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145.答えを出す



■レイラ視点■


「と、溶かすって……でもあんな分厚い氷で……。ノエルが無理をして怪我をするのは……」


ちょっとやそっとの熱では、あの氷は溶けない。見れば一目瞭然の答えなのだ。


だからそれを溶かすということは、とんでもなく大変なことをするのだと――そう思ってしまう。そのために、ノエルが無茶をしたり、痛い目に遭うのは……看過できない。


しかし私の言葉を聞いたノエルは、先ほどと表情を変えずに……優しくほほ笑むばかりで。


「心配をしてくださってありがとうございます。しかし、お母様は僕が王族だということをご存じですか?」

「……へ?」

「ふふ、すでに知っているかもしれませんが――身分が高いほど妖精の力は強いのです。僕は火の妖精の加護がありますが……」


ノエルは手をそっと横に出したかと思うと――。


「グルルル……」


その手の下に、大きなライオンが現れる。そのライオンは、私が以前に見た――威厳がある大きな身体のライオンで。


「お見せしたほうが早いでしょう……。火球を打て……!」


そうノエルが言葉を口にすると――。

ライオンはノエルの言葉通りに……そびえ立つ氷に向かって唸り声をあげたかと思えば。


煌煌と光る――炎の玉を氷にぶつけた。


――ジュウウ……。


すると火球をぶつけられた氷の壁は、少しではあるがえぐれるように削れて――溶けている様子だった。


「ほら、ね? 火球だけでなく――炎を噴射することも、この子はできます」

「ノエル……」

「お母様がお父様を助けたいと……そう思うのなら、僕がお父様の場所まで遮るこの氷を――溶かします」


ノエルの言葉を聞いて――そしてライオンの妖精の力を見て。


私はただじっと見つめるばかりだった。だって、本当にいいのだろうかと……言葉がうまく出てこなくて。


ノエルはジェイドがつくった分厚い氷を見て――顎に手を当てながら、なにやら思案する様子になる。


「でもすべての氷を溶かすには時間がかかりますね……うーん……」


そうノエルが、言葉を紡ぐと――。


「ならば、道を作るのはいかがでしょうか?」


そのノエルの言葉に反応を示したのは……。


「セイン……?」

「王妃様、私も……微力ながらですが――王妃様のためのことをしたいのです」

「さすが、セイン! 道なんて……思いつかなったなぁ……」

「御冗談を……ずっと王妃様越しに、私を見ていたじゃありませんか――土属性の妖精の力なら、水が下に漏れるのを食い止められますからね」


ノエルだけでなく、セインが協力を申し出てくれた。自分の周りにいる――大切な人からの申し出にありがたい気持ちでいっぱいだが……あらためてノエルとセインの二人の顔を見る。


「わ、私のわがままなのに……」

「お母様のわがままなら、全部叶えてあげたいよね? セイン」

「ええ、もちろんです」


二人の言葉を聞いて、私の胸は熱くなる。こうして協力してくれる二人の気持ちと――行動がなによりも眩しく思えた。


そしてノエルは、セインと会話をしながら……再び何かを考える素振りを見せる。


「それに道を作るってことなら――僕が溶かして、セインが土壁を作って……さらに奥を僕の妖精の力で溶かす力が必要だけれども……セスも手伝ってくれるよね?」

「はい、我が主の御心のままに。風の妖精の力で、炎を奥へ行きわたらせればいいのですね」

「うん。セス、ありがとう」


セスがそう言葉を紡ぐ中――ノエルは続けて。


「でも……セス一人だけの風の妖精の力だと……きっとこの分厚い氷の奥の奥までは……難しそうだよね?」

「ええ、少し……いえ、かなり難しいと思います」

「そっかぁ……そうなるともっと強い風の妖精の力が必要なんだね……」


ノエルはそう言うと――険しい顔をして無言でいるレイヴン卿の方へ、視線を向けた。


レイヴン卿はノエルからの視線を受けて……眉を八の字にする。


まるで困ったものを見るかのような目だった。


「レイヴン様、協力してくれませんか?」

「ノエル……」


レイヴン卿は、苦虫を嚙み潰したような表情をしたのち。

ノエルではなく、私の方を見て。


「レイラ様、この先にいるジェイドは間違いなく……上皇后様の黒い靄を凍らせているわ。その靄をレイラ様が、取り除く……ということよ。ノエルの妖精を助けた時の……比ではないくらいなのに、大丈夫なの?」


レイヴン卿からそう問われて、私は――ノエルやセイン、セスの顔を見て……彼らが私に協力してくれる状況であるならば――今、自分のしたいことを再確認する。


ノエルの妖精よりも黒い付着物が多いのは、先ほどの上皇后様の様子で十二分に理解しているつもりだ。


(黒い物質の……大本みたいなものだものね)


だから黒い物質を除去するのが大変だから、やめる――なんて考えにはならない。


レイヴン卿の目を真っすぐと見つめて、私は口を開いた。


「ええ、いくら大変だとしても――私はジェイドを助けに行きたいわ」

「そう……じゃあ、話を変えるわね――レイラ様の身に、危険が及ぶ……または命に関わる場合でも、同じ答えは言えるの?」

「!」

「お母様の命が……?」

「ええ、ジェイドはこう言っていたわ。ノエルの妖精を助けた際に……レイラ様は一日中眠りにつく負担が……かかったと」

「え……?」

「レイラ様が寝ている間に、医師から聞いたそうよ」


レイヴン卿から言われた言葉に、私はうまく返事ができなかった。その話を聞いたノエル……そしてセインもまた驚きを露わにしていた。


「もし今から……その大変な除去をする際に、間違いなくあの時よりも身体の負担が大きいはずよ。どんな負担かなんて、分からないくらいに」

「……」

「それでも、レイラ様……あなたは行くって言うの?」


レイヴン卿は私から目を逸らさずに、そう言った。その視線と――言葉を受けて、私は眉間に皺を刻む。


(つまり……私が死ぬ可能性もあるって、そう言いたいのよね)


レイヴン卿の話を聞くに……ジェイドはこうしたリスクがあるのを知った上で、自分を犠牲にしたのだと気づく。そんなジェイドの想いには一言物申したい気持ちがある。


それに――釈然としないので……正直なところ、自分の命を天秤にかけられたとしても、行きたい気持ちはゆるがない。しかし、もし私が死ぬことで……ノエルの地位や支えが足りなくなったら。


(子どもに負担をさせてしまうのは……それは……)


加えて、専属騎士のセインだって――今は私が主であるため、彼にも迷惑をかけてしまう。そうした大切な人たちへの迷惑を考えると気兼ねなく、肯定の言葉は言えなくて。


レイヴン卿の視線の前で、何も――私は言葉を言えなくなってしまう。


そんな中――言葉を切りだしたのは……。


「王妃様、もし私のことを思いやって――何か迷われているようなのでしたら、違いますからね」

「セイン……?」

「王妃様が一番に考えるべきは……あなた様の命のこと、そしてお気持ちのことです」

「で、でも……」

「僕も……同じ気持ちですよ、お母様」

「ノエル……?」

「お母様が怪我をしたり、命の危機にさらされるのは……すっごく僕としては嫌です!」

「私も、王妃様がそんな大変な目に遭うのは……嫌ですね」


ノエルとセインは、目尻をやわらげて私に視線を向けていた。


「それほど、僕もセインもお母様のことが――すっごく大切なんです」


ノエルの言葉を聞いて、私がセインの方を見れば――彼は迷いなく、「はい」と言った。


「けどそれと同じくらいに……お母様の気持ちが大切だと思ってるんです。もちろん、ここでやめて僕とずっと平穏に暮らしてくれるのなら……僕はすごく嬉しいです。でも……もしそれでお母様の後悔が残るのなら……それは違うなって……思うんです」

「……っ」

「僕は……廊下でお母様に話しかけた時や……それから最近だとお父様に、呼び方を変えて話しかけたり……勇気を出して良かったって思えることが多くありました。命をかけてるかと言われると……それくらいの大きな緊張感はあったくらいですけれどね。セインはどう?」

「ええ、私も――王妃様から専属騎士の誘いを受けた時、それに外敵から王妃様をお守りする時……いつだって悔いは残したくない気持ちですね」

「ふーん……お母様に対して、深く想っているんだね」

「はい、誠心誠意――王妃様が一番です」

「む……まぁ、僕とセインのお母様への想い比べは置いておいて――つまり、言いたいことは……」


ノエルは私の方へ、近づいてきて――私の両手をぎゅっと握りしめると。


「お母様のお気持ちを一番に考えてほしいんです。それが僕にとっても、セインにとっても……一番重要なことだから」

「代弁くださいまして、ありがとうございます。殿下」

「……ノ、エル……セイン……」


私はそう呼びかければ――ノエルもセインも優しい笑みを浮かべて、こちらを見た。


そんな二人の優しさに、そして気遣いに、胸が温かいものでいっぱいになる。


「ノエル、セイン……ありがとう」


二人に感謝を伝えたのち、私は――意識を切り替える。


周りの心配ではなく……今自分が一番どうしたいのか。そうあらためて考えていけば……。


「レイヴン卿……」

「決まったの?」


レイヴン卿に再び向き直って、私はおもむろに口を開き。


「はい。私は……どんなに大変だろうと……ジェイドを助けに行きたいの」


決意をもって――私はレイヴン卿にそう答えた。




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