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【書籍発売中】ユーリ~魔法に夢見る小さな錬金術師の物語~  作者: 佐伯凪
第二章、魔法への第一歩~ナイアードの髪と魔力の波長~
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第058話

 ブラコ……もとい家族愛の強いフィオレには悩みがあった。弟が頼ってこないのである。

 入試の時、泣きじゃくりながら抱きついてきたユーリ。

 あぁ、すごく可愛かったなぁと思い出して頬を緩ませる。あの時のユーリを思い出すだけで白ご飯三杯はイケる……そうじゃなくて。

 頭を振りフィオレは思考を戻す。

 おかしい。おかしいのである。

 半年以上前、ユーリが魔法学園に入学すると聞いたとき、フィオレはそれはそれは喜んだ。何せしばらく会うことのないと思っていた最愛の弟が、同じ学園に通うことになったのだ。

 ユーリと関わることのない灰色の9年間の学園生活が、なんとその内7年は一緒に過ごせる桃色の学園生活になったのである。喜ばずしていられるもんか。

 勉強が分からなくて教えて〜と泣きついてきたり、一人で寝るのが怖いから一緒に寝よ〜と部屋に上がり込んできたり、ホームシックになり休みの日はずっと一緒にいよう〜と遊びに来たり。

 そんな甘々で幸せな生活が始まるのだろうと心が踊ったのだ。

 ところがどっこい。現実はどうだ。

 教官に聞いたところ、ユーリはもはや教えることがないほど知識があるとのことで、だったらフィオレが教えることなど何もない。

 あの陰湿理論派魔法実技教官オレグとも当初はいろいろあったようだが、いまではむしろ仲が良さそうに見える。

 休みの日には院生の研究室に行き、何やら研究を行っている様だ。

 しかも最近は可愛らしい女の子の友達も出来たとか……

 とても充実している様に見える。

 おかしい。フィオレの計算では頻繁ひんぱんにフィオレを頼ってくるはずだったのに。

 カーテンも開けず薄暗い部屋でフィオレは考える。どうすれば理想の生活が送れるだろうか。いっそこちらからユーリのところに出向こうか。よしそれがいい、そうしよう。

 突然ガタリと立ち上がる。

 しかし、予定があるからまた今度ねーと断られたら立ち直れる気がしない。

 そしてゆっくりと座る。

 昔はあんなにお姉ちゃんお姉ちゃんだったのに。どうしてこうなった、どうしてこうなったのだ。


 コンコン。


 部屋の扉がノックされる。

 誰だろうか。最近は部屋に引きこもりがちのフィオレを心配して友達がよく訪ねてきてくれる。今日も来てくれたのだろうか。


「はーい……」


 気の抜けた返事をして扉を開ける。

 相手の顔は思ってたよりも大分下にあった。こんなに背の低い友達がいただろうか。

 こんなに背が低くて、髪が白くて、とても可愛らしい顔の友達が……


「あ、お姉ちゃん。今日ヒマー? ……うわっ!」


 こんなに愛らしい友達はいなかったはずだが、とりあえず抱きしめて部屋にさらっておこう。



「はー、びっくりした。お姉ちゃん急に抱っこするんだもん」


 カーテンを開け放ち光を取り込み、先程とは打って変わって明るくなった部屋のベッドにユーリとフィオレが腰掛けている。横に並んで座っているが、距離が妙に近い。というかくっついている。ピッタリと。


「私もびっくりしちゃった。扉を開けたらユーリがいるんだもの。今日はどうしたの?」


 気を抜いたらニヤニヤしてしまいそうな頬を必死に抑え、余裕のある声音で話すフィオレ。


「あのね。領都を見て回りたいなって思って。僕、まだ観光したことなくって」


 なるほど。つまりユーリは私とデートがしたいのね。

 そんな脳内変換をしてからフィオレは立ち上がる。


「それじゃ、着替えるからちょっとまっててね。私も少しだけなら案内できるから」


 そういうとフィオレは学園の制服に着替える。ベルベット領都以外から来た学園生はほとんどそうだが、私服など持っていない。

 持っているとしても実家から持ってきたものが殆である。お金はほとんどないのだ。それが当然である。中等部になれば、冒険者や出店のお手伝いをして小銭を稼ぐ子も出てくるが。

 しかしフィオレは少しなら小銭を持っている。

 これは成績優秀者への学園からのお小遣いである。金クラスの生徒には少しだけお小遣いが支給されるのだ。

 なけなしの小銭をポケットに入れ、フィオレはユーリとのお出かけに心を踊らせるのであった。



「すっごーい! 人がたくさん!」


 フィオレがユーリを連れてきたのは北門と南門を結ぶ通りと、東門と西門をつなぐ通りが交わるところにある広い広場である。ここは様々な出店が所狭しと並んでおり、一番商売が盛んな場所でもある。

 ユーリとフィオレは仲睦まじく手を繋いで出店を見て回る。

 出店の店主や通りかかる人たちも、そんな二人を微笑ましく眺める。

 ユーリは姉の手を引きながらあっちへウロウロこっちへウロウロ。沢山のものに目移りしている様だ。

 フィオレのポケットにはなけなしの五千リラ。ある程度のものなら買える金額である。ユーリのためになら全て使ったって痛くも痒くもない。とりあえず口さみしいので、薄いパンに肉や野菜を挟んだローティーという料理の出店にユーリを連れて行くことにする。


「ユーリ、お昼まだだよね? ローティーっていう料理食べたことある?」


「ローティー? 初めて! 楽しみー!」


 繋いだ手を嬉しそうにブンブンと振るユーリ。まだ見ぬ料理への期待が高まっているようだ。

 フィオレは以前友達と来たことのあるローティーの屋台へと足を向ける。いくつか食べた中でも、ここのものが美味しかった記憶がある。


「他にも美味しいものたくさんあるから、一つ買って半分個して食べようか」


「うん! おじさん、一つ頂戴!」


 ユーリは意気揚々と屋台のおじさんに話しかけ、八百リラを支払った。


「あれ? ユーリ、お金持ってるの?」


「うん、ちょっとはあるよ」


 ユーリは半年ほど冒険者業をして、等級は鉛級。決して多くを稼げる訳では無いが、初等部の子供のお小遣い程度ならば一度の依頼で稼ぐことができる。そもそも普段の生活にお金がかからないユーリは、ちょっとした小金持ち状態である。


「今日はお姉ちゃんにたくさん案内しても貰うから、お礼に買ってあげる!」


 純粋な笑顔でそんなことを言うユーリ。将来無自覚タラシになるのではないかとフィオレは懸念した。仲睦まじく食べ歩きながら、屋台を冷やかしていくユーリとフィオレ。そんなユーリに雑貨屋らしき露店を開いている商人が声をかけた。


「あれ? ユーリ?」


「ん?」


 ユーリが立ち止まり声をかけられた方に目を向けると、そこには短い銀のツインテールが揺れていた。

 いつぞやの駆け出し商人、ニコラ・フォンティーニである。


「あ! ニコラだ! すごーい、お店開いてるんだー!」


「お店って言っても、ただの露天だけどね」


 簡易な日除けがあり、引いた布の上に商品が並べられただけの露店である。店と言えるかは怪しいが、それでもこの広場に露店を構えるだけの商売は出来ているということでもある。


「ユーリ、こちらの方は?」


「あ、ごめんねお姉ちゃん。この人はニコラさん。ちょっと前に迷子になってるところを助けてくれた商人さんだよ。ニコラ、この人が僕のお姉ちゃん!」


「はじめましてニコラさん。ユーリの姉のフィオレです」


「はじめまして、ニコラ・フォンティーニよ。せっかくの縁だし見てって見てって! 友達割引しちゃうわよ〜」


 ユーリとフィオレはしゃがみ込んで露店の商品を眺める。置いてあるものは髪留めや腕輪等のアクセサリー類が多く、ベルベット領ではあまり見かけないデザインの物も置いてある。


「この髪留めきれいだね」


 ユーリは白い花があしらわれた髪留めを手に取った。


「お、さすがユーリ、お目が高いわね。それはスノードロップっていう花の髪留めよ。見たことない形の花でしょ。寒冷地でしか咲かない花をモデルにしててね、エルドラード王国よりさらに北の国の特産品で……」


「これ4つ頂戴!」


「あんたねぇ。もっと値引き交渉とかしなさいよ……張り合いがないわねぇ。ま、半額にしといてあげるわ」


「いいの?」


「命の恩人に恩返しも出来ないんじゃ、商売の神様にも見捨てられちゃうわよ。はい、4つで三千リラよ」


 ニコラは苦笑しながらユーリにその髪留めを渡す。ユーリは受け取った髪留めの一つをフィオレへと手渡した。


「はい、お姉ちゃんにプレゼント!」


「え、いいの?」


「うん、大切な人にあげるんだ!」


「そっか……うん、ありがとう。大切にするね」


 フィオレはその髪飾りをそっと胸に抱く。いつの間にやら弟が成長してしまったようで、嬉しいやら寂しいやら。

 大切な人って言ってもらえて嬉しいな……

 そこまで考えてハタと気がついた。

 髪飾りはあと3つ。一体誰に渡すというのか。髪飾りである。相手が男とは考えにくい。私以外に大切な女性がいるというのか……しかも四人も。何ということだ。由々しき事態である。


「ゆ、ユーリ? あとの3つは誰に……」


「この箱はなにー?」


 フィオレの疑問は好奇心旺盛に露店を見るユーリの耳には届かなかった。


「あー、これ?」


 ニコラは困ったような顔で一辺が7センチ程度の小さな立方体の黒い箱を手に取りユーリに手渡す。幾何学きかがく模様の描かれた金属の板を組み合わせて作られているようで、小さい割に重量感がある。


「実家の古い倉庫にあったやつで、家を飛び出るときに拝借したやつなんだけど、何なのかわかんないのよね。トンカチで叩いても割れないし……。値打ち物かなとか思ってたんだけど価値もわからないんじゃ売れないし。今は布が飛ばないようにするための文鎮ぶんちんとしてしか使ってないわね」


「ふーん」


 何が気になるのか。ユーリはその黒い箱を眺めたり振ってみたり。まるでおもちゃで遊ぶ仔猫のようだ。


「欲しいならあげるわよ、それ」


「え、いいの!?」


 いいも何も、ニコラにはユーリに莫大な借りがあるのだ。ちょっとずつでも返していきたいところである。

 ユーリには貸しを作った気はまったく無いのだが。


「いいわよ別に。微妙に重いし捨てるのも忍びないしで困ってたから」


「ありがとうニコラ!」


 パァっと花が咲いたような笑顔で黒い箱を見るユーリ。こういうよくわからないものを欲しがるところはまだまだ子供である。

 ニコラに礼を言って別れ、中央広場の次は目抜き通りを歩く。ここは大きな店が立ち並ぶところであり、とてもではないが子供では手が出せないような高級品も多く取り扱っている。

 家具、調理器具、調味料、薬品、武器に防具、たとえ買えなくても見て回るだけで面白い。

 魔法学園の制服を着ているので門前払いされることはない。将来有望な子供に悪い印象を与えたくないのだろう。

 小綺麗な服を取り揃えた店の前でフィオレの足が止まる。


「お姉ちゃん?」


「あ、ううん。何でもない。行こっか」


 歩き出そうとするフィオレの手をユーリが引く。


「洋服、見てみようよ!」

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