144.大きな壁
■レイラ視点■
「……つまり、お父様は――すべて承知のうえで、レイヴン様に言っていたと……そういうことですか?」
「……ええ、そうよ。ノエル……」
レイヴン卿から話を聞いて――私は言葉を失っていた。そんな私の代わりにノエルが、レイヴン卿に確認するように話しかけていた。周囲からは、完全に舞踏会の参加貴族たちはいなくなっており。
静かになった空間で、レイヴン卿と私とノエル――そして後ろに控えるように、セインとセスがこちらを見守っていた。
そんな中――レイヴン卿は、相変わらず苦々しい表情で……口を開くと。
「陛下は、妖精の力……氷を使ってこことの空間を断絶しているわ。けれどずっとこうじゃなくて……陛下の命が潰えたら、あの氷はなくなるわ」
「!」
「妖精の力は、死んだ者には使えないから、ね……」
「じゃ、じゃあ……まだジェイドは生きているってことよね……?」
「まぁ……そう……ね」
「なら……!」
レイヴン卿の話を聞いた私は、彼に言い募る形で。
「今すぐ、ジェイドを助けないと……! だって彼はまだ生きているのでしょう……!?」
「……」
「上皇后様から、黒い靄が出ているのをはっきり見えたわ……! あれは、ノエルの妖精に付いていたものと同じなのよね? そ、それなら、私の守り手の力で消せるのでしょう? ジェイドが自分を犠牲にするのなんて違うわ……! だから今すぐ……」
「……ダメです」
私が言ったことに対して――レイヴン卿は否定を露わにした。
「レイヴン卿……!」
「アタシは……陛下の命を受けて、レイラ様とノエル殿下の安全を確保することを――言い渡されております」
「で、でも……」
「陛下からは……陛下が亡くなった後の――レイラ様とノエル殿下に尽くすようにと聞きました。アタシとしても、その所存です」
レイヴン卿は、騎士団長としての責務を果たすかのように……敬語口調になって、そう話し始めた。その話を聞いても、私は――胸の中のモヤモヤが大きくなるばかりで。
そんな中、ノエルが確かめるように。
「だからお父様は……あんなことを……」
「ノエル……?」
「僕とお母様が――お父様に呼ばれた日。お母様がドレスの確認をしに行ったあと……お父様が言われたんです」
「言われた……?」
「はい……お母様のことを守るように、と」
「!」
ノエルの話を聞いて、私は胸がぎゅっと締め付けられる。だって、その時からジェイドが――そう言っていたということは。
(ずっと、死を覚悟して……この計画を踏み切った……ということ?)
ジェイドから呼ばれた日に、彼が犠牲になる前提ということは聞いてなかった。最初から、リスクを聞いていれば――私は全力で反対したのに。
そんな反対意見を言う時間さえ、なかった。
「なおのこと……ジェイドをこのままにするわけには、いかないわ……! すぐにでも……」
「どうやって、ですか?」
「え……?」
「意見を言うのは恐縮ですが――陛下の力によって、厚い氷が生み出されております。この氷を砕くことはおろか……溶かすのも……無理と言って過言はないでしょう」
レイヴン卿は淡々と、事実を述べた。彼が言う通り、先ほど私たちがいた場所は――人間の身長を超えるほどの氷がそびえたっている。
まるでテレビで見た――南極の氷のようなスケールだ。
ジェイドを助けたくとも……レイヴン卿が言う通り、方法がない。私が氷を殴ったところで、頑丈な氷が壊れることは想像できない。
「……そのため、王妃であるレイラ様は……今後のことに集中されるのがよろしいかと」
「今後の……こと?」
「はい。ジェイドが退位したあとのことです」
「!」
「ノエル殿下が、王位を継ぐことになりますが……いかんせん、年齢的にまだまだ周囲からは良くない力が働く可能性があります。アタシも尽力いたしますが――幼い殿下の側には、王妃様の支援が不可欠です」
「……っ」
レイヴン卿にそう言われて、私はハッとなり――側に居るノエルの方へ視線を向ける。確かにノエルはまだ子どもであり、一人で王位の重圧を耐えさせるのは……酷なことだろう。実際に、私が知っている物語では――王位を継いでから、ノエルは精神的支障をきたしてしまった。
だから、ノエルのことを思うのなら……。
(救出不可能な……ジェイドのことを――忘れろってこと……?)
その考えが頭に浮かび、私は奥歯をキュッと噛みしめる。そんな考えはあまりにも、不快感は強く――認められない方法だ。しかし、ノエルはこちらを不安そうに見つめている。
(親としては……私がしっかりして……ノエルを安心させないといけない。分かってはいるけれど……っ)
そのために、ジェイドの犠牲があっていいのだろうか。それが親としての責務を果たすということなのだろうか。
はじめこの世界に――レイラに転生した時は……ノエルが幸せになる世界にしなきゃと、意気込んでいた。だから、私がするべきことは……ノエルが大優先なはずで。
(そうよ……あの物語を読んだ時、そうなってほしいって――そう思ったじゃない……)
それなのに、どうしてこんなにも行き場のない気持ちが生まれてしまうのだろう。ノエルが大切な気持ちは変わらないはずなのに、そのはずなのに――こうもままならない。
「王妃様……」
後ろで見守っているセインが、心配そうに声をかけてくれる。子を想う母ならば、ここで周囲に毅然とした態度をとり――我が子のために、何が何でも前を向く姿勢を……見せるべきなのだろうか。
(分からない……わからない、わ……)
自分のいろんな感情が溢れてしまって――うまく消化できない。無意識のうちに私は、下ろした両手をきゅっと握り――やり場のない気持ちをそこへ向けるように、力を込めていた。
そんな私の手に……そっと温かい熱が触れた。思わず、そこへ視線を向けると。
「ノエル……」
ノエルが私の片手を、ぎゅっと握りしめていた。そして彼は口を開いて。
「お母様、僕は――お母様が無理をされるところは見たくありません。特に……我慢をしたり、気持ちに蓋をするのなんて……僕は嫌です」
「それは……」
「レイヴン様は、ああおっしゃいましたが――お母様は、どうされたいのですか?」
「わ、私は……」
彼の瞳を見て――私は、胸が苦しくなった。それはノエルへの気持ちとともに――。
今この瞬間、嘘をついてはいけないと……こうして思いやってくれたノエルに対して、表面上での回答はいけないと、そう思えば思うほど苦しくなった。けれど、自分の気持ちを伝えるべく――私は口を開いて。
「私はジェイドを……助けたい……っ」
「そうなのですね」
真っ直ぐに私を見つめるノエルが――目尻を柔らかくしてそう話した。そんなノエルの言葉に、私は胸がさらに苦しくなる。というのも、「ジェイドを助けたい」という私の気持ちは――すなわち、ノエル第一の考えとは相反するものだからだ。
レイヴン卿の意見を聞き、私としても――ノエルを守りたい気持ちがあるからこそ。
無理な選択をするべきではないと……頭では分かっているのに、気持ちが追い付かなかったゆえにの――答えだった。
「ノエル……ご……」
「謝るのはなしです!」
「え?」
「だって――僕としては、お母様が本音を言ってくれて……嬉しいのですから」
ノエルは私を励ますように、そう言葉を紡ぐ。しかしノエルにそう言われても、どこか罪悪感のような……母親失格のような気持ちが出てきてしまって。
「で、でも……。私は……無茶な選択を選びたいって言ったのよ? そんなのあんまりにも……」
「無茶ですか? それはお父様を助けたいということが、ですか?」
「ええ、そう……ね」
あらためて、言葉を口にし――私は分厚い氷を再度見る。やっぱり、自分のこの言葉は――無謀で無責任な言葉なのではないかと――そう思った矢先。
「お母様、何も無茶ではありませんよ」
「え?」
「お父様の氷は――僕が溶かせますから」
ノエルは私の目を真っすぐと見つめながら、そう言った。
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