83.ノエルのもとへ
「セイン! 待たせたわね……!」
「王妃様、おかえりなさいませ」
ジェイドと共に、宮の出口に行けば。
セインがそこで待っていた。
セインを見ると、ようやっと自分の空間に戻ってきたような安心感を覚える。
(け、けして、ジェイドが嫌だとか……そういうことじゃないけれど……ふとした拍子に変な動悸が起きるから……)
ジェイドといると――家族としての頼りがいのある姿の他にも……。
先ほどのこともしかり、鼓動が変な音を刻んでしまうので身構えてしまうことも度々あるのだ。
ゆえにセインを見ると、我が家に帰ってきたような……不思議な安心感を持つ。
「で、では……その……ジェイド、送ってくれてありがとう」
「ああ……ノエルと話せるといいな」
私はジェイドに挨拶をしようと、振り向けば。
片手に子犬を抱く、ジェイドが――じっとこちらを見ていた。
「あ! それと、あなたのおかげで、ダンスがすごくできるようになったわ……! あらためて、ありがとう」
「かまわない」
「わんっ!」
「ふふ、子犬ちゃんも元気づけてくれてありがとうね」
「わふっ!」
ジェイドと話していれば、得意げに子犬が鳴いたので――ふわふわとした白い頭の毛を、優しく撫でて……そう話しかけると、「えっへん!」とでも言いたげな声を出していた。
そんな子犬に、思わず笑みを浮かべていれば。
「……まったく、お前は本当に犬だな」
「わう?」
「はぁ……」
ジェイドが呆れた声を出していた。
そして彼は、ゆっくりと私の方へ一歩近づき。
――ぎゅっ。
片手で私の手を握ったかと思えば。
「もう、冷たくないな?」
「……! え、あ、そ、そうね! ジェイドのおかげだわ、ありがとう」
「まだ冷たかったら、引き返せたのに、な」
「え?」
私がお礼を言った後、小さい声でジェイドが何かを話していたような気がしたが、聞き漏れてしまい――今一度聞き返せば。
「ふ、気にしないでいい」
「? え、ええ……?」
「では――またな」
そう言ったジェイドは――いつの間にか別れの挨拶として定着した……手の甲にキスを落として、そう言葉を紡いだ。
その仕草を見た私は、変な動悸が起きてしまうが――。
(お、落ち着くのよ、私……!)
理性と冷静さを総動員して、なんとか変な挙動をしてしまうのをぐっと耐えた。
「で、デハ……また……!」
少し声が裏返りながらも、ジェイドにそう言葉を返して――私はセインと共に、ジェイドの宮から離れていく。
廊下を少し歩いていたころ。
セインがおずおずと、私に声をかけてきて。
「お部屋まで、ご案内致しますね」
「あ! いえ、戻るのは部屋ではなく……」
「?」
「ノエルの部屋まで、案内してほしいわ」
「! 殿下のお部屋ですね」
「ええ、先ほどジェイドとも話したけれど――会えないからと言って諦めるのではなくて……会って話すことも重要だと、そう思ったの」
私がそうセインに話せば。
彼は、その言葉を聞いてどこか嬉しそうな顔をして。
「はい、分かりました。それでは殿下のお部屋の方へ案内いたしますね」
「ええ、頼むわ」
「あ、それと……王妃様」
「?」
セインがノエルの部屋まで案内するために、歩く方向を変えた時。
私に不安げな声で、話しかけてきて。
「先ほど陛下の腕に……空に、話しかけていたのは……」
「くう?」
「い、いえ……! 何も問題ありません……!」
「え……? 何か気になるのなら、言ってもらっても……」
「私の目の錯覚だっただけですので、王妃様はお気になさらないでください」
「え? ええ……?」
セインは何かを振り切るように、首をぶんぶんと振ってから私を案内することに集中したらしく――前に向き直っていた。
この時の私は知らなかったのだが――どうやら妖精は、戦闘など相手に姿を見せようとしなければ、見えないことがあり……力のある妖精ほど、簡単には姿を現さないそうだった。
そのため、ジェイドの腕に抱かれていた子犬に話しかけていた時……私にはばっちりと可愛い子犬が見えていたのだが。
セインには全く何も見えていなかったため、虚空に笑顔で話しかけるヤバい私が見えていた……ということに、この時の私は知る由もなかった。
■ノエル視点■
「殿下……明日も……その……」
「ああ、問題ない」
「……はい」
僕は自室で、セスから「お母様が僕に会いたがっている旨」の連絡を聞いていた。しかし、ここ最近セスに命じているのは――「お母様の誘いには、行かない旨で通すこと」だった。
僕の返事を聞いたセスは、暗い顔をしながら――気落ちした様子だ。
(僕だって……本当はお母様に会いたい……! けれど……)
お母様に会えない理由――それは。
「う……っ」
「殿下……!」
「大丈夫、だいじょうぶ、だ」
僕は突然発生した胸の痛みに――思わず手で押さえた。
「おばあ様の言葉の通りなら……この痛みを乗り越えれば、さらに強くなれる」
「……っ」
「だが……平静を装うのが難しいのが……ネック、だな」
気づけば、冷や汗もかいていたようで――セスが心配そうに、ハンカチを手渡してくる。
そのハンカチを受け取る間際に、服の裾からチラッと見えた――僕の腕には。
(黒い痣……これが、おばあ様は――良き兆しだと言うが……)
禍々しい黒い文様が、腕に浮かんでいた。
この模様と、先ほどの急に来る体調不良のため、お母様に見せる顔がなく――会えなかったのだ。
(授業の間だけは、どうにか……しのげるが……それ以上が難しいのは、僕がまだ軟弱だからだろうか……)
おばあ様と久しぶりに会った日、僕はおばあ様に「王族として、強くなりたい」と伝えた。
すると、おばあ様は親身になって話を聞いてくれて――とある方法を教えてくれた。
「殿下、今日も――あの薬をお飲みになるのですか……?」
「ああ、もちろんだ」
「ですが、あれをお飲みになるのは……」
「問題な、い……」
そう、おばあ様から教えてもらった方法は――妖精の力を高めるために。
自分に負荷をかける薬を飲むことだった。
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