今日はきっと、こういう日
彼女は突然の雷雨に、自転車のペダルをこぐ力を込めた。
前が見えなくなるほどの豪雨で、空と地面の境目が溶けたみたいだった。雨粒が顔に叩きつけられ、息をするたびに水の匂いが肺に入り込む。
鞄は、いつも持ち歩いているゴミ袋で覆った。用心深い自分を少しだけ誇らしく思ったけれど、そんな工夫も焼け石に水だった。制服はすっかり水を吸い込み、気づけば下着までずぶ濡れだ。
「はー……雨宿りの場所まで、間に合わなかった」
独り言が雨音に消える。
彼女は睫毛から滴る水を腕で拭った。その仕草は少し乱暴で、少し投げやりだった。
思い返せば、今日は朝からついていなかった。
ホームルームで名前を呼ばれた時、返事が小さいと注意され、提出した課題は「ここ、雑」と赤ペンで突き返された。昼休みには、仲がいいと思っていた子たちが、自分抜きで笑っているのを見てしまった。放課後、勇気を出して声をかけたら、忙しいからと軽く流されて、それ以上踏み込めなかった。
胸の奥に、小さな石がいくつも積み重なっていくみたいだった。
それでも彼女は、ふっと息を吐いた。
「まあ、仕方ないか」
靴の中はぐちゃぐちゃで、踏み込むたびに気持ち悪い音がする。髪は濡れ鼠で、きっと鏡を見たらひどい顔をしているだろう。それなのに、なぜか笑みがこぼれた。
「たまには、濡れるのもいいんじゃない?」
誰に言うでもなく、そう呟く。
完璧な日なんて、そうそうない。嫌なことが重なる日は、理由もなく続く。だったら今日は、そういう日だったと認めてしまえばいい。
「今日は、濡れる日だったのさ」
そう思えた瞬間、胸の重さが少しだけ軽くなった。
困難は消えない。でも、笑えば、前に進む力は残る。
彼女はペダルを踏み続ける。
雨の中を、顔を上げて。
明日がどうなるかは分からないけれど、今日を越えた自分は、きっと少しだけ強い。
雷鳴の向こうで、彼女は静かに、確かに笑っていた。




