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149.氷は割れて…



「こ、こほんっ! だ、だから、つまり……ジェイドには自分を大切にしてほしいの……! あなたが、犠牲になることは心が裂かれるくらい、辛いんだから……! そ、そういうこと……!」

「……」


思わず咳払いをして、場を濁してみるものの。

だいぶん私は、決まりが悪くなってしまっていた。


(せっかくいい雰囲気で……引き締まった空気感だったのに……っ)


自分のポンコツ感に、頭がズキズキと痛む。

なんだか、うまくジェイドの顔が見られない。


少し距離をとるべきかと思い――私は、彼の両肩から手をはなそうとしたところ。


その瞬間……ジェイドが素早く、私の両手をぎゅっと掴んだ。


そして私の瞳をまっすぐと見つめながら、口を開いて。


「俺は全く――理解していなかった。まず、ちゃんと謝らせてほしい……レイラ、本当に申し訳なかった」

「……! ジェイド……」

「今後はもう……一人で、犠牲を勝手に決めたりはしない。俺もお前がそうなってしまうのは……とても嫌だからこそ……約束させてほしい」

「うん……ジェイドだけでなく、私も……共に約束したいわ」

「! ああ」


ジェイドは、片手のつなぎを外したのち――いつぞやの約束の切り方を思い出したのか……小指をこちらに向けて来た。そんな彼の行動に、思わず笑みが生まれつつも……私も彼の小指に向けて、自分の小指を出し。


指切りをして――約束を交わした。


そして、私は彼に対して――おもむろに口を開いて。


「今日のこと……とても辛かったけれど――あなたの気持ちが聞けて嬉しかったわ。それに謝罪をしてくれてありがとう――ジェイド、あなたを……私は許すわ」

「レイラ……」

「それに私だって、いつも……あなたに迷惑をかけてしまったこともあるし……その、今回のことも、私が政務に関わっていたのなら、ジェイドが言いやすい雰囲気になったのかなって……そうも思ったから……あなたばかりを責めて、ごめんなさいね」

「……お前は何も悪くないのに――だが、そうやって俺を気遣ってくれたこと……嬉しく思う。端から俺は、お前を許しているし――これからもお前の側にいたい」


真剣にジェイドからそう言葉を紡がれ――私の心臓は大きく鼓動を鳴らす。しかし、それによって挙動不審な動きはすまいと――自分の腹にクッと力を入れて、自制心を総動員する。


「あ、ありがとう……。私も……ジェイドの側にいたいわ――それに、今回のことでは私以外にも……ここに来るまでレイヴン卿やノエル……多くの人に協力をしてもらったわ。ちゃんとその人にも、謝ってね」

「ああ、もちろんだ――それはもちろんするが……レイラ」

「うん?」

「先ほどの愛して……からの続きは聞けないのか?」

「っ!」


ようやく話が落ち着いて、ここから出ようとそう思った矢先。

ジェイドがまだ私と繋いでいる方の片手を――彼自身の方へ引っ張る。すると私は体勢を崩して、彼の方へ急接近する形となってしまって。


「レイラ、お前の気持ちを……俺は聞きたい」

「そ、それは……っ」

「ダメなのか……?」


どうみても追い詰められているのは私のはずなのに……目の前のジェイドの表情はおあずけを食らった子犬ような――そんな表情で。どちらが追い詰められているのか、分からなくなってしまう。


そして気づけば、私は胸の高鳴りだけでなく――顔にも熱が集まっていくのを感じる。


しかし目の前の……いつもはクールなイケメンのそうした……弱気になっているギャップに……。


私は完全に完敗となり――。

彼の方をなんとか見つめながら……。


「私は……ジェイド、あなたのことを愛しているわ……っ!」


そう私が伝えると、彼は目を見開いたのち――すぐに目じりをやわらげて、甘い顔つきになる。


そして花が咲いたように笑顔を浮かべて……。


「俺も……レイラを――愛している」


彼は迷いなく、そう言葉を紡ぎ――そのまま私の方へ顔を近づけると。

ジェイドの柔い唇が、私の唇に触れて……チュッと音が鳴った。


(はわ……今、今のって……)


恋愛経験が乏しい私には、とんでもない衝撃が走った。

しかし目の前にいるジェイドは、嬉しそうで――優しくほほ笑んでいて……そんな彼には何も強く言えなくなってしまう。


彼は相変わらず、私の方を熱心に……ずっと見つめて。


「……今日から、またもとの部屋にもどさないか?」


ジェイドは妙案が浮かんだとばかりに、そう私に問いかけた。しかし先ほどの衝撃も消えない中――その提案について私は頭が沸騰するような感覚を持つ。


(もとの部屋って……つまり……昔ジェイドと一緒に過ごしていた……っていう、同じ部屋の――)


そこまで考えて私は、混乱が混乱を呼んでしまう状況になる。


「ふぇ……っ?」

「お前が隣にいないベッドは……寂しいんだ。ダメか……?」

「あわ……あわ、あわわ……」


しかも先ほどの子犬のような表情によって、私が折れたことに……味を占めたのか――ジェイドが刺激の強い提案をしてくる。その提案にぐるぐると頭の中が……かき乱されてしまう中。


私はなんとかこの状況を打破しようとして――。


「ま、まずは……! やっぱり、みんなにジェイドの帰還を伝えるのがっ、せ、先決だと、思うわ!」

「……」

「ね? ほら、ずっとみんな心配に待っているから……ノエルもあなたのことを心配していたのよっ!」


そう私が精いっぱい言葉を伝えれば、ジェイドは思案する顔となり――。


「……確かに、レイラが言う通り……心配をかけさせてしまっているな……」

「ええ、そうよね」

「レイラの側にいることで……俺は、舞い上がってしまったようだ。すまない」


すぐに彼はそう謝罪を口にしてから、続けて。


「すぐに、この氷の状況を解かないと――いけないな」

「!」

「だが、お前のこの姿を……あいつらに見せるわけにはいかない。だから、これを羽織ってくれ」

「え、これは――ジェイドの……あ、ありがとう……?」


渡されたのは、ジェイドが舞踏会のために着用していた青を基調とした装いだった。


デザインとして丈が長く作られているのもそうだが――彼自身が体格がいいため、その服を肩から羽織らされるとすっぽりと……まるでワンピースのような仕様になる。


そこまで着せられてから、私はハッとする。

そういえば――ずっと下着のシュミーズのままだった。


「さすがに、着崩れたドレス姿で行くのも……良くないからな」

「っ!」

「氷をなくすから――俺の側へ、レイラ」

「え、あ……分かったわ……!」


ジェイドに言われるがまま、立ち上がる彼の側へ――私が側へ立つと。彼に手を支えられながら、地面に脱ぎ捨てられた靴に……再び足を通した。


彼は私の腰をぎゅっと抱き寄せてから。

おもむろに、指をパチンと鳴らすと――。


――パキンッ。


氷の世界にひびが入って割れるのであった。




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