133.守りたい存在
■ジェイド視点■
レイヴンがここまで大きな声をあげるのは……きっと俺と母上の衝突が見えているからだろう。
先ほど俺はレイヴンに「衝突する可能性がある」と言ったが――実際のところ衝突しないほうが難しい。
自分の意に沿わない人間は水に変えたりと、相手に危害を加えることに、母上は何も躊躇していない。だからこそ、ほとんど100パーセントの確率で……母上を糾弾する場合は、相手が何らかの実力行使を行ってくる可能性が高い。
母上は大人しく捕まってくれるほど……優しい存在ではない。一番は会話での話し合いができればベストではあるが……。
(きっと……それも難しいのだろうな……)
妖精の力を基軸としたユクーシル国は、「妖精の力」の大きさこそが権威の象徴だ。国で一番の権力が欲しいであろう――母上にとって、会話よりも一番手っ取り早いのは、「現国王」よりも力を持っているという証明だ。
しかしそれに屈してしまったら、間違いなく――ノエルとレイラは、脅かされてしまう。
(それは絶対に阻止する……それができなかったら……俺は自分を許せない)
俺は一度、呼吸を整えてから――再度レイヴンの目を見て、口を開いた。
「きっと……この脅威が母上でなくとも、時期が今でなくとも……俺はそうした」
「……っ! でもやっとノエルともよく話すようになったじゃない! それにレイラ様とも……まだあなたはこれからで……」
「……」
レイヴンは悔いが残るような関係は良くないと、言いたいのだろう。
しかしその点に関して、俺は――安易に賛同できない。
確かにいい父親でもなければ、いい夫でもなかった自覚がある。けれど、打算的に国のためや被害を最小限にするために……自分が犠牲になって済むのなら、それで構わない質だった。
それくらい物欲がない――無関心な性格だったのかもしれない。
(だが……レイラに会って……)
思い出すのは、はじめて自分に真っ向から意見を言ってきたレイラの姿。あの日から、自分はどうも変わってしまったようだ。
(こんなにも……離れるのが、苦になるなんてな)
レイラの側に居ると、自分が持ったことのない欲が生まれそうになる。きっとあの日から……レイラと交流がなければ、気づかなかったものだろう。
しかし不思議なのは、レイラと話して――彼女と距離が近くなって……どこか嬉しいと思う自分が生まれたことだ。彼女と話す前に戻ったほうがいいかと問われたら……。
(……戻りたくはない、な)
きっと話す前であれば、もっとすんなりと――俺は自分の犠牲を決められたかもしれない。母上は、力が強大なだけの「妖精」だ。ユクーシル国の国民を想って、動くわけがないし……実際に、何人もの犠牲が出ている。
国のためを想うのなら――すんなりと覚悟を決められた方がいいのだと……そう思うのに。
脳裏には楽しそうに話すノエルと――レイラの姿が思い浮かぶ。かけがえのない存在だと思うほど、胸の奥に変な痛みが起きる……しかし、だからこそ。
(これほどまでに、覚悟を持てるのかもしれないな)
いずれにせよ、自分のやることは変わらない。
大切な存在と離れることに、胸の痛みが現われようとも――その存在を守り抜きたいほうが、想いがまさる。それがきっと覚悟となって、自分を突き動かすのだから。
淡々と物事を進めた方が、スムーズだったのかもしれない……しかし俺はどうも、今のこの感情が愛おしいと感じてしまうようで。
自分の変わりぶりを自覚して、俺は薄く笑みを浮かべていた。
俺の目の前にいるレイヴンは――相変わらず、悲しみを湛えた目でこちらを見つめていて。
「アタシは……そのやり方に了承はしないわ。けれど……この国を守る騎士団長として、命を受けましょう」
「ありがとう、レイヴン」
「ふんっ! せいぜいアタシの気が変わらないことを祈ることね!」
「ああ、そうだな……」
いつもならレイヴンの明るい調子に振り回されてばかりだったが――今だけは、どこか彼の明るさに救われるような気持ちになった。
「早速だが……糾弾を決めたからには、確実な成功を収めたい。不慮の出来事を想定して、騎士団の配備を前年よりも厚くする」
「分かったわ」
「それと……万全な準備ができたら――レイラとノエルにも本計画を伝える。いいな」
「ええ、上皇后様の舞踏会でのお目当ては……ノエルでしょうからね。レイラ様にも、その点を注意をしていただかないと、危ないわ」
そこまで話し終えると――レイヴンは計画のために騎士団の調整をすべく、部屋から出て行こうとする。
俺に背を向けてから、彼は鼻をすする音を立てていた。心根が優しいレイヴンに、俺は罪悪感を持ちながらも……彼への感謝がいっぱいになった。
そして俺は口を開いて。
「レイヴン……どうか、これからもノエルとレイラの力になってくれ」
「! 言われなくても、今からでも力になりたいもの! ジェイドなんか、アタシがいなかったらその席に座っていられないんだからね!」
「フ……。不敬な騎士団長だな。だが、お前の言う通りだ……負担をかけさせてすまない」
「……っ! ふん!」
レイヴンの挑発に俺は、思わず笑みを浮かべたのち。
彼はそのまま、執務室の扉を大きな音を立てて――出て行った。
一人だけになった執務室で俺は、舞踏会の日程が書かれた資料を手に取って視線を向けた。
「舞踏会まで、あと……一週間か」
そしてそう、言葉を紡ぐのであった。
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