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121.平常心



(べ、別に……緊張とか、そんな、そんなことはないけれど……)


侍女に時間を聞いたこともあって。

なんだか、変に意識してしまったが。


だ、断じてジェイドの来訪を期待しているわけではない。


確かに会えて嬉しい感情はある……それはつまり、家族的な……親愛としてというか……。


なぜだか分からないが、私は自分に言い訳をしていて。心の平静をとるのに集中していた。


「ふぅ……平常心、平常心……」

「王妃様……? いかがなさいましたか?」

「え! い、いえ、なんでもないわ」

「そうなのです……ね……?」


私が自分を落ち着かせるために言った言葉を――侍女に聞かれたようだ。


なんでもないと……強引に説得させて、なんとかやり過ごすことができたが……こんな状態では、本も読めないと思った私は……。


(カメラで撮った――セインの驚いた顔でも見ようかしら……)


一日中、本ばかりで……飽きてしまったため、

以前、カメラで撮った写真を見るべく――部屋に置いてある大きなカバンへ手を入れた。


(たしか……はじめはノエルの写真を撮ろうと思って……結局撮れずじまいだったのよね)


あの日はちょうど……ノエルに会いに行こうと思っていた日だった。


しかし会いに行った矢先に――ノエルが上皇后様と会っているのを目撃して。


(きっとそこで……マイヤードが言っていた薬に関して……話があったのよね?)


鞄からカメラを取りだしながら。

私は、少し暗い気分になる。


それほどに上皇后様に関する話題は――ネガティブなイメージを持ってしまう。


(そもそも……上皇后様……ジェイドの母親は――物語で詳しく語られる前に、退場していて……)


そう、私の知っている物語では……ジェイドの母親はノエルの成長途中――ちょうど今くらいの時期に、訃報が来て……。


私が頑張ってしたダンスの練習――その練習成果を見せる「舞踏会」が始まる前に亡くなっていた。


だから、そのイメージの中でなら舞踏会は、この時期には開催されなくて……。


(けれど……そんな悲しいニュースは聞かないし――上皇后様が体調不良なんてことも聞かないわ)


自分が知っている知識と違う現実に、奇妙な感覚を持つものの。


そもそも自分が今、暮らしている王宮の雰囲気だって――ずいぶんともともとの物語とは違う様相になった。


ノエルを虐げていたレイラは――そんなことをしないし。


冷え切った夫婦関係のジェイドとも、関係改善をしていて――。


(ただの気にしすぎな……だけ、かしら?)


私は鞄から取り出したカメラを手に持って。

ベッドの方へ近寄り――腰かけた。


――ウィーン。


ボタンを押して、カメラを起動すると。

前世の頃の記憶とそっくりな、カメラの起動画面が出てくる。


特に違和感なく、今まで取った写真のフォルダを見ようと――操作をすれば。


(あ、セインのギョッとしている顔が……)


はじめのほうにあったのは、セインを撮った写真。

それとノエルに会うまでに――なんとはなしに撮った練習用の写真だ。


花だったり、王宮の建物の内装だったり。


そういえばこういうのを取っていたな……と写真データを見ていれば。


(あら……? 動画……?)


一つだけ、違う形式のデータが残っていた。


確認するためにボタンを押せば……。

画面越しに最初に見えたのはノエルの横向きの姿。そしてすぐに――ノエルが上皇后様を出迎える瞬間に変わっていく。


(……この時、つい手に力が入ってしまって……動画撮影のモードを起動していたのかしら……)


苦い思い出を再度、目の前に映し出され。

気分はより暗くなってしまう。


間違えて撮影してしまったのであれば、データを消そうとそう思った時。


「え……? これは……」


私は思わず声を出していた。

というのも、上皇后様がノエルの肩に触れて――どこかへ向かおうとしている姿が映っている中。


上皇后様の手や――彼女の身体の周りに目が行く。


(どうして……上皇后様の周りに黒いホコリが……いえ、手からも――)


そう、見えたのは――上皇后様にまとわりつく黒い靄だった。


しかもノエルに触れた際には、手から出ていた靄が……ノエルの方へ向かっていく様子が見える。


けれど――記憶の中では。

ノエルと上皇后様を自分の目で見た時には、黒い靄なんて見えなかった。


それなのに、映像の中にはくっきりと黒い靄があって。


(どういう……こと……?)


私は目の前の映像から、目が離せなくなった。




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