116.探す
■ジェイド視点■
窓から――明るい日差しが入り込む中。
俺は、執務室で椅子に座って書類を眺めていた。
すると扉からドアノックの音が響き――護衛騎士の声が聞こえて来た。
入室を許可すれば……彼は、報告を淡々と告げてくる。
「王妃様が、先ほどお目覚めになられました」
「……そうか」
「現在、ノエル殿下と共にお部屋で過ごしとのことです――ご報告は以上となります」
「分かった――下がっていい」
「かしこまりました」
俺がそう伝えれば、護衛騎士は恭しく礼をしたのち。
執務室から出て行った。
執務室に残っているのは俺一人となった。
再び書類に目を通そうと――そう思うが……。
(レイラが……無事に、目覚めたようで良かった)
報告を聞いている時は、表情に一切出さなかったが。
内心――安心している俺がいた。
実は数時間前に……なかなか起きる気配がないレイラの様子を見に――彼女の部屋を訪れていた。
自分でもらしくない――そう思いながらも、俺が部屋へ入ってきてもスヤスヤと眠る彼女に不安が募ってしまった。気づけば、医師を呼んで……体調に問題がないかを調べてもらった。
医師からは身体に問題はない――そう聞いてはいたものの。
(こうして報告を聞いたら……ようやっと自分を安心させられる、とはな)
報告を聞いて――安心した一方で。
本音としては……。
(レイラの無事を……自分の目で……)
確認したくなる思いが生まれていたのも事実だった。
しかしそうしたいのは山々でも――目の前の書類から、今後の解決を決めていくのも重要で。
(母上の件が――思った以上に難航するな)
ノエルの部屋で、殺人行為とも呼べる暴挙を行っていた母上……現・上皇后。
明らかに妖精の力が強く、母上の専属の侍女が起こした不可解な行動――その事実があるにも関わらず、拘束や捕まえることができないでいる。それは、その証人である「侍女」……マイヤードが水にされてしまったから。
目撃者として、俺を含む幾人かがいたが……あくまで「侍女」が起こした行動であって、上皇后が起こした事実がない。
(本当は生かして捕えられたら……良かったんだがな)
もはや結果論となってしまっているが、ようやっと尻尾が掴めそうなタイミングなのに――歯がゆくなる。しかも……。
(こうした侍女に関わる……母上の犯行を握っていそうな人物たちが、全員……水になっていたとはな……)
用意周到に「上皇后が犯したこと」を証言しそうな人物たちが消されている。
(レイヴンと、すぐに会議をしたものの――こうして証拠を潰されてしまうと……話が変わってくるな)
レイラが疲労ですぐに眠りについた日。
俺が彼女を部屋へ送ったのちに、すぐにレイヴンとは今後の流れを相談していた。
上皇后による行動は目に余るものがあるため――大権をはく奪して、隠居させる方向で動こうと話した。そのためにも、レイラの専属騎士の目撃情報やマイヤードの近辺を精査したのだが……結果は「水」だけが残る形となった。
「これがすべて母上の……妖精の力だとするのなら――年を取っても力が増大しているのか……?」
年を経るごとに――通常は妖精の力は減っていく。
というのも、加護を与えている妖精が年齢に応じて――主と共に老いていくのだ。
ただ妖精の力の強さによっては、弱まるスピードも変わっていくため一概には言えないのだが……。
(そうだとしても……母上の強い力は……)
どこか違和感を持つほどのすごさだ。
確かにもともとは国王という立場であったので、大層な力があっても不自然ではないが……。
(俺が自分の力を扱えない……劣等感ゆえに――そう感じるのだろうか……)
ひとまずレイヴンには、目撃者や証人を探すよりも――母上の近辺について、あらためて捜査してもらっている。
そして現状、執務机の上には――レイヴンのやる気もあってか……「上皇后に関する報告書」が山積みになっている。これを精読して、何か気がかりな点を見つけなければならない。
かなりの量にはなっているが……こうして母上を調べられる機会は、初めてのチャンスだった。
通常なら、現・上皇后を調べるなんて「不敬」だと糾弾されてしまうため……こうしてノエルの一件や侍女の一件によって、「捜査協力」という名のもと動けるようになっているのは――チャンスなのだ。
「……まともに調べることが――こうも、ままならないなんて……な」
思わず、ため息が出てしまう。
こうした王宮内の権力図がややこしいことに、頭が痛くなった。
それも実の母親が、壁として――立ちはだかるなんて。
しかしいくら気が重かろうと、この問題を野放しにするつもりは毛頭ない。
あらためてレイヴンからあがってきた報告書に――再び目を通していれば。
――コンコンコン。
「失礼します。陛下――舞踏会の準備に関しまして、お目を通していただきたいものがあります」
「……入れ」
俺がそう言えば、文官が執務室へ入って来る。
そして執務机に――舞踏会に関する資料が置かれた。
(もうあと……二週間後に舞踏会、か)
母上の問題も対処しなければならないが――舞踏会の準備についても……力を抜くことなんてできない。
舞踏会について考えると、頭の中には……ダンスの練習を一緒にしたレイラの姿。
最初はかなりぎこちなく……まるで小鹿のように震えていたのを覚えている。
(まさかあれほど……慣れていないことだったとは、な)
その時のレイラのことを思い出すと――。
「……ふ」
「? 陛下? 何かおっしゃいましたでしょうか?」
「……何も。気にするな」
「は、はい……」
無意識のうちに、笑みがこぼれていてしまったらしい。
すぐに顔をいつも通りの表情に戻して、文官の説明を聞きながら――机に置かれた舞踏会の資料に目を通す。
(やるべきことを終えなければ――レイラに合わせる顔がないな……)
できたら彼女の笑顔が見たい――彼女に気苦労なんて、これ以上かけたくもない。
そう思うとより一層、政務における気合が入るような気持ちになった。
◆◇◆
高い集中力のまま――政務に力を入れていれば。
窓からは、夜の月明かりが見えていた。
舞踏会の確認について、先んじて終わらせて――文官に資料を返した。
そのため執務室にはまた俺一人となり……「母上の件」について対処を考えあぐねる。
「明日のレイヴンの報告を待つべきか……」
上皇后に関する――すべての報告書を読んだが。
現状の報告だけでは、証拠はすべて「水」という状態しか分からなかった。
しかしレイヴンはまだ上皇后の近辺を調べ続けているため、明日になったらまた――新しい証拠が発見される可能性だってある。
今日はここまでで、切り上げるべきかと……そう考えていた時。
――コンコンコン。
「……誰だ?」
執務室の扉をノックする音が響いた。
その音に、声をかければ――。
「夜分遅くに申し訳ありません。ノエルです」
「……ノエル?」
聞こえてきた声に、俺は思わず――そう名前を呼んでいた。
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