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【書籍発売中】ユーリ~魔法に夢見る小さな錬金術師の物語~  作者: 佐伯凪
第四章 魔法への三歩目~グレゴリアの書記とエレメント~
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第091話

 年末を今年もアデライデの家で過ごし、年始になった。外には雪が降り積もっている。

 もうすぐ学年末特別試験の季節である。

 ユーリはというと、セレスティアとの訓練をしたり、錬金術の研究をしたり、たまにニコラが持ってくる魔力箱を開けたりと忙しい日々を過ごしている。

 今は魔力の波長の研究からは一旦離れ、錬金術品評会に提出する魔導具の製作にしんでいた。


「うーん。やっぱりうまく行かないや」


「どうかしたんですか?」


 どうやら魔導具の作成も行き詰まっているようだ。


「今年の錬金術品評会に提出する魔導具を作ってるんだけど、全然出来なくて。なんでだろ」


「何を作ろうとしているんですか? 私で良ければ相談に乗りますよ」


 エレノアの心強い言葉に、ユーリが失敗作の魔導具を取り出す。


「これなんだけどね。水道が無くても水を出せる魔導具を作ろうとしてるんだ」


 その魔導具は、金属製の鍋に蛇口が取り付けられたような形の魔導具であった。

 ……いや、実際にユーリがゴミ捨て場から拾ってきた鍋と蛇口で作ったのだが。


「ナイアードの髪とひまわり草を使って、光の力を水にして出そうと思うんだけど、全然出来なくて。錬金自体はうまくいってるんだけどなー。なんでだろ」


 一向に水の出る気配のない蛇口を捻り、自らの首も捻るユーリ。そんなユーリに向けてエレノアが言う。


「えっと、無理だと思いますよ?」


「え?」


「あれ? 錬金術の最初の方の授業で習いませんでしたか? 水を出す魔導具を作ることはむずかしいって」


 エレノアも首を傾げる。何故そんなことも知らないのだろうと。ユーリ君はあんなに錬金術が上手いのに、どうして錬金術の基本を知らないのだろう、と。


「えっと、僕、まだ錬金術の授業受けたことないから」


「……あ」


 そうなのである。錬金術の授業が始まるのは中等部から。初等部二学年であるユーリが錬金術の授業を受けている訳がない。

 ユーリの知識はほぼ全てエレノアとの会話から得たものであり、逆に言えばエレノアが教えて無いことは知らないのである。


「ごめんなさい。ユーリ君があまりにも錬金術が上手なので忘れてました。えっと、何故水を出す魔導具を作ることが難しいのか説明しますね」


 エレノアはコホンと一つ咳払いをし、ユーリに貰った『ポカポカ君スプーン』を机の上に置いた。


「制作者であるユーリ君に聞くのも変ですが……このポカポカ君スプーンの原理は分かりますか?」


「うん。ナイアードの髪を使って水流を力にして、火トカゲの尻尾で熱にしてる」


「そうです。ではこちらは?」


 今度は研究室にある机。それにかけられたポカポカ君ブランケットを指差す。


「ホオズキの実とヘルハウンドの毛皮を使って、風の力を熱にしてる」


「では、蓄光石……ルミエールストーンはどうですか?」


「ひまわり草で光の力を貯めて、暗くなったら発光するようにしてる」


 自分で作ったので当たり前ではあるが、ユーリはスラスラと答えた。


「その他にもユーリ君が今までに作ったものを思い浮かべてください。共通点が分かりますか?」


 ユーリは今まで作って来たものを思い浮かべる。

 蓄熱石、蓄光石、ポカポカ君、ヒエヒエ君、ピカッと君に、ナイアードの泉の水を汲んで来た水筒。共通点は何だろうか。

 珍しくユーリが頭を悩ませる。


「共通点というと難しいですね。ユーリ君が今作ろうとしているものとの違いを考えると良いかもしれません」


 エレノアからヒントを貰い、ユーリは考える。今まで作って来たものと、今作ろうとしているものとの違い、それは……


「……物質を、作り出そうとしている?」


「正解ですっ!」


 エレノアはまるで自分が正解したかのように笑顔になり拍手する。


「今までユーリ君が作って来たものは、エネルギーに関係するものばかりでした。熱にする、光を貯めて放つ、冷やすといったものですね。ですが今回は『水という物質を生み出す』魔導具を作ろうとしていますよね」


 エレノアは言いながら鍋と蛇口が合体したガラクタ……もといユーリの作った魔導具を手に取った。


「ユーリ君が作ったこの魔導具、実は成功しているとも言えるんです」


「え、でも水は出てこないよ?」


「そうです。『蛇口から出てくるほどの量の水』が生み出せてないだけで、ほんの少し、すぐに蒸発してしまう程度の水は出来ていると思いますよ」


「つまり、素材の力が足りなすぎるってこと?」


「簡単に言えばそうなります。水を十分に生成するとなると、少なくともドラゴン超級の属性値を持つ素材が必要だと言われています。ドラゴン超級の素材であれば、中和剤もユニコーンの角レベルじゃないと錬金中に焼き切れてしまいますし、そもそも人間一人程度の魔力で錬金が完了するかどうかも怪しいですね。錬金台も、多分ここにある錬金台では出来上がるまで持たないでしょう。おそらく現代の錬金術では作成は不可能だと思いますよ。砂漠にある国に、水を生み出す魔導具が一つだけあると聞いたことがありますが、それも現代の錬金術で作られたものではなく、古の時代の遺物だという話ですし」


 まぁ、その話すら眉唾ものですが、とレエノアは言う。

 足りない。足りなすぎる。ユーリは自分が如何に錬金術を軽く見ていたかを痛感する。


「あれ、でも」


 ユーリは気がつく。フィオレやノエル、オレグが使っていた魔法を。彼らは簡単に水を生み出していたように思える。


「水の魔法を使える人、たくさんいるよね? 矛盾してない?」


「してませんよ。魔力はエネルギーと物質の両方の特性を持ちますから。というか、魔力はどちらにも変換できる、と言った方が正しいかもしれません」


「でもでも、第一の錬金術では金属を作り出せてるよね?」


「あれは作り出しているのではなく、物質を変換させているんですよ」


「じゃあポーションは?」


「精製水に治癒作用を付与している、というものです。どちらも『無から何かを生み出している』訳では無いですね」


 隙のないエレノアの回答にユーリがこうべを垂れる。


「僕、中和剤と素材の力で、魔法が使えるようになるんじゃないかって思ってたや……」


「それで出来るなら、多分もう他の人が達成してると思いますよ」


「そーかもしれないけどさー」


 エレノアはブスくれるユーリを見て苦笑いだ。いくら子供離れした錬金術の才能があっても、子供は子供。むしろ、そんな子供らしい一面に少しホッとするエレノアである。

 しばらくウジウジぶつぶつと不貞腐れていたユーリだが、気持ちを切り替えたのか、スッと体を起こした。


「じゃあさ、自分の魔力を動力にしている魔導具とかってある?」


「いえ、私は聞いたことはないですね。おとぎ話には『魔剣』等がよく出てきますが、実在するという話は聞いたことはありません」


「そっかー。ありがと。んー、あれ。でもエレノアが作ってた魔力鍵って……」


 そこまで言ってユーリは慌てて手で口を抑える。エレノアを見ると、ズーンと言う効果音が聞こえて来るのでは無いかと言うほど暗い表情をし、自嘲気味に笑っている。


「あはは、あの出来損ないの鍵の事ですね。あれは魔力を動力としてる訳ではなく、波長を鍵にしているだけなので違いますよ。魔力用紙も似たようなものです。ハハハ、申し訳ありません。鍵すら出来損ないの上に、ユーリくんのお役にも立てなくて……」


「ご、ごめんなさい……」


「いえ、ユーリ君は悪くないんですよ? むしろ感謝しています。あの鍵が出回ったら、ピッキングされて大変なことになっていたかもしれませんし……あはははは……」


 エレノア肝入りの新作魔導具だった魔力鍵。かなりの期間と労力をかけて作ったため、完成と同時にスクラップに成り果てたときのダメージはまだ抜けていないようだ。

 ユーリはエレノアを慰めつつも、次の試行に向けて考えを巡らせるのであった。


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