75.関係
(忘れていたわけではなかったけれど、最近の問題のことで、頭がいっぱいだったから……それで……)
なぜだか、私は心の中で自分に言い訳をしていた。
別に彼と――スキンシップが嫌だというわけではない。だって、私がさすることで彼の体調が治るのなら……とても嬉しいことだから。
しかし――この提案を受けた際に聞いた……。
家族とは別の関係――夫婦として距離感、ということに、慣れない感覚……とりわけ、緊張感が走ってしまうのだ。
(だ、だって、最近、ジェイドとは触れる機会があったとしても……それはあくまで、挨拶として……だとか……)
自分を落ち着かせるために、そう心の中で言葉を尽くしていれば。
「どうした? 忘れていたのか?」
「えっ! そ、そんなことは……ない、わ、よ?」
「なら、安心だ」
ジェイドは、私の返事を聞いてから。
試すように、ニヤリとした笑みを向けてきた。
こうした彼の笑みは、心臓に悪く……綺麗な笑みもそうだが、普段見せないからこそ、変な動悸を起こしてしまうというか……。
「では……移動するか」
「移動……?」
「ああ、ここでは撫でにくいだろう?」
「っ!」
彼の言葉すらも心臓に悪くなる。
(いえ! これはあくまで、応急手当よ……そう、必要な人命救助のような……)
そう心の中で唱えて、私は冷静さを取り戻そうとした。
(でも確かに……ここは、踊るのには最適だけれど、ジェイドの背中を撫でるために、座ることなんてできないものね……)
踊ったのちに、ずっと立ちっぱなしもキツイだろう。彼には丁寧に教えてもらった恩もあり、なるたけジェイドが楽に過ごせることがいいはずだ。
「ほら、行くぞ」
「え、ええ……!」
ジェイドに手を差し伸べられて、私は反射のように彼の手をとりエスコートを受けた。
これは、彼の苦しみを和らげるためのーー下心なんてない、清らかな行動なのだと、そう自分に言い聞かせて……。
この時の私は、目の前の行動に気を取られていて、気づかなかったのだが。
よくよく考えたら、後日時間を見合わせて――庭園で座りながら、彼の背中をさすることもできたのでは……と。
そう思ったのは、彼に連れてきてもらった後の……後日だったので。
この時は全く気づかなかったのであった。
◆◇◆
ジェイドの案内のもと。
連れて来られたのは――彼の寝室だった。
慣れたように彼は、部屋の中へ入っていく。
(レイラ用の部屋があるのだから、確かに……彼個人の部屋もあるわよね……?)
普段は、目にすることのない彼の部屋の内装をしげしげと見ていれば。
「ふっ……そんなに珍しいか?」
「え……あ……!」
「結婚当初は、この部屋を見ていたはずだがな」
「! え、それは……」
初めて聞いたことに、私がそう答えれば。
「まぁ……もう、何年も前だから覚えていないのかもしれないが……お前から、言ったんだぞ?」
「?」
「こんな部屋で、俺とずっと過ごすのは嫌だ。他の部屋を用意しろ……と」
「!?」
彼の予想外の返事に、私は固まってしまった。
お読みくださりありがとうございます!
⭐︎の評価を下さると、励みになります。
よろしくお願いします!




