131.温かな朝
昨日は、結構長く――目がギンギンに冴えてしまっていた。しかし、ジェイドがすぐに寝付いたのか……彼の落ち着いた呼吸音を聞いているうちに、だんだんと眠気がやってきた。
そしてどこか気絶するように、眠ったのち……身体が自分の力じゃなく、動いた気がして――おもむろに少し目を開いた。
「……起こしてしまったか?」
「ん……? じぇ、いど……?」
「まだ早朝すぎる――ゆっくりと寝てほしい」
彼が優しく、私の髪を梳いてくれたような気がした。
そんな中、私はほぼ――無意識のうちに口を動かしながら。
「からだは……もう、だいじょう、ぶ?」
「! 寝ぼけながらも、心配してくれるとは……可愛いな」
「?」
「ああ、お前のおかげで十二分に眠れた。朝日を起きてから見られるのは、久しぶりだ――感謝する」
「ほんと……? よかったぁ……」
「ふ……功労者のお前はもっと――ゆっくり寝てくれ」
彼は一度……私の方へ近づくと。
チュッと、額にキスを落とした。
夢見心地な私は、現実味がない中でも……彼の温かさを感じながら、安心感を覚え――。
「う……ん……」
もう一度、夢の世界へ意識を――うとうと、と……飛ばす。
「……レイラ、お前に降りかかる苦しみや辛さは……俺がすべて振り払おう」
「すぅ……」
「またな」
ジェイドが何かを言った気がするが……それを聞きとる前に、私は再び眠りにつくのであった。
◆ジェイド視点◆
レイラの部屋から出たのち――俺は、執務室に戻っていた。
昨日はレイラの気遣いのおかげで、久しぶりの睡眠をとることができた。
(慣れないながらも強がる姿が……いじらしかったな)
本当なら、緊張して寝にくいだろうに――それでも俺が部屋を出て行ってほしくないと訴える彼女に、目が離せなかった。普段は睡眠はもちろん、誰かと眠ることなんてできないはずなのに……レイラにおいてはその「普段」がなくなってしまう。
(本当は……もう少し彼女の側に居たかったが……)
朝を告げる小鳥たちの鳴き声を聞いて、眠りから覚めた俺は――自分の腕の中で無防備に眠るレイラを見た。普段の礼儀正しい彼女の姿にも好感を抱くが……こうした自分しか知らないであろう彼女の姿を見て、どうしようもなく惹かれてしまった。
こうした彼女を何時間でも見ていたい気持ちが、どんどんと大きくなるのを感じて――俺はなんとか……己の中の理性を集めることによって、起きることを選択した。
もちろん起きることを選択したのには、もう一つの理由があるのだが――。
――コンコンコン。
「アタシよ。陛下はいるかしら?」
「ああ、入れ」
もう一つの理由、それはレイヴンの報告をいち早く聞くためだった。
扉から入って来たレイヴンは、一枚の大きな封筒を持っていた。
「結果をちゃーんと、持って来たわよ……あら?」
「……なんだ」
「だいぶん、肌ツヤがよくなったじゃない? レイラ様と素敵に過ごしたようね?」
「……」
「あ~もう、揶揄ってごめんなさいね」
レイヴンがどこか楽し気にそう言葉を口にした。彼の言葉を聞いて、いつもの調子を崩される感じがして……苦い思いを感じていれば。
彼は、話題を変えるように封筒から紙を取り出して――机に置いた。
「あの黒い靄の解析が終わったわ」
「!」
「結論を言うわね――上皇后様は、妖精よ」
「……そうか」
昨日レイラに見せてもらった映像から、おおよそ結論は分かっていたものの。あらためて聞いたことで、あまりにも大きい事実に暗い感情が生まれる。
「あの黒い物質は、妖精の力なんて単純なものじゃなくて……妖精そのもの――簡単に言うと……花の花粉のようなものよ」
「花粉のような、ものか……」
「ええ、ノエルの妖精を黒く染めたように……あれを摂取すると妖精の制御がきかなくなる花粉、ね」
「……」
「ねぇ、昨日……アタシが言っていたことを覚えている? あなたの体調不良のこと……」
「ああ、覚えている」
「ずっと……どうしてあなたが眠れなくなったのかを、アタシは調べていたでしょう? あなたの血液の中から、あの花粉の成分が出たわ……だから……」
「そうか……俺の欠陥の原因は――あの黒い物質を食事で食べさせられていた、か」
「!」
「幼い頃は、ずっと母上と食事を共にしていたからな――毒見ののち、母上なら混入させることが可能だっただろう」
思えば、小さい時は――母上と過ごす時間が、今よりも長かったと思う。しかしそこに親子の情はなく、自分が国王になったら癒着した関係は嫌で……母上と距離を取ることにしていたが――。
(それよりも……母上から罠をすでに仕掛けられていたとは、な……)
不眠の症状が出てきたのは、確かにそうした幼い頃で……今だってなお、こうした良くない症状は続いている。つまりは……。
「……食事の成分をあらためて、見てくれるか?」
「……今の話を聞いて、すぐに――妖精で部下に命令をしてきたわ。きっと今も、混入している可能性は高い――あ、ノエルの食事にも……!?」
「念のため調べたほうがいいだろうな。ただ……可能性は低いと思う。母上自らが、薬を渡して――あんな手紙を出していたのだからな……すでに完了していると、思っているだろう」
黒い物質の成分が分かったことで、皮肉だが――これまでの嫌な事情の原因が分かっていく。母上がどうしてあんなにも、我が物顔で物を言えたのは……黒い物質を摂取させると俺とノエルが言いなりになるため。
(薬にして飲ませる方法は、きっと上皇后になってから編み出したのだろうな。俺の時は食事に混入させるくらいしか方法がなかった、というわけか)
不幸中の幸いは食事で違和感なく摂取させる量では、じわじわとゆっくり効果が現れるのだろう。きっと遅からず、俺もノエルのように倒れていたはずで。
嫌な想像が頭の中に増えていく中。レイヴンが仕切り直すように、口を開いて。
「かなり嫌な事実だったけれど、良い報告もあるわ」
「ほう?」
「あの黒い物質には弱点がある――ということよ。まずは、レイラ様の守り手の力はすごく有効よ。妖精を害する成分だから、ノエルの妖精の時と同じように……取り除くことができるのね」
「なるほど、な」
「もう一つは……ジェイド、あなたの妖精の力よ」
レイヴンにそう言われて、俺は彼の方をじっと見る。
「あなたが……あの黒い物質を氷で遮断したでしょう? そのおかげなのか、持ち帰った時と――私が研究する時とで量がかなり減っていたの」
「……なるほど」
「だから――上皇后様にとってはあなたがネックなはずよ」
「そうか……それは、いいことを聞いた」
彼の言葉を聞き、俺はある決心をする。
「舞踏会の日――上皇后を糾弾する」
レイヴンの目を真っすぐと見て、そう俺は言った。
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