第33話 障害物の消滅
「ドロシー、迂回しろ」
「先生、無理です。あの魔物は、魔法を放つタイプですよ」
「チッ。だったら、お前の魔法で消し去ってしまえ」
「分かりました」
ドロシーは、馬車を停めて御者台から降り、巨大な魔物を見据えました。
魔物は、こちらのことは気にする様子もなく、のんびりと歩いています。
「待って、ドロシー! あの魔物には、こちらを攻撃するつもりがなさそうよ? 気を付けて迂回すれば大丈夫よ!」
私はそう言いましたが、ドロシーは首を振ります。
「駄目ですよ、スピーシャさん。あの魔物が放つ魔法の有効射程距離は、かなりのものです。安全に迂回しようとすれば、かなりの時間が必要です」
「でも、むやみに生き物を殺すのは良くないわ! それに、短期間に何度も戦えないことは、貴方だって同じでしょう?」
「そうですが……」
「何を話し込んでいるんだ? 俺がやれと言ったんだ!」
彼は、苛立った様子で言いました。
自分の命令がすぐに実行されなかったことが、気に入らないようです。
「はい! すいません、先生!」
そう言って、ドロシーは両手を伸ばし、魔物に向けます。
彼女の両手から、黒い霧のようなものが放たれました。
ドロシーが放った霧は、地平線まで伸びて行き、全てを覆い尽くします。
その霧が、地面に流れ落ちるように吸い込まれると、霧が広がっていた場所には、何も残っていませんでした。
まるで、全てを洗い流したかのような、不自然に平たい地面。
それが、目の前に広がっています。
草木が残っていないことは、レミの魔法の時も同じでした。
しかし、音も爆風も発生させず、ただ全てを消し去ってしまったことには、呆気に取られるしかありません。
「よくやった。いつ見ても、美しい魔法だ」
「ありがとうございます」
褒められたドロシーは、彼に頭を下げました。
少し遅れて、私の身体は自然と震えはじめます。
自分の肩を抱くようにしましたが、震えは止まりませんでした。
あの魔物の巨体が、音もなく、跡形も残さずに……消えてしまったのです。
こんな魔法は見たことがありません。
他の少女達が使っている魔法は、効力や破壊力が桁違いであるものの、同じようなものを使うことができる人間はいます。
しかし、先ほどのドロシーの魔法は、他の人間には再現することができないでしょう。
「……御主人様。ドロシーの魔法も、御主人様が与えたものなのですか?」
私は、恐る恐る尋ねました。
「当然だろう? この魔法だけは、俺が自分で考えた魔法だ」
「えっ……?」
「死体も残したくない相手を始末するなら、こういう魔法があった方が便利だからな」
「……!」
彼の、あまりにも恐ろしい言葉を聞いて、私の全身は大きく震えました。
人を殺しても、何の痕跡も残さない。
魔法を使ったことすら、見ていない者に気付かれることがない。
まさに、悪魔のような魔法だと言えるでしょう。
彼は、それを意図的に生み出したのです。
「……御主人様。ドロシーは、この魔法を、人間に……」
その先は、あまりにも恐ろしかったので、言葉になりませんでした。
「使ったことがある。当たり前だろう?」
彼は、私のことを馬鹿にした様子で言いました。
気が遠くなるような感覚に襲われます。
私は、よろめいてしまいました。
「ねえさま、大丈夫?」
マリーが、心配そうに尋ねてきます。
「……大丈夫よ。大丈夫だから……」
私は、マリーを抱き寄せて、もっぱら自分を落ち着かせるために言いました。
「何だ、今さら? こいつらには、人を殺した経験ぐらい、あるに決まっているだろう? それがないのは、防御魔法しか使えないセーラだけだ」
彼は、呆れた様子で言いました。
どうやら、私が何にショックを受けたのか、理解できないようです。
存在ごと消されてしまった、ドロシーに殺された人物。
その力を意図的に生み出し、人に対して使うことを命じた彼。
私には、全てが恐ろしいことだと思えました。
ドロシーは、御者台に戻り、馬車を走らせます。
「やはり、この状態の道は快適だな」
彼は、満足そうに呟きました。
どうやら、乗り心地の良い馬車に乗ることは、彼がドロシーに魔法を使わせた理由の1つであるようです。
ドロシーがあらゆる障害物を除去した地面は、馬車を走らせるには素晴らしい状態でした。
せっかくなら、彼女達の全員に、快適に暮らすための能力を与えてあげればよかったのに……。
彼女達の強大な力を、破壊や殺戮に利用しないでほしい。
私は、心からそう思いました。




