122.不可解
ノエルと上皇后様が二人映る動画の中で。
不自然な黒い靄を見て――理解が追い付かない。
もしかしたら、機器の不具合で映ってしまった可能性だってあるのだが――。
先ほどの写真を見るからに、不鮮明なエラーが出るとは考えづらい。
そもそもこのカメラでは、マイヤードの不正の事実も撮っていて……その時はくっきりと鮮明な映像を出していた。
そうなるとつまり……。
「肉眼では……見えないものを映していたの……?」
まるで心霊映像のような。
そう思うと、背筋にゾッとした怖気を感じてしまう。
確かめるためにもう一度、最初から動画を再生してみるも――やはり結果は同じで。
これはいったい何なのか、と。
そんな疑問が頭を埋め尽くす。
(ジェイドに聞いたら……何か分かるかしら?)
ちょうどあともう少しで、ジェイドに会える時間なため。
私よりも妖精のことや、上皇后様について詳しいジェイドに聞くのが早いだろう。
(けど……ただ待つのは時間がもったいないわ。もう一度、本を読み返して……何か手がかりがあれば……)
そう思った私は、ベッドから立ち上がって。
先ほど座っていたソファに戻る。
そしてテーブルに積み重ねられている本に、手を伸ばして――ジェイドがここへ訪れるまでの間、自分なりに調べてみるのであった。
■ジェイド視点■
執務室には、朝日がカーテンから差し込んでいた。
部屋の中にはレイヴンと俺だけがおり。
レイヴンからは、調査報告を直接受ける時間であった。
「はぁ……お互い、ず――っと忙しいわね? 陛下」
「……」
「ちょっと! 幼馴染が話しかけてるんだから、返事くらいちょうだいよ!」
「……仕事での会話が俺らにはふさわしいと思ってな。レイヴン」
「こ、これ以上の仕事……っ。まぁ……確かに解決しなきゃならないことではあるけれど……」
先日ノエルが執務室へ来た日に――母上から送られた奇妙な贈り物を俺が「証拠」として保管したあと。
その翌日すぐに、レイヴンにその「証拠」を渡していた。
加えて――レイヴンから……その日に受けた報告によると。母上の宮では、人の出入りが多くなく――「いたって普通の暮らし」をしていることが分かった。つまり……母上は「ノエルがレイラによって――洗脳が解けてしまっている」ことに、気づいていない。
(だから焦る必要もなく――おそらく計画通りに、ノエルに連絡を寄越したのだろう)
母上が分かっているのは、自分の専属侍女だったマイヤードが「水」になってしまったこと。そして俺が、ノエルの部屋前に護衛をたくさん配備していること。それだけだ。
(察するに……母上は、専属侍女が水になって大事になろうとも――関係ないのだろうな。母上には大権があるし、罪には問われにくいことを理解している)
たとえ侍女が、何かの失敗を犯したとしても――証言するまえに「水」になってしまう。
それよりもノエルに薬を飲ませたことで……得られる洗脳状態のほうが優先度は高くて。ノエルが体調不良だったことを知っているのは俺を含めて――少数のため……母上は、知らない。
ゆえに、自分の計画が頓挫してしまっていることを知らないのだろう。
(それにノエルに薬ではなく……あんなものを送ったということは――もう薬は服用が不要な段階……というわけだ)
いよいよ母上の計画が大詰めのところなのだと、察した。
だからこそ、これ以上いいようにはされないために……こうして証拠や状況を上手にとって。レイヴンに氷塊の成分研究や――騎士団への指揮を執ってもらい母上の動向を……今まで以上に深く、探ってもらっていた。
「それで、何か分かったのか」
「はいはい……仕事をスムーズに進めましょうか。今日は大切なレイラ様に会う日、ですものね。早めに仕事は終わらせたいわけね」
「……レイヴン」
どこか茶化すようなレイヴンの口調に、俺が低い声を出せば。
レイヴンはこれ以上は刺激をしないかのようなポーズとして――背筋を伸ばして、姿勢をあらためる態度を取る。そんな調子のいい幼馴染に、俺はため息をついてしまう。
(だが、ようやく……レイラに会える日を組めた。今日は必ず――彼女に会いに行く)
ここ最近は、母上の件で……朝から深夜までかかりきりだった。
そんな中……レイラから手紙をもらって。
ようやっとできた隙間時間に……彼女に会いに行くべきだと――そう思ったのだ。だから、本日……休養中の彼女を見舞いに行くことを――レイラに伝えていた。
レイラに少しでも早く会える時間を作るためにも。
意識をあらためて――とりかかっている母上の件に戻す。そうした時、レイヴンが神妙な顔つきで……口を開いて。
「もらった証拠の……氷塊は今――アタシの屋敷で解析をしているわ。だから、もう少し結果は待ってちょうだい」
「……わかった」
「今日は……上皇后様の近辺について報告するわ……まぁ、近辺というよりも――上皇后様自身のこと、かしら」
「母上自身のこと……?」
「ええ……その……」
レイヴンは言いづらそうに、下を向いてから――少し間を置いたのち。
再び顔をあげて……。
「上皇后様は……退位してから――老いていないの」
レイヴンからそう告げられて、俺は理解が追い付かなかった。
だから、思わず俺は……。
「――老いていない……?」
レイヴンから聞いた言葉を――聞き返していた。
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