106.疲れを癒すために
「ジェ、ジェイド……! も、申し訳ないわ……!」
「何も申し訳なくない。妻の体調が悪いのなら、俺が支えたいと思うのは自然だろう……?」
「そ……れは……」
私をお姫様抱っこしながら、堂々とそう言ったジェイドに私は何も言えなくなる。
嬉しいような、今の状況が恥ずかしいような。
けれど、彼がぎゅっと抱き上げてくれるおかげで――彼の温かな体温に安心感を感じた。
(なんだろう……ベッドの布団のような、優しさというか……)
こう思ってしまうのは失礼なのかもしれないが――それほど、彼が側でこうしてしれくれることに安心感を持ったのだ。
「レ、レイラ様……大丈夫? 意識はあるかしら?」
「レイヴン卿……心配をおかけし……ごめんなさい」
「! 謝らなくていいのよっ! そもそも、よく考えたら――もう朝で……ノエルのために妖精にも向き合ったでしょう?」
レイヴンは私を心配そうに見つめながら、そう優しく語り掛けた。
「アタシは他の妖精を直接触ることはできないけれど――こうして妖精の力を使えば、身体が重くなるもの。きっとレイラ様は、アタシ以上に疲労を感じていても無理はないわ」
「そう……かしら……?」
「ええ! だから無理はしないで……それに頼れるジェイドをこき使っちゃいなさい!」
「ふ、ふふ……」
明るく励ましてくれたレイヴンの言葉に、私は笑みを浮かべた。
そしてレイヴンから言われた妖精のことから――確かに、ダンスの練習以上に……緊張が大きかったことを思い出す。
私自身、妖精の力は使えないため……レイヴンが言っていた「守り手」がいったいどんなことをするのか、まだ要点は掴めていないが――。
(けど、確かに――今までとは違うような……)
黒くなったライオンに、「触った」というよりも――「黒いものを取り払おう」としていたのだ。
だから今まで使ってなかった筋肉を、酷使してしまっていたのかもしれない。
(猛獣に触るのも、すごく……緊張したものね)
思い返せば、慣れてないどころか。
一生に一度味わうかどうかの行動をしていたような気がする。
こうしてようやっと日常――ジェイドが側に居てくれる安心感が戻って来た感じが――。
(ホッとして……眠気が一気に……)
まぶたが重くなり、目を開けるのが難しくなった時。
「――ゆっくり休め」
「ジェ……イド……」
「お前は何も悪くないし――気がかりなものは全て、俺が取り除く」
「ありが……と……う……すぅ……」
私は、目が閉じるギリギリの間際で、なんとか彼へお礼の言葉を言った。
本当なら、私と同じく――徹夜明けのジェイドに、休んでほしいと……そう伝えたかったのだが。
こうして自分のために……言葉をかけてくれた彼の気遣いを感じて、素直に甘えさせてもらった。
(起きたら……ジェイドに、あらためてお礼を言って……彼の体調を確認しなきゃ……)
そう、心の中で決心をしたのを最後に、私は夢の中へ意識が向かってしまうのであった。
■ジェイド視点■
自分の腕の中で、身体を預けてくれた――レイラの様子を見る。
すると「すぅ……」と、穏やかな寝息を立てていることが分かり、思わず安心して――ふっと笑みを浮かべていた。
「本当に……アタシが見たことのない顔ばかり――出せるようになったのね?」
「レイヴン……彼女が起きたら、どうするんだ」
「……! ちゃんと気遣えるようになって……もう、今日は驚き疲れちゃうわね」
相変わらず、俺への茶化した物言いにそう返事をすれば。
レイヴンはさらに目を見開いて――先ほども小声だったが、さらに声量を抑えて言葉を返してきた。
幼馴染として頼れる存在ではあるものの、こうしてこちらを煽ってくる言い方に思わずため息が出てしまう。
(だが、今はそれよりも――レイラを休める場所へ連れて行くのが先だ)
昨日はダンスの練習のほかに……俺の身体の苦しみを和らげるため、身体をさすってくれていた。
そんな行動をしてくれた後の――ノエルの部屋での出来事だ。
かなり体力を消耗しているはずで……。
(もっと……レイラに苦労がかからないように……)
先ほどのノエルの妖精との接触でも――彼女が上手く立ち回ってくれたおかげで、ノエルへの被害はもちろん……レイヴンや俺への被害も抑えられたのだ。
しかしそう何度もレイラに、こうした辛さを対応させるわけにはいかない。
(早急に、問題を取り除かなければならない)
ノエルにこうした体調不良を起こさせた元凶については――すでにマイヤードの発言から、目星はついている。それだけでなくとも……ずっと自身の「大権」を振りかざして動いてきた人だ。
取り組むべき問題を頭に浮かべると――自然と眉間に力が入っていた。
「――今回の件は、大権があろうとも見過ごせない」
「……そうね」
「レイラを部屋に送ったのち……」
「アタシは、あなたの執務室へ向かえばいいわね?」
「ああ、頼む――それと、レイラの専属騎士だけでなく……俺の護衛騎士を含めて――ノエルとレイラの部屋の前での護衛を配備してくれ」
「っ!」
俺がレイヴンにそう伝えれば、レイヴンは息を呑むような表情になり。
「……この国での精鋭の騎士をつけるなんて。それほどの覚悟ってこと、ね」
そう、ぽつりと言葉をこぼした。
そして、再び口を開くと。
「分かったわ。確かに……あの方の侍女が帰ってこないということは、間違いなくノエルとレイラ様に目が向くものね」
「……」
「それなら、善は急げよね。アタシの妖精を使って、事情聴取を受けてるセインちゃんのところに連絡を送るわ――あなたがレイラ様を送り届けた時には、もう部屋の前へ騎士たちは待機しているはずだわ」
「――頼んだ」
「それと……今、目を覚ましたばかりのノエル……彼の部屋の前には、騎士が到着するまでアタシが護衛しとくわ」
「……感謝する」
きな臭くなっていく王宮内の雰囲気に、レイヴンも一段と危機感を感じているようだった。
こうして自分が命じたこと以上に、先回って手配してくれるレイヴンに感謝をしつつ。
その場でレイヴンと別れ――俺はレイラを起こさないように、彼女を部屋まで歩みを進める。
「……どうか、ゆっくりと休んでくれ」
「す……すぅ……」
「良い夢を、レイラ」
レイラが少しでも回復できるように、と。
俺は自然と――そう、言葉を紡いでいるのであった。
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