第063話
12月末。一年ももう終わりである。ベルベット魔法学園も、一年の最後の一週間と最初の一週間、計二週間は休暇となっている。
多くの生徒たちは地元へと帰るが、ユーリのように辺境の辺境、もはや秘境と言ってもいい場所に住む生徒や一部の教官は学園で年の瀬を過ごす。
活気のなくなった学園で、エレノアとユーリはいつものように研究に熱を上げていた。自分の研究に行き詰まっているユーリは、最近ではもっぱらエレノアの研究の手伝いをして見地を広めるよう尽力している。
同じく故郷に帰らないフィオレもまたエレノアの研究室に遊びに来ていた。
最初は例のごとく人見知りを発揮したエレノアであったが、ユーリの姉と知ってからは親しげに接している。
フィオレはさすがに錬金術には精通していないため、エレノアとユーリの共同作品、ポカポカ君ちゃぶ台バージョンに入りぬくぬくしている。
ポカポカ君ちゃぶ台バージョン。つまるところ炬燵である。しれっとこの世界に炬燵が誕生していた。
「そういえばユーリ君は学年末特別考査はどの科目を受けるんですか?」
ふと思い出したようにエレノアが尋ねる。
「学年末特別考査……って何?」
「あれ? 担当教官から説明は無かったですか?」
「あった……ような……」
学年末特別考査。
端的に言うと、年度末に学園をあげて行われる大きな大会だ。種目は以下のとおりである。
・戦闘技術大会
魔法を使わずに戦闘技術を競う大会。ただし、魔力による身体強化は可。
・魔法実技大会
直接攻撃は不可で、魔法のみを使用した大会。
・錬金術品評会
錬金術を用いて生成したものの出来を競う大会。
・総合技術大会
武術に魔法になんでもありの大会。
学園の生徒は、いずれかの大会に参加しなくてはならない。ちなみにオリヴィアは前年度の戦闘技術大会の優勝者であるし、エレノアは錬金術品評会の優勝者である。
まぁ、錬金術品評会の方は毎年人気がなく、去年は参加人数が一桁ではあったが。
「お姉ちゃんは何に出るの?」
ユーリは炬燵でウトウトと船をこいでいるフィオレに話しかける。
「んー? 私は魔法実技大会にでるよー」
「フィオレさん、去年話題になってましたよ、初等部に凄い子がいるって。確か優勝してましたよね?」
「んー、そうかも……」
相当眠いのだろう。返事が適当である。
「それぞれの大会は、中等部と高等部は分けられていませが、初等部は分けられています。なのでフィオレさんがどれほどの実力かはわかりませんが、中等部の生徒くらいになら勝てるんじゃないかって騒がれてたんですよ」
「へー、お姉ちゃんすごい!」
「……くー」
そんなフィオレも炬燵の魔法には勝てなかった様だ。可愛らしい寝息を立てて眠ってしまった。
「錬金術の授業が中等部からなので、初等部で錬金術品評会に出品する人はいないと思いますが、かと言って禁止もされていないはずです。どうですか?ユーリ君も錬金術品評会にしてみては!」
参加人数からも分かることだが、錬金術は日の目を見る事がない。当たり前である。ポーションならまだしも何だかよくわからない発明品なんて、子供達の興味関心が向くことがない。武術だ魔法だと華やかな方を選ぶに決まっている。誰だってそうする。
「うん。僕も錬金術品評会にしようかな」
「本当ですか!?」
仲間が増えたことに喜び目を輝かせるエレノア。早速とばかりに白紙の紙とペンを用意する。
「それではまずはアイデア出しからですね! どんどん考えていきましょう! こういうのは数です!」
大晦日なのにぶれない。流石エレノアである。
「あんた、今日が何の日だか分かってるの!?」
そんな研究室に来訪者が一人。エレノアのお守り役である。
「あ、オリヴィア。どうしたの?」
「どうしたのじゃないわよこの引きこもりダメ孫娘!」
オリヴィアがペシーンとエレノアの頭を叩く。
「あうっ」
「あんた、何で家に帰ってないのよ! アデライデさんのお店覗いたら一人で店番してるからまさかと思って来てみれば……お婆ちゃんを大切にしなさいってこの前話したばかりじゃない!」
「で、でも錬金術が……」
「錬金術なんてどうだっていいわよ! 大晦日くらい一緒にいてあげなさい! たった一人の家族でしょうが!」
「うー……はーい、分かりました……ごめんなさいユーリ君。錬金術はまた今度にしましょう」
「うん。僕も知り合いのお婆ちゃんに会いに行こうかな。孫が帰ってこなくて寂しいって言ってたし」
「……この世には似たような薄情者がいるものねぇ」
オリヴィアがジト目でエレノアを見る。耐えられず目を逸らした。
「お姉ちゃんも一緒に行く?」
「んー? 行く〜」
寝ぼけ眼のフィオレもフラフラと立ち上がる。
ユーリとフィオレは、良くユーリがお世話になっているというお婆ちゃんの所へ。エレノアとオリヴィアはエレノアのお婆ちゃんの元へと向かうのだった。
◇
つまり、たどり着く先は同じと言うことである。
エレノアの祖母、アデライデの営む薬草屋の前で、お店や屋台で買い込んだ食料を手に、ユーリ達四人は顔を見合わせた。
「ユーリ君の言ってたお婆ちゃんって、もしかして私のお婆ちゃんのことですか……?」
「そうみたいだね」
まさかの偶然である。オリヴィアはやれやれと首を振った。
「私は今ホッとしてるわよ。寂しい思いをしているお婆ちゃんが一人だけだって分かったから」
「もー、うるさいなぁー……」
実家に帰ってきたからか、エレノアはどこか子供っぽい。わかりやすく頬を膨らませている。
「あの、私達お邪魔なら帰りますけど……」
「ううん。大丈夫だと思います。おばーちゃーん、ただいまー」
エレノアは店に入り、薬草の手入れをしていたお婆ちゃんことアデライデに声をかける。アデライデは軽く伸びをして腰を叩きながら振り返り、エレノアの姿を見て目を丸くした。
「おやまぁ。帰ってきたのかい。おかえり。どうしようかねぇ、今年も帰ってこないと思ってたから、何も準備しちゃいないよ」
「……今年『も』?」
「あ、あはは……」
どうやらダメ孫娘は去年も帰らなかったようだ。
「オリヴィアちゃんに冒険者のお嬢ちゃんも。家族の所に行かなくていいのかい?」
「お婆ちゃんこんにちは。僕のお家とおいから、良かったらお婆ちゃんと一緒に年越ししようと思って。こっちは僕のお姉ちゃんだよ。あと何回も言ってるけど僕は男の子」
「はじめまして。ユーリの姉のフィオレです。いつもユーリがお世話になっています」
「おやまぁ、丁寧にありがとね。私はアデライデ。エレノアの婆ちゃんだよ。今年も寂しい年越しになるかと思ったけど、急ににぎやかになったねぇ。狭いところだけど、さぁ、あがっておくれ」
アデライデにとっては久しぶりの、にぎやかな年越しの始まりである。




