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117.凍る



■ジェイド視点■



「入るといい」

「……失礼します」


ノエルからの声を聞いて、入室を許可する。

すると、執事と一緒にノエルは執務室へ入って来た。


ノエルが――今日、俺の執務室に来るのは……想定外だった。


まだノエルは病み上がりの状態で……いくら医者がもう大丈夫と言っても、休むべき時期だ。だから、ノエルのスケジュールは現在――授業は入っておらず、数日後から再開する予定だった。


それに今日は、レイラへお見舞いもしていたはずで――長く過ごしたのだから、ゆっくりと自室で休んでいるのかと思っていたが。


(……ここに来る理由……か)


すぐにノエルが何かしらの理由で、俺のもとへ訪ねてきたのだと考えた。


レイラに対しては温かい家族関係として、気兼ねなく会いに行くという流れが理解できる……が、自分に対しては「来なければならない理由」があるからだと、理解する。


きっとレイラに……こうしたノエルとの関係を言うとしょんぼりとさせてしまいそうだが――現状は、今の関係をすぐに変えることが難しいのも事実だ。


「……何かあったか」


ノエルが来た理由について問おうとする俺に、ノエルはピクッと身体を動かして反応した。


「はい……おばあ様の件について、です」

「……ほう?」


ノエルの口から出た言葉に、俺は――無意識のうちに眉間に力が入る。


そんな中、ノエルは再度口を開いて。


「――おばあ様から物が届きました」

「……なんだと?」


告げられた内容に、俺はより眉間への力が増してしまう。


(護衛騎士を配備したうえで……母上がノエルへの接触を図ってきたか)


嫌な想像が容易について、俺は苦虫を噛み潰す。


「バルコニーに、これが……置かれておりましたので。すぐに知らせるべきだと思い、持ってまいりました」


ノエルは淡々と事実を話し、おもむろにセスから一つの筒を受け取り。


見せるように差し出す。

物を確認することもそうだが――俺の中ではある疑問が浮かぶ。


(バルコニーに物が置かれた? 母上は水の妖精の加護で……物を他の場所へ運ぶ風の妖精の力など――なかったはずだ。しかしノエルを洗脳しようとした薬しかり……俺が知らない力を持っていてもおかしくはない、か)


そんな不可解な事実に、モヤモヤとした気持ちが生まれながら。


ノエルが持つ筒に目を向けて――。


「……嫌な気配がする」

「え……?」

「まだその筒は開けてはいないな?」

「は、はい……」

「ならば、床に置け――そして、執事と共にこちらへ来い」


筒から感じ取ったのは――いつぞやの庭園で、レイラと過ごしていた時に現れた……母上から感じた嫌な気配だ。一度、触れたことがあるからか……ゾワリとした感覚を持った。


(本当にわずかゆえに――ノエルには、感知されないようにしていたのか)


上皇后からの賜りものならば、悪意が込められていたとしても、自然と開けてしまうだろう。相手が格上ならば……下には通常、拒否権なんてないに等しいゆえに。


ノエルは俺から言われたことに、素直に従って――筒を床に置いてから、執務机の奥――俺の背後に執事と共に立った。


その顔には疑問がありありと浮かんでいるのが分かった。


そんな中――俺は、突然の来客がこないように執務室の鍵を閉めてから。


ノエルたちを庇うように背を向けて……筒の前に立つ。そして筒に手を掲げて――筒ごと水泡に包み、空中へ浮かせる。


筒からの気配を出さないために、水泡に包んだのち。俺はその筒を開けるために、水泡の中へ手を入れて。


ゆっくりと筒を上下にひねって開けた。

その瞬間。


――ボワァ。


筒から黒い煙が、漏れ出してきた。


「なっ……!」


それを見たノエルは、驚きの声を上げる。

一方の隣に控える執事は――絶句しているようだった。


水泡の中に黒い煙が漏れ出たのを確認した――その時。

俺は手から……妖精の力を出しながら。


「――凍れ」


そう、言葉を紡ぐと。


――パキンッ。


水泡の中にあった筒の耐久が……温度変化によってなくなったのか、破壊され――黒い煙とともに筒の破片ごと凍らせた。


そして黒い煙と破片は、一つの氷塊として……俺の手元に残る。

それを片手で持つ中――それ以外のものとして。


筒の中にあったであろう紙が一枚……ひらりと出てきたのであった。




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