137.ドレス
■レイラ視点■
窓から――小鳥の可愛いさえずりが聞こえる中。
私は絶賛、ベッドに大の字で寝転がり……部屋の天井を見上げていた。
そしてゆっくりと自分の口を動かして。
「こんなにも時間が経つのが早いなんて……信じられないわ。というか、気絶して眠ってた……」
まるで試合を終えたスポーツ選手のように、脱力感が私の身体を包んでいる。それもこれも――あの日からだ。
それは――ジェイドの執務室から、戻った日のこと。
すぐにドレスのチェックが始まったと思えば――目まぐるしく、怒涛に時間が過ぎて行った。というのも、私は簡単な確認かと思っていたのだが――想像以上に、部屋で待っていた侍女たちの熱はすごく。
(試着に……あんなにたくさんのアクセサリーをかわるがわる見ることになるなんて……)
ドレスは試着したうえで、サイズをチェックし――アクセサリーは、ざっと見て3桁を超えるほど数があった。
もちろん時間は足らず……翌日までかかり……。
(そう……すごく目まぐるしかったわ……しかも翌日も翌日で……)
舞踏会前ということで、参加する貴族の名簿を侍女たちから貰ったのだ。
そこでハッと気づいたのは、参加者のことを私が全く知らなかったということ。
(だって……物語では貴族の名前なんて出てなかったんだもの……!)
物語では、主要人物と関係しない貴族たちは名前が出てこなかったのだ。しかしここでは私は王妃として……そう覚える必要があるため――必死に覚えることになった。
覚え作業のために、ノエルとのご飯も一緒にできなかった。
(そうまでしないと……間に合わなさそうで……)
きっともともとは覚えていたであろう貴族たちなのだが――私には初登場に等しい貴族の名前ばかりだ。
「パ、パトリック……ジェリー……スミス……」
昨日必死に覚えて、頭に叩き込んだ名前が口から出てくる。なんとか覚えた気はするが……思い出せなくなったら、その時は――。
(王妃の身分に免じて、許してくれるかし……ら……)
そう開き直らないと、どうしようもないほどに……いっぱいだったのだ。念のために、起きたばかりだがもう一度リストを見ようかと思っていれば……。
――コンコンコン。
「王妃様! おはようございます!」
元気な侍女たちの声が聞こえる。
私が入室を許可をすれば、中に入って来た侍女たちは意気揚々と。
「本日は舞踏会の日ですね……! 気合を入れて、王妃様のご支度をお手伝いいたします…!」
「え……っと……まだ、その……朝よ?」
「はい! 今から湯あみをして……お身体をほぐしたりもいたしますので! ばっちり任せてくださいませ……!」
「い、今から……はわ、はわ……」
まさか舞踏会の日当日もまた――怒涛な時間になるとは思いもよらなかった。しかしよくよく考えてみれば、現代社会とは違うここは……優雅な貴族の世界。そうした準備に時間をかけると言われたら、何も反論はできなくて。
「よ、よろしくお願いする……わ……」
私は遠い目をしながら、ひとまず――侍女たちに任せるのであった。
◆◇◆
「これは……」
「ええ、本当に……」
侍女たちが、私の周りに控えながらも……何度か姿見を確認して、声を上げている。一方の私は、侍女たちにされるがまま――姿見の前で立っていた。
(朝に起きたのに……気づいたら、もう夜に……)
やっぱり時間があまりにも早く過ぎてしまっている気がする。しかし今日は、舞踏会の日のため――ジェイドから聞いた計画を頭に思い出す。
(そうよ、けっして――忘れてはいけないわ。今日こそ、ノエルと……ジェイドと王宮で問題なく過ごすために、必要な日なのだから……!)
本来なら、計画のことや上皇后様のことで……不安をおぼえても仕方のない感じだったのかもしれないが。
こうして怒涛に、目まぐるしく時間が過ぎると――不安を感じる暇さえなくなってしまうのを……この身で経験した気がする。
しかし今日は気を引き締めて――少しでも違和感があれば察知できるように……と自分の意識をあらためていれば。
「王妃様……! 終わりましたわ……!」
「!」
「王妃様がお美しいのは当たり前ですが……本当にお美しいです……!」
侍女の声を聞いて、私は鏡に映る自分を見た。
そこには、胸元にはサファイアが輝く青いドレスに……耳にはダイヤのイヤリングを付けた自分が立っていた。
今着ているドレスは、ジェイドと外出した際に――彼が買ってくれたものだ。
彼の見立てて、選んでもらったドレスだが……着てみたら、レイラの肌色や髪色に合う色だと感じた。
(あらためて自分を見ると……なんだか変な感覚だけれども……確かに、ドレスを着こなしているわ)
OL時代は全く関わったことのないドレスという服だが、レイラとして生きて……こうして着てみると、しっくりくる気がした。
(ただスタイルを良くするために腰に巻いた……コルセットがきつく感じるけれど……ね)
貴族の世界は、こうした苦しさを乗り越えて……令嬢たちはドレスを着ているのだろう。仕方ないと、意識を切り替えて――私は、侍女たちの方を向いて。
「準備を手伝ってくれて、ありがとう」
「いえ……! 私たちはするべきことをしたまでですから……!」
達成感を持ったのか、侍女たちはやり切った顔になっていた。
そうだとしても、朝からずっと――私につきっきりで支度をしてもらっていたので……。やはり彼女たちの助けなしでは、一人でできなかったことを実感する。だからあらためて、彼女たちにお礼を伝えていれば。
――コンコンコン。
「あら……?」
ドアノックの音が響き、私の視線は部屋の扉へ向かう。
そして扉の向こうからセインが、私に声をかけてくる。
「陛下とノエル殿下が――お迎えに来られました」
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