132.糾弾の日
■ジェイド視点■
「きゅ……糾弾って……本当に、やるのね?」
「ああ、母上は――権力の座からおりてもらう。そもそもずっと――歪な権力関係だった」
「それはそうだけれども……」
「妖精には妖精の力を以てして対抗する――俺はこの歪みを断ちたい」
「で、でも待って! 何も急いで舞踏会の日でなくとも……!」
レイヴンは俺の話を聞いて、納得する部分もありながらも……心配そうに声を大きくしていた。
しかし俺の中で……母上の糾弾の日を急ぐ理由があった。
「もしこの日を過ぎてしまったら、舞踏会の日で計画を実行しようとしている母上に……ノエルの状態やレイラが守り手であることに勘付かれるはずだ」
「!」
「そうなったら、母上は大権を使用して――ノエルを手中におさめ、レイラには危害が及ぶだろう」
「それはっ……、確かに食い止めるべきことだけれども……そうだとしても! ジェイドがもっと万全な状態で……せめて血液の中にある物質の除去をしてから……」
「――それは、どれくらいの月日がかかるんだ?」
「……っ!」
レイヴンから言われた「万全の状態」という話はもっともだと思った。
けれど――その状態を待つとしたら……かなりの時間がかかる。なにせ、幼い頃から今に至るまで――食事の中にあった黒い物質を摂取していたからだ。確かにレイラの「守りの手」によって、幾分かましになって回復しているが……それでも全てが治っているわけではない。
つまりは――かなり根深い病となって、俺の中に巣食っている。
「それに、万全の状態に治るまで……きっとレイラに相当な負担をかけてしまう」
「そ、そうだとしても……! レイラ様なら嫌な顔をせずに、協力してくださるわ……!」
「……」
レイヴンの言う通り、優しい彼女は――きっと助力をしてくれる。それも、自分の不利益や辛さをおいて……やってくれるはずだ。
かなり大掛かりな治療になるため、無理をさせてしまったら……。
(次は一日中の眠りでは、おさまらないだろう……)
ノエルの妖精に付いていた黒い物質を取るだけで、あんなに深くの眠りを要したのだ。ノエルより身体が数倍大きい俺が――もし短期間でレイラに治療を頼んだら……必ず無理をさせてしまう。
レイラが俺のために、大きな犠牲を強いることを――俺は……。
「レイヴン。俺が嫌なんだ」
「! ジェイド……」
「レイラが優しいのは知っている――けれど、彼女がそのために……大変な目に遭うのは看過できない」
「それは……アタシだって、レイラ様に負担を負わせたくはないけれど……」
「医師から聞いたか? レイラがノエルの妖精を助けたのち、一日中眠りについていたそうだ」
「えっ……それは、本当なの?」
「ああ。いくら疲労があったとはいえ、それはおかしい。レイラが眠っている時に聞いたのは――疲労が原因だと思われるが、それにしてはよく寝すぎている……まるでそうせざるを得なかったようだ、とのことだった」
「……」
俺がそう話すと――レイヴンは黙り込んでしまう。
レイラが妖精の守り手であることは、国の重要機密に等しいので……俺を含め、知る人を制限している。医師にだって、教えることは――リスクになる。外部に漏れたら……母上に万が一バレてしまったら。
「……お前の言い分はわかる。母上と俺の――実力行使での衝突を危惧しているんだろう?」
「ええ、そうよ……」
「確かに、俺の今の状態では……母上に圧し負ける可能性がある」
「そう! だから、そのリスクをなくすためにも……」
「だが――最悪の場合は、俺ごと遮断したら……いけるだろう?」
「あなた、何を言って……!」
レイヴンの気持ちは分かる。母上が「老いていない」ことが事実であるなら――間違いなく、実力は衰えていない。なんなら、国王として多大な妖精の力をふるう俺と――同じくらいだ。
俺の妖精の力は、距離を取れば取るほど……不要な力を消費する。近くのものより、遠くのものを捕える場合は消費する妖精の力の量が変わるからだ。たったそれだけの違いだが――それさえも母上の場合は、命取りとなる違いだ。
だから母上の攻撃を避けるよりも――自分もろとも近くで遮断したほうが早い。
妖精の力は触ることはできずとも……力が「氷」や「炎」といった自然現象になったあとは、自分にも影響が出る。
「その場合……母上だけでなく、俺も氷漬けになるだろうが――気にするな」
「ねぇ! 勝手に決めるなんて、そんな……!」
「国を守るのも責務だが……変だな、それ以上にしたいことができた。ノエルはもちろんだが……レイラに傷一つたりともつけたくない」
「!」
「あの二人には、日の光が似合う。ずっと――幸せに笑ってほしい」
「……っ。でもそこに、あなたがいなきゃ……」
レイヴンの話を聞き、俺は眉尻をやわらげた。
俺の幼馴染も、レイラと一緒で優しい人間だ。
彼が言うように、ノエルとレイラと……一緒に平穏に暮らせたら、きっと幸せだろう。
しかしそれは――脅威がなかった時の場合に限る。だからこそ。
「――守りたいものを守れずに……それを欲しがることはできない」
「っ!」
「このことは万が一のことだから、二人に言って……余計な心配はかけたくない」
「……っ、確かに起きないことはあるだろうけれど……っ」
「レイヴン……国王として、お前の幼馴染として頼む……協力してくれないか?」
俺は彼の赤い瞳を真っすぐと見つめて、そう言えば。
レイヴンは眉間に皺を刻みながら――瞳を揺らして、口を開いた。
「バカね……本当に、ジェイドは……バカよっ」
すんなりとした了承ではないが――否定もしない……しぶしぶの肯定をレイヴンは表すのであった。
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