150.これから
「氷が……一瞬にして……」
あんなに分厚かった氷の層が、ジェイドの指が鳴った瞬間――。
あっという間に……まるで雪の結晶のごとく消えていった。
そしてみるみるうちに、周囲は、舞踏会の会場のフロアの景色になっていて。
「お……お母様―――っ!」
「ノエル!?」
大好きなノエルの声が聞こえて――ジェイドに支えられながら、声の方向を見れば……ノエルが驚いた表情でこちらを見ていること。
そしてノエルの周囲にいる……レイヴンにセス……そしてセインまでもが目を見開いている様子だった。
しかしはそれは一瞬のことで。
すぐに状況を把握したノエルたちが……私が駆け寄るよりも早く――こちらへ走ってきたのだ。
「お父様っ、お母様……っ!」
大声で走って来たノエルは、私とジェイドのもとへ辿り着き。
ぎゅっと――抱きしめてくれた。
ノエルの両腕が私とジェイドを巻き込む形で、三人の距離が近くなる。
「お母様がお父様と一緒に……一緒に戻って来てくださって、僕……っ」
「……うん。待っていてくれて……それに妖精の力で協力をしてくれて……ありがとう、ノエル」
「……っ! いいえ! 僕は、僕がやれる限界だっただけで……でも本当に、本当にっ……良かったですっ!」
ノエルは目元を真っ赤にしながら、私とジェイドの顔を見て本当に嬉しそうに笑った。
そんなノエルを見たジェイドは――。
「ノエル……負担をかけさせて、悪かった。本当にすまない」
「! お父様……」
ジェイドが真っすぐに謝罪を、ノエルにすれば……ノエルは少し目を見開いたのち。
「もう絶対に……お母様のことを僕に任せるなんて、言わないでください! 僕はお父様を超える国王になるって決めているのに……その前に退陣するなんて……認められないんですから……っ」
「ああ……そうだな。これからは、決してしない」
ノエルが感極まったように言った言葉を受けて、ジェイドは嬉しそうにほほ笑んだ。そしてノエルの頭を――彼が優しく撫でた。ジェイドに頭を撫でられたノエルは、一瞬身体を固くしたものの――耳を赤くしながら、決して嫌がることはしなかった。
(二人の仲がより深まったようで、嬉しいわ……)
ジェイドとノエルが……父と子として仲良くなっている様子に、嬉しい気持ちが生まれる。どうやら、ノエルの執事のセスも同じ気持ちのようでハンカチを手にして……「殿下……よかったですね……っ」と感動しているようだった。
そしてセスの隣に居るセインは――私と目が合い……ほほ笑んだのち。
こちらへゆっくりと近づいてきて。
「無事にご帰還くださいまして、嬉しく思います」
「……セイン、ありがとう」
「これからも――王妃様の専属騎士として、忠義を全う致します」
そう言って、彼はその場で跪いて――彼の気持ちを表してくれた。
「そ、そんなに堅くなくてもいいのよ? セイン」
「いいえ、私が……したくてしていることですから」
「そ、そうなの……?」
セインからそう言われてしまっては――そんな彼の気持ちを無下にするのも憚られて。
私はセインの気持ちをありがたく……受け取ることにした。
そんな中――。
「本当に……まったく――アタシの幼馴染様は、本当に困ったものよねっ!」
「レイヴン……」
どこかムクれた様子のレイヴン卿がこちらへと、近づいてくる。
彼の様子を見るに――ジェイドと面と向かった形がいいと思った私は……。ノエルと共に、ジェイドから距離を取り……二人の様子を窺った。
私の側でレイヴン卿とジェイドの様子を見ているノエルは……。
「僕は幼馴染がいないので、分からないですが……それでも、レイヴン様とお父様の関係は、とても素敵だと思うんです」
「ええ、そうね。なんでも言い合える仲っていうのは大事よね」
ノエルの言葉に私は賛成を表す。
一方で会話にあがったジェイドとレイヴン卿はというと――。
「あの約束を果たせなかったことは……アタシは謝らないわよ!」
「……ああ、問題ない。それよりも……お前に負担ばかりかけて――すまなかった、レイヴン」
「っ!」
「国王としてではなく……幼馴染としても……お前に謝りたい」
「……っ」
「すまなかった……」
ジェイドはレイヴン卿の目を真っすぐと見つめて、そう言った。
するとレイヴン卿は――。
「う……っ。アタシ、ジェイドのことは一発殴らないと気が済まないと……そう思っていたのに……」
「……」
「こんなに潔く言われたら、もうなにも言えないじゃない! もうっ! もうっ!」
レイヴン卿はジェイドの言葉を受けて、どこか拗ねた様子は表しつつも。嬉しそうな気持ちが隠せないようで、口調が明るくなっていた。
「まぁ……無事でいてくれたこと、それだけでよかったわ。それに――きっとレイラ様に、十二分に怒られたのでしょう?」
「ああ、そうだな……レイラを悲しませてしまったことを――後悔している」
「! あなたのそんな顔を見るようになれるなんて……長年の幼馴染でも――新たな発見というのは、あるものね」
「フ……そうか」
レイヴン卿としては、これ以上ジェイドを怒る気はないようで――また二人の仲は気の置けない……親しい相棒のような関係になっていると感じた。
「本当に良かったわ……」
「僕も、そう思います……でもそれもこれも……お母様が頑張ってくださったおかげです」
「えっ! 私だけじゃないわよ? ノエルも、セインもセスも……それにレイヴン卿も――みんなのおかげなんだから」
「! はい……! 皆で掴んだ結果、ですよね」
「ええ、そうよ」
「あ……そういえばお母様は守り手の力で、お父様を助けに行かれたのですよね? お身体は大丈夫ですか?」
「え? 身体……?」
ふと、そういえば――あのトンネルを歩いていく前にレイヴン卿に言われたことを思い出す。
今思えば、命の危機に瀕する可能性もある……ということだったが。
(確かに、水中では――息を止めながらかなり動いたのもあって……途中、すごくきつかったけれど……)
あの時以外に、倒れそうなほどキツイと思うことはなかったような気がする。
だからノエルにも、いかに元気かを伝えようとして――。
「意外と平気だったわよ……! ほら、この通り……ヴッ……!」
ガッツポーズを見せようと思って、勢いよく身体を動かそうとした――その時。
全身がピキッと悲鳴を上げた。
姿勢が保てなくなり、私はへなへなと――床へ座り込む羽目になる。
(こ、これは……全身が悲鳴を上げるこれは……筋肉痛……!?)
全身の痛みに対して――私は足がしびれたり、はじめてダンスをした時に感じた痛みと――よく似た症状を感じた。
(一日中寝ていること以上の……大変なこと……もしかして、この全身筋肉痛こそが……)
「お、お母様……っ!?」
「だ、大丈夫よ。ノエル、これは筋肉つ……」
「お父様っ! お母様が……っ」
「レイラ……!? どうしたんだ、まさか……あの時、守り手の力を使ったせいでか……!?」
私がその場でしゃがみ込んだことにより、事態は大きくなっていく。
しかしこの覚えのある筋肉の痛みは、間違いなく筋肉痛で……。
「待って、ちが……ただの筋肉つ……」
「レイラ様……! 急いで医者を……っ。セインちゃん!」
「ええ! 急いで呼びましょう……!」
「セス! セスも早く! 僕を診てくれている主治医を……!」
「はい! すぐにでも……っ!」
「ま、待っ……」
なんだか嫌な予感がする。
いつぞやの風呂で、足がしびれた時と同じような……この展開は……。
「医者なんて、ふよ……」
医者にみてもらうまでもないと――そう言おうとした私の側にジェイドがやって来る。
そんな彼に私が言葉を言い切ろうとする……その前に、彼が口を開き。
「レイラ――何があろうとも、お前の身体を治そう。高価な薬草でも、必ず手に入れてみせる。すぐに医者に診てもらうから……」
「~~~~~!」
周囲が、私への心配が募りまくった結果なのか……全く私の声が聞こえていないようだった。
「はぁ……もう……」
どこか諦める気持ちで、ため息を吐きながら……私は慌ただしく動く――みんなを見る。
あらためて周囲を見渡せば、最初にレイラへ転生したころと……だいぶん様相が変わった。最初は敵ばかりで……突き刺す視線が多かった。そんな王宮で暮らしていくうちに――たくさんのことが変わった。
周囲の反応、家族関係――そして愛する人。
どうにか上皇后様からの危害をなんとか解消したものの――。
これからはノエルの成長を間近で見守り……それにジェイドには振り回されながら――と、まだまだ王宮内では私の生活は続く。そこまで考えて、私はハッとする。
(こうした習慣がついてしまったら、私が心配されるたびに……まるで重病人のようにお医者へ差し出されるようになるじゃない……!)
全然、諦めている場合じゃないと私はあらためて気づく。
心配を深くしてもらうほど……気にしてもらうのは嬉しいが――このままだと、いつぞやの二の舞となり。
(重症患者だと思ったお医者様に、訝しげに見られて……恥ずかしい思いをすることになるわ……! これが毎回なんて、私のメンタルがへこんでしまう……!)
なんとしてもそのルートが固定化されるのを阻止するべく、私はなけなしの声を張り上げて。
「だ、だからっ! 私は筋肉痛なだけなの――っ!」
高らかにそう……私は言い放つのであった。
◆END◆
お読みくださり、ありがとうございました…!
皆様の感想や反応などのおかげで、最後まで書くことができました…!
改めまして、誠にありがとうございます…!
※ノエルやジェイドと過ごすレイラの後日談を今後、更新出来たら…と思っております…!もし、更新の際などご興味がありましたら、その際は読んでいただけましたら幸いです…!(リアルが立て込んでいるため、更新時期は長い目で見ていただけたら…幸いです…!)




