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【書籍発売中】ユーリ~魔法に夢見る小さな錬金術師の物語~  作者: 佐伯凪
第三章、魔法への二歩目~ダイオウクラゲと中和剤~
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第077話

「行きに三日、滞在で五日、帰りに三日として、十一日。うーん、風邪ってことにしておけばいいかなー……」


「……もしかしてサボりの計画でも立てているの?」


 ユーリが教室でシグラス村に行く計画を立てていると、ナターシャが呆れた様子で声をかけてきた。


「おはようナターシャ。ちょっと錬金術で欲しい素材があるんだけどね、シグラス村ってところにしか無さそうで。馬車で三日もかかるんだー」


「シグラス村……東の漁村ね。そんなところに何を買いに行くの?」


「ダイオウクラゲ!」


「ダイオウクラゲ?」


 知識の多いナターシャでも海洋生物のことまでは詳しくないようだ。


「うん。魔法が効かないクラゲなんだ」


「ふーん。そんなに遠出するお金はあるの?」


 ナターシャの言葉にユーリの動きがピタリととまる。

 ナイアードの髪を手に入れようとしていたときは冒険者等級を上げるために多少稼いではいたが、それからというもの錬金術の研究に傾倒しっぱなしで全然稼いでいなかった。いや、8歳の少年がお金を稼ぐ事自体が異常なのだが。


「そういえばモニカが片道二万リラくらいかかるって言ってたような……往復で四万リラ……」


 決して安くはないが、そのくらいならば今のユーリでも払えないことは……


「シグラス村に行ってる間の宿はどうするの? それに学園と違って食費だってかかるわよ」


「うぐぅ……」


 ユーリが好き勝手出来ているのは、衣食住を全て無料で賄ってくれている学園の力が大きい。

 しかし、シグラス村には当然ながら学園の寮などないのだ。


「……またナイアードの泉の水、取ってきてくれないかしら。お金なら払うわ」


 金欠のユーリにナターシャがそんな提案をする。


「だめだよ!」


 しかし、その提案はユーリに強く否定されてしまった。


「ナターシャは大切な友達だもん! お金なんてもらえないよ!」


「……でも」


「いいのっ!」


 変なところで意固地になるユーリにナターシャは苦笑する。


「じゃあ、お言葉に甘えてもいいかしら?」


「うん! 次の休みにでも貰ってくるね! 無くなったらまた取りに行くから、いつでも言ってね! 遠慮しちゃやだよ!」


「……ありがと」


 どこか照れたようにナターシャが横を向いて礼を言うと、ユーリは満面の笑みになる。しかしその笑みもすぐに消えて困り顔になった。


「それにしても、うーん、お金かぁ……。お金、お金……そうだ! ニコラに相談しよう!」


 ポカポカ君手袋が高値で売れてから、ニコラに手袋の量産を頼まれたが、ユーリもエレノアも乗り気ではなく、数個作る程度しかしていなかった。

 今の季節だとポカポカ君手袋は売れないだろうが、ニコラなら何か良い商売を思いついてくれるかもしれない。


「ありがとうナターシャ! なんとかなりそう!」


「私は何もして無いわよ」


「ううん、ナターシャのおかげだよ!」


「まったく、どこまで人がいいのよあなたは……」


 ユーリのお人好しぶりに、少し心配になるナターシャであった。



 放課後。ユーリは中央広場へとやってきた。目的はもちろんニコラである。

 冬までは露店を開いていたニコラであるが、今では屋根付きの一画を借りて商売をしている。ポカポカ君の儲けを元手にした商売が軌道に乗っているようだ。


「ニコラ久しぶりー」


「あらユーリ。いらっしゃい。ポカポカ君をもっと作るに気にはなったかしら?」


「あはは、夏なのにポカポカ君は売れないよー」


「冬のためにつくるのよ! 全くこの子は……。それで、なんの用事かしら」


 ユーリはシグラス村に行く必要があることと、お金が必要であることを説明する。


「というわけで、何か売れそうなもの作ってニコラに買ってもらおうと思って」


「あのねぇ。お金ならポカポカ君の売上があるからそれを渡すって言ってるじゃない。なんであんたもエレノアもかたくなに受け取らないのよ」


 そうなのだ。ユーリとエレノアは冬にポカポカ君をいくつか作ってニコラに渡しているのだ。ニコラはその販売価格の八割はユーリとエレノアにあると主張したのだが、ユーリはニコラに上げたものだからと頑なに受け取らなかった。エレノアは大金を持つことがなんか怖い、とのことらしい。


「あれはニコラにあげたからいいの! それで、何か新しく売れるものがないかなーって」


「そんなこと急に言われても……逆にどういうのなら作れるのよ。私は錬金術はさっぱりなのよ」


 ニコラは額に浮いた汗を拭いながら言う。屋根付きの場所を借りているとはいえ、暑いことは暑いのだ。

 うちわを手に取り顔を仰ぐも、送られてくるのは生温い風ばかり。腕を動かしている分むしろ体温が上がっているのではないのかとさえ思う。

 ユーリは半袖半ズボンとは言え、黒を基調とした制服だ。日は傾いているが強烈な西日が照りつけていてさぞかし暑いことだろう。

 少しでも涼しくなるためか、ユーリもまたお手製らしきうちわで顔を仰いでいる。


「……ん?」


 ニコラはユーリを見て違和感を覚えた。何かが可笑しい。

 そう、そうだ。ユーリは汗をかいていないのだ。この蒸し暑い中を歩いてきたというのに、日差しに照らされているというのに、顔に汗をかいていないのである。


「……ユーリ、あんた暑くないの?」


「あはは、暑いに決まってるじゃん。夏なのにー」


「そ、そうよね。でも、あんた汗かいてないわよね?」


「あー、うん。これのおかげかなー。これね、すっごく涼しいうちわなんだー」


 ユーリは手に持ったうちわでニコラの顔を仰ぐ。

 そこから吹き付けられる風は生ぬるくなんかない。吹きつけた場所が肌寒くなるほどに涼しい風が吹き付けてくるのだ。


「どう? 涼しいでしょ?」


「うん、とっても涼しいわねー」


「あはは、でしょー」


「うふふ、ほんとねー」


 ユーリにうちわで扇がれ、ニコラは朗らかに微笑む。額に青筋を浮かべながら……


「だからそういう発明をしたら連絡しなさいって言ってるでしょうがーーーー!!」


 ニコラは盛大に怒鳴ったのであった。


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