第62話 無機物の感触
私の答えを聞いて、魔女は意外そうな顔をしました。
「……ほう? 何故その結論に至ったのか、興味があるな」
「元はといえば、悪いのは貴方でしょう? その貴方の提案に乗るなんて、絶対に嫌です」
「一時の感情に流されるなど、愚かなことだ」
「彼の能力を受け取る方が愚かです。可愛い妹達をいじめ続ける人生なんて、耐えられません」
「お前がいじめるか、あの男がいじめるかの違いだろう?」
「そうですね。ですが、それは大きな差です」
「妹をいじめるのが嫌ならば、他の人間をいじめれば良いだろう」
「……本気で仰っていますか? そのようなこと、私にできるはずがありません」
「手段を選んでいる場合なのか?」
「人間には、許されることと、許されないことがございます。一線を越えてしまえば、あの男の同類になってしまいます」
私は、ギリギリのところで踏みとどまりました。
そんな私のことを、魔女は鼻で笑いました。
「だが、お前は、私の話を聞いてしまった」
突然、魔女は、こちらを脅すような口調になりました。
私は、何かをされるのではないかと思って身構えます。
しかし、魔女は勝ち誇ったように言うだけでした。
「何故、私が『後悔する』と言ったのか教えてやろう。あの男は、自分の魔力の源が『苦しみ』であることを知っている者の苦しみを、魔力に変換することができないからだ」
「……!」
私は、魔女の話を聞いたことを後悔しました。
これで、あの男は、私を苦しめることよって、魔力を補うことができなくなったからです。
「分かっただろう? お前は、既に選択肢を失っている。目の前で、あの男が妹達に惨たらしい虐待を加えている様子を、傍観するつもりか?」
「……7人もの少女が一緒に旅をしていれば、苦痛を感じる状況は多くあります。それだけでも、充分である可能性もあるでしょう?」
「甘いな。あの男は、マニに食われた魂の代わりに、新たな魂を生み出しているが、あの魔法は莫大な魔力を消費する。自然に生じる苦痛だけでは、到底足りる量ではない。お前を使って補えなければ、少女達を虐待する以外に方法はないだろう」
「……私は、彼の言動を抑制するようにしてきました。それをやめたら、得られる魔力の量は増えるはずです」
「だが、虐待がエスカレートすれば、お前はいずれ耐えられなくなる」
「……」
「この際だ。私がお前の前に現れた、本当の理由を教えてやろう」
「本当の理由……?」
「それは、あの男の魔力の残量が乏しくなったからだ」
「……!」
「本人だけではない。少女達の魔力の残量も乏しくなっている。少女達は、魔力を自分で生み出すことができない。あの男から受け取るだけだ」
「まさか……少女達も、魔力が尽きると死んでしまうのですか!?」
「そのとおりだ」
「……!」
「だからこそ、魔力を充分に蓄えておく必要がある。だが、あの男は、適切な段階で欲望を抑制することができなかった。この後で、皆を苦しめることによって、魔力を補充しようとするだろう。そうなれば、お前はあの男を殺してしまうに違いない。私は、それは惜しいと考えた」
「……」
何という、身勝手な話でしょう!
あの男を選んだのは、この魔女だというのに……。
「私は、貴方を助ける気はありません」
「では、妹達を見捨てるのか?」
「そのようなことは、絶対にしません。私は、私のやり方で、妹達を助けてみせます」
「そうか。ならば、気が変わった時のために、あの男の能力を奪い取るための言葉を教えてやろう」
「……私の話を、聞いていらっしゃらなかったのですか?」
「聞いていた。お前は、これからも、あの男と共に旅をするのだろう? ならば、近いうちに、あの男の能力を奪いたくなるはずだ」
「……」
魔女は、嘲笑うように言いました。
まるで、私の意志は弱いのだと馬鹿にされているようで、腹立たしく思いました。
魔女は、あの男の能力を奪うための言葉を口にしました。
その言葉が、まるで私への嫌がらせのようだったので、私は魔女を睨みました。
「……貴方は、そのような言葉を、私に言わせたいのですか?」
「そうだ。この言葉を口に出す時には、気持ちと言葉が完全に一致するはずだ。丁度良いだろう?」
「……私は、その言葉を、一生口に出しません」
「そうか。決めるのはお前だ。あとは自由にすればいい」
魔女は、そう言い残して、姿を消しました。
試しに、魔女が座っていた場所に触れてみましたが、人が座っていた様子はなく、無機物の冷たさだけを感じます。
まるで、全てが夢だったかのようでした。




