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ながれた風



「キミ、このショーユの匂い、それに黒い髪に、栗色の瞳。ニホン人……、ニホン人じゃないのか?」


目の前のエルフ面が声を紡ぐ。大きく開いた瞳、奇妙な光彩をしたそれは宇宙のように輝いている。


海原はその光の中に喜色を見つけた。


「ニホン人?あ、ああ、たしかに俺は日本人だが…… ていうかアンタこそ……」


「ああ、やっぱり! 彼と同じニホン人か! は、はは。これは驚いた。風を救ったのはまたしてもニホン人とは……」


ぱあとその表情が明るくなる。口元を覆いしなやかな肢体を折りながら目の前の人物は笑い始めた。



「ははは、ははははは。なんという、なんという事だろうか。風はここでもニホン人と出会うとは…… キミ達と風は不思議な風で結ばれているようだ。ああ、とても懐かしい」


瞳が切れ長に歪む。星々を閉じ込めたかのような人間離れした美しさの光彩に凡庸な海原の顔が映り込んでいた。


「あ、あー。そうか、見たところアンタこそ怪我はなさそうだな? つーか俺もびっくりだ。まさか人間がいるとは思わなかった」


「ククク、人間か。キミもそうなんだね。彼と同じで風を人間と呼んでくれるのか。ああ、ありがとう、キミのおかげで怪我はないよ。きっとキミが助けてくれなければ殺されていただろうね」


肩をすくめながらその人物が小さくため息をつく。キザな仕草が異様に似合う。


「間に合ってよかった、立てるか?」


海原は腰をついたままの人物へ向けて手を差し伸べる。もちろん、 PERKは既に解除している。


腰をぺたりと下ろしていた人物は弓を背中のホルダーのようなものへ引っ掛けると、海原の手を取る。


「ああ、ありがとう。よっーー」


軽い。海原はその人物を引き上げた瞬間、その以上な軽さに驚いた。声をかけようとして、またその人物も驚いたように目を開いて海原を覗いていた事に気づく。


「キミ……、ああ、なるほど。そういう事か。……マルスは今、キミと共に在るのだね」


「……なんだと?」


'……ヨキヒト、距離を取って'


海原は一気に警戒を顔に表す。マルスも同じのようだ。ふとまろび出るように現れ海原へ指示を出す。


海原はその掴んだ手を払う。簡単に振りほどく。



「ああ、マルス。そんなに警戒しないでくれよ。キミの事は良く知っている。アリサからよおく聴いているとも」


海原は息を呑んだ。無意識に右手にのみ意識を集中させる。


「 PERK ON……」


身体を半身に構える、硬化した右手を前に突き出す。


「あ、ちょ、チョチョ、待っておくれ! 違う、違う、風はキミ達の敵ではないよ! すまない、黒幕っぽく見られるのは昔からなんだ! ワザとじゃない!」


わたわたとモコモコの服を翻しながらその耳長の人物が焦るように言葉をかけ巡らせる。


海原は半歩下がりながら、マルスへ問うた。


「マルス、どう思う? 知り合いか?」


'ネガティブ ログにはこのような人物は残っていませんーー、しかし、アリサの名前と私のネームを知っているとなると……、ヨキヒト、そのまま警戒を'


小声で交わされる海原とマルスの会話、しかしそこに


「ああ、マルス、キミが風の事を知らないのも無理はない。アリサと共に語り合った3日間の中ではキミは長い眠りについていたからね。こうして話すの始めてだよ」


海原は今度こそ、目を丸くした。真後ろへ跳びのき、右手の銃のジェスチャーをその人物へ向ける。既に装填は完了している。


「どういう事だ、マルス。俺とお前の会話はほかの連中にも聞こえるもんなのか? 俺はてっきりーー」


'ネガティブ いいえ、ヨキヒト。貴方の予想通り、私の言葉は宿主である貴方にしか届きません。脳と連結している事で直接信号を送っているので'


「ああ、そうだね。アリサもそう言っていたよ。誰も知らない人から見ると自分だけが独り言を言っているみたいに見えてしまうと笑っていたかな」


まただ。海原は油断せずに警戒を続ける。左手指の再生も完了した。左手を手刀の形に固める。


「何者だ……? お前、マルスの声が聞こえているのか?」


'バカな…… あり得ません。ヨキヒト、目の前の人物は何かがおかしい。異様です。警戒を続けて'


海原達はその人物を前に判断と行動を決め兼ねていた。ノリと勢いで助けた人物が割と正体不明の怪しいやつだった場合、どうするのが正解なのだろうか。


凡人にも寄生生物兵器にもその答えはない。もともと脅威に対しては攻撃的な海原と、兵器でもあるマルスのコンビはこのサバイバルが始まってからはじめて行動を決め兼ねていた。



怪しきは排除か、それとも推定無罪か。


海原が右手の人差し指をその人物の胴体へ狙いを定めた。



「すまない、少しはしゃぎすぎたようだ。キミ達を害すつもりはないよ」


目の前の人物が唐突に、背中にある弓をポンと目の前に投げ捨てた。


両手をあげて降参のポーズを取る。


「風の衣、風早の加護。今だけは風のもとより去り世界に広がれ。目の前にいるのは風が心を向ける友故に」


ポツポツと呟かれた言葉、瞬間、目の前の人物の衣服がまるで風に溶けるかのように消えた。


「は?」


'な……'



裸。


すっぽんぽん。



海原の前に一糸纏わぬ裸体がある。白い、輝く砂原にも劣らぬそれ自体が輝いているかのような裸体。


自己主張し過ぎないわずかに膨らんだ胸に、キュッとくびれた腰。足は長く細い。その、身体に染みなどはまったく見えない。



世に残っている美を司る芸術品は全てこの目の前の裸体を元に造られたのではないかと海原は感じた。



耳長は少し恥ずかしそうに口をもごもごさせた後、にこりと笑う。



「自己紹介が遅れたね。風の名前はウェンフィルバーナ。ウェンと呼んでくれたら嬉しい。風の部族、トゥスクの巫女で今や只の旅人。そして、この箱庭の管理人の1人。改めて、風を助けてくれてありがとう、キミの名前はなんて言うんだい?」


裸の人物、ウェンと名乗るファンタジーの生き物、エルフのような女は身体を赤くしながら海原に笑いかけた。



「……マルス、全PERK解除。多分、大丈夫だ」


'ネガティブ 色香に惑わされないで、ヨキヒト。未確認の怪物種の可能性も'


「マルス、解除を」


頭の中にて異をとなえるマルスを海原は制する。マルスはそれ以上なにも言わずに海原の進化を取りやめた。


' ……ポジティブ PERK 全解除、ヨキヒト。どう言うつもりですか?'


「……マルス、彼女をよく見てみろ。武器も服も全て捨ててる。丸腰の相手に武器を振り回す事はな、かっこ悪い事なんだよ」


海原は静かに告げる。彼女と同じように両手を挙げて声を紡ぐ。


海原は法のない世界において自らが定めた己の倫理に従い、全ての武装を解く。


「……俺の名前は海原 善人。……変わった連中はみんなヨキヒトって俺のことを呼ぶ。こちらこそ、あんたの弓矢に救われた。……話が聞きたい。まずは、そうだな、服を着てくれ」


「ヨキヒト、ヨキヒト…… ありがとう、ヨキヒト君。くく、助かるよ。意外と、そうだね、男性に裸を見せるのは風も恥ずかしい……」


たははと笑いながらウェンが頭を掻いた。


「必要以上にびびって申し訳ない。俺も相棒も用心深くてな。後ろを向いてるから、その服を着てくれ」



「ああ、大丈夫。すぐに戻ってくるからね。風の衣、風早の加護を、廻り廻りて戻り来よ。再び風と、世界を巡ろう」


歌うように紡がれるその言葉、風に巻かれるように虚空からあのモコモコの衣服がウェンの身体を覆う。


魔法のような光景を目にした海原が呟いた。



「まーた、デタラメ」


「くく、指が銃のように飛ぶ人間に言われるも少し笑ってしまいそうになるよ」


ウェンが小さく口元を抑えながら笑う。海原はそれもそうかと小さく呟いた。






読んで頂きありがとうございます!


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