124.妖精の力
■ジェイド視点■
「アタシ自身も、わけがわからないことを言っている自覚はあるけれど……その……」
「いや、その話は――納得できる」
「……ジェイド……」
「ずっと母上が――妖精の力を増している状況に、不可解な気持ちが強かった。その答えがここに……あるのだろう」
レイヴンから言われた「母上は人間ではない可能性」について。
俺は意外にも――ストンと、納得する気持ちが生まれた。
それは人間の摂理に反した「強さ」における答えでもあり、また……どこか母上が遠い存在のように感じる証明のような――そんな気持ちに……納得がいく答えな気がしたのだ。
(そう思うことで……理解したいだけ、なのかもしれないがな……)
ただレイヴンから、こうした報告を聞いて。
さらに母上とは――相容れないのだなと……痛感したのかもしれない。
「それに、ノエルから……母上から筒を貰った時に、妖精の気配を感じたと言っていた」
「そうなの……?」
「だが――母上の宮からノエルの部屋までは相当な距離がある。そこまでに筒を運ぶには、風の妖精の力が――いるだろう?」
「え、ええ……そうね……え? でも、上皇后様は確か……水の妖精の加護が……」
「ああ、だが――実際にやってのけたのは、風の妖精の力だ。一人の人間が、二つの属性の力を使用することはできないし――今まで母上に……そうした風の力があることも、判明してなかった。だから、俺が思うに……」
俺の言葉を聞いたレイヴンは、疑問を持った表情を浮かべていた。
そんなレイヴンに視線を向けながら、俺は続けて。
「母上は人間でなく――妖精なのかもしれない」
「え……?」
「いや、正確には……人間から妖精に成り代わったように思う」
「ま、待ってちょうだい……! そんなこと、ありえるはずが……」
レイヴンが目を見開いて、驚きを露わにする。
そして口早に言葉を紡いでいた。
そんなレイヴンに、俺は先ほど差し出された報告書を――今度はレイヴンの前に置く。
「30歳を機に――なんらかのきっかけで、妖精になった」
「!」
「妖精ならば、人間の理通りに年はとらないだろう。しかも、妖精の力だって――問題なく使えるはずだ」
「それは……その通りね……」
目の前に置かれた報告書のデータを、レイヴンは再びまじまじと見つめて――。
暗い表情になりながら……彼は返事をした。
「マイヤード伯爵令嬢の件から――母上が“妖精の誓い”を使用しているのは見るからに、間違いないだろう」
「……約束した内容を反故にされたら、死をもたらす誓いね」
「一つの疑問だが――人間同士なら、死ぬ誓いが……妖精と人間で交わされたらどうなるんだ?」
「え? そんなの……誰もやったことないじゃない。だから分かるわけが……」
「ああ、そうだな――だが……マイヤード伯爵令嬢は風の妖精の加護があった――そして、母上は風の妖精の力が使えるようになった」
「!」
俺が言った内容に、レイヴンは息を呑んだようだった。
そして頭に手をあてて――彼は口を開いて。
「まさか……人の妖精の力を取り込んだって、わけ?」
「あくまで推測、だが。しかし――無関係にしては……妙なシンクロを感じた」
「それは……」
一つの可能性に思い至って……俺とレイヴンは言葉を失う。
少しの沈黙があったのち。
レイヴンが口を再度、開いて。
「あらゆる可能性があるのは、分かったわ。それを含めて、ジェイドから貰った証拠を解析させてちょうだい」
「……頼んだ」
「だから今日の話はこれで終わりよ。その可能性を裏付けるのは――きっとあの証拠に違いないのだから……結果が出てから話しましょう」
「そうだな」
「ええ、そうよ。それに――もうずいぶんと根を詰めているんだから。レイラ様のところへ行って、リフレッシュしてきなさい」
「……レイラの所へは、見舞いと用件を伝えるために……」
「はいはい。そういうことなのは分かったから。けれど――今から、アタシが帰ってから解析を続けるとしても……早くて明日に結果が出るのよ? もう今日は何もできないわ」
レイヴンは身体のコリをほぐすように、両手を組んで伸びをしながら――そう話した。
こうして報告書の精査をしていたためか、気づけば……時刻は19時を過ぎていて。
(レイラとの約束の時間が……間近だったか)
時間が経つのが、思いのほか早いことを……時計を見て――あらためて実感した。
「じゃあ、アタシは……そろそろ行くとするわ。ゆっくり疲れを癒しなさい」
「……レイヴンも、休んでくれ」
「ええ。もちろん! アタシは……無理はしすぎないのがモットーよ、お肌にも悪いからね」
「……」
再びレイヴンの調子が戻ってきたのを感じて、俺は二度目のため息をついた。
そしてレイヴンはスタスタと、執務室の扉を開けるために歩いていき。
ドアの前に立つと――。
「ねぇ、ジェイド……確かあなたが――妖精の力で寝つけなくなったのって……上皇后様が現役の頃だったわよね」
「……そうかもな」
「ちょうど、上皇后様が30歳の頃と……その時期が被っているのも、アタシは不可解に思っているわ」
「……」
「まぁ……まだ“可能性”ってだけだけれどね。続報を楽しみにしててちょうだい」
「――頼りにしている」
「ええ、まかせなさい! じゃあね」
いつもよりも低い声で、そう話したジェイドは――去り際の挨拶だけは明るく声をあげて、ドアを開けて出て行った。
執務室に一人になった俺は――。
(そうか……。妖精の力による不調も……その頃だったな)
どこか苦々しい思いを再確認しながら。
再び時計へ目をやって。
(だが――まだ分からないことで、推測ばかり立てても仕方がない。今は……レイラとの約束に集中しよう)
意識を切り替えた俺は――椅子から立ち上がって。
執務室から出て行くことを決めた。
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