、確かに急いだ方が良さそうだが、急ぐと焦るは違うぜ。まずは腹ごしらえだ。お前、けっこー限界だろ?」



「おっほー。見ろ、田井中、てらってら。この腿肉がマジで美味えんだわ」


 桃色の肉をむき出しにした腿をぶらぶらと掲げながら海原がよだれを飲み込んだ。


 'ポジティブ ヨキヒト、解体が上手になりましたね。今回は火を入れてみてはいかがですか?'


「おっ、いいねー。つーか、アレ塩とか醤油とか欲しくなってきた、田井中、ウロに隠してある火石取ってきてくれよ、バーベキューしようぜ、バーベキュー」


 じゃぶじゃぶと、泉でその青き血に染まった手を洗い流す海原。


 水中に溶けるように青い血が糸のようになりながら揺蕩う。


 田井中はなんだかんだ、お腹が空いていたのだろつ。せっせと火石を積んで言われた通り焚き火の準備を始めていた。


 ぱち、ぱち。と焚き火が熾る。海原は切り分けた部位をダイナミックに火にかざした。




 ……

 …

 呑気な会話を人間達が続ける。辺りは死骸だらけ。頭を落とされた死骸、破裂してバラバラになった死骸、串刺しになった死骸。


 死屍累々の絵図の中、人間は笑って食事の準備を進める。


 その光景を目の当たりにした狼の化け物は次第に、その身体に寒気を感じ始めた。


 初めは本能的に、目の前の猿どもは自らの餌でしかないと感じていた。だから、約束を破り、襲い掛かったのだ。


 強きものは弱きものから全てを奪いとっても良い。それがルール。


 だから奴ら、猿などと交わした約束など、簡単に破れる。手慰みに殺して、食らおう。泣き叫びながらもがく獲物の四肢をもいで遊ぼう。


 そう思っていた。


 なのに、この光景はなんだ?


 同胞は死に、あっという間に肉に姿を変えていた。


 彼ら、狼の化け物達は肝心な事を忘れていた。


 弱肉強食のルールは自らにも当てはまる事を。


 なんのことはない。かれらのほうが弱かった。


 ただ、それだけの事だった。そして、その寒気はさらに大きくなる。毛皮に包まれたその身体が凍りつくような寒気。


 似ている。あの猿、いや、人間の雰囲気が似ているのだ。


 得体の知れない、気味の悪さ。


 王や、一族を襲った大敵。


 虫の化け物とあの人間が被って見えていたーー



 ……

 …


「あ、やべえ。これも美味え。つーかオッサン、もう地上に戻ったら缶詰とか探すよか、怪物狩って食うほうがよくね?」


「あー、それは俺も思ってんだけどなー。人数がなー、全員に行き渡らねーかもしれねえだろ? そうなるとまた揉める気がすんだよなー」


 大きな腿肉を田井中と海原は分け合いながら頬張る。ケバブのように焼けた部分から、田井中が造ったナイフで削ぎ切って、口に運ぶ。


 果実のような肉汁と、塩気がもともと効いている肉質がこの上なく、合う。


「体育館組の連中か。……無駄飯食らいどもと思っていたが、なんだろうな。今はなんとなくあいつらも守ってやりてえ気がするよ、俺は」


 田井中が肉を飲み込んで、ぼんやりと話す。


 海原はそんな田井中を見て、腿肉から肉を薄くそぎ切り、器に乗せた。


「そうだな、俺も連中の事を多分心の底では見下してたんだと思う。臆病者の役立たずてな。死にかけてから思ったけど、もっと連中と話をしてみればよかったと思うよ」


 パリッ。海原がマンガ肉のようになっている腿にかぶりつく。膝の辺りの軟骨を噛み砕いた。


「うめ。軟骨の唐揚げとかしてえなあ。まあ後、あれだ、アレ。ここの化け物どもは大丈夫だと思うがよ、ほら、地上の化け物は大体……、そのなんだ。人間喰ってるだろ?」


 海原が若干声を潜めながら田井中へ向けて語りかける。肉を手放すことはない。


「ああー……、確かに。気分的にそれは、どうなんだ…… なあ、オッサン。人間を喰った化け物を喰ったらよ、それはつまり、アレか?」


「うーん。まあ、滑り込みセーフのような、ギリギリアウトなような……。その時のテンションだろうなあ」


 むしり。2人は肉を嚙み潰しながら語り合う。パチパチと焚き火が弾ける音、肉を咀嚼する音に混じって、生け捕りにした狼の唸りが響いた。


「んーむ。にしてもやり過ぎたな。これは流石に全部食えねえ。死骸の処理どうしよ」


 'ポジティブ 田井中のホット・アイアンズで一気に遠くへ押し流すのはいかがでしょうか? 一部は砂にまぶして干し肉にすることも可能です'


「ほー、なるほど。田井中、死骸の処理とか任せていいか?」


「ん、ああ。適当に1箇所に集めてどっか捨てとくか。つーか、オッサンが倒したヤツらはほとんど食えねえな」


 田井中がバラバラに破裂した死骸や、全てを吸い尽くされてシオシオに干からびた死骸を眺めて呟いた。


「あー、確かに。アレだな。食料調達の為の狩りと、戦闘でPERKを使い分けたほうが良さそうだな。勉強、勉強」


 肉を平らげた海原は、ペットボトルに組んだ透明な水をラッパ飲みで飲み干す。ごっ、ごっ、ごっ。唇の端から水が溢れるのも気にせずに肉を水で流し込んだ。


「あー、美味しかった。ご馳走様! 田井中ー、残りは食ってくれ。俺は少し、アイツとお話しをしてくる」


「おう、分かった。全部貰うぜ。腹が減ってしかたねーんだよなぁ」


 ガツガツと残りの肉にかぶりつく田井中に笑いかけて海原は焚き火の前から立ち上がった。


 首のない死骸を踏み越え、ペラペラになった死骸を蹴飛ばして、ソイツに近づく。


「っ、グオオオ! ヨルなぁ! 汚らわしいサルが! よくも、よくも我の同胞ヲ!!」


 牙をむき出しにして、唯一生き残った狼の化け物が叫ぶ。巨大な刺又で地面に完璧に押し付けられ、もがき続ける。


 海原はそのよだれを撒き散らしながら叫ぶ狼を見下ろしていた。


「……思ったより元気だな。化け物。いくつかお前に聞きたいことがある」


「ハッ、テイゾクなサルが! ワレと同等かのような口を聞くナァ!」


 言葉は通じても話は通じないらしい。海原は軽く目を瞑り、息を吐いた。


 コイツを見ているとあの時の、喰われかけた恐怖を思い出す。


 良い機会だ。


 恐怖は、ここで滅ぼす。


「……なぜ、ウェンとの約束を破った? アイツはお前と約束した上で着いて行く事を決めたはずだが?」


 低い声が喉を通る。


「ハッハハ! キサマ、バカか? イイや、馬鹿だろう! ワレラがキサマらのようなサルどもと約束? カタハラ痛いわ! するわけがなかろうが!」


 狼の化け物は興奮したかのように叫ぶ。もがき過ぎて、刺又で抑えられている胴体部分からは青い血が滲み始めていた。


「ツヨキモノは、弱きものから全てを奪うコトが出来る!! ワレラはそのルールに従ったマデ!! キサマら弱き存在との約束など! マモルワケガなかろうが!」


「……なるほど、言いたい事は分かった。じゃあつぎの質問。大敵……、お前らの言う大敵について聞きたい。それはどんな存在だ?」


 海原は顔色を変えずに質問を続ける。ぬるい風が辺りを巻くように吹き続ける。


「ククク、キサマゴトキ猿と、話す事ナドあろうか! すでにハコニワのミコはワレラのモノ! 王が、その血を手に入れれば、その胎を手に入れば全てーー、ッ?! ギャァ?!!」


 狼の化け物の言葉が悲鳴に入れ替わる。


 海原が唐突に、その化け物の後ろ足側に移動して、むしりとその尻尾をちぎり取ったからだ。


「っギャアアアアア?! キ、キキキキサマァァァァ! ナニヲ!」


「時間がない。次から俺の質問に答えなかった場合、その尻尾の傷跡から皮を少しづつ剥いで行く。答えろ、化け物」


「っコロシテやる!! コロシテヤルゾ! サル、キサマっーー、アアアア?! イタァアアアア!」


 ベリッ!


 海原は間髪入れずに狼の化け物の尻の毛皮を乱雑に、中途半端に剥いだ。


 ベロベロにめくれた毛皮の中から青い血がダラダラと溢れる。


「強者は弱者から全てを奪える。なるほど、弱肉強食のルールというやつか。ここはお前達の世界だ。俺もお前たちのルールに従おう、質問に、強者の質問に答えろ。弱者」


 痛みにおののく化け物へ向けて、海原が淡々と話す。


 余裕はない。海原は焦るのではなく急いで化け物の処理を進めていた。


 海原は恐怖を、狂気によって乗り越える。


 例えそれが、倫理に反する行為だとしても、海原はそれを行う。


 世界は終わったのだ。まともな人間など、もうどこにもいない。


 まとも、という概念すら捻じ曲がる世界に、海原は生きていた。


 彼の外付け管制システムでもあるマルスは何も言わない。海原の尋問は続く。


読んで頂きありがとうございます!


宜しければ是非ブクマして続きをご覧下さい!

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