第164話
パーシヴァルの地下室で得た『スカーレット鋼』という金属の情報を集めようと、ボルグリンの鍛冶場やセレスティアの屋敷の書斎、学園の図書室と行ってみたユーリであったが、手がかりは無し。パーシヴァルが生きていた時代は二千年以上も前なのだから、情報が欠落してしまっていても仕方が無い。
「んー、次は何を調べようかな。せっかくマドリード王都の近くまで行ったんだから、王都の図書館にでも行ってくればよかったなー」
手がかりが無いことなんて、ユーリにとっては日常茶飯事。この程度で落ち込むことは無くなった。
「王都ですか。前に一度だけ行ったことがありますよ」
「本当!? どんなところだった!? やっぱり大きな建物が沢山あったの!?」
「はい、それはもう。一番目立つのは何と言っても王城ですね。ベルベット領主のお城が小さく見えるくらいには大きいです。王都の敷地もベルベット領都とは比べ物にならないくらい大きくて、王都の外に出るだけで半日以上はかかりますよ」
「うわぁ……すごいなー。いつか行ってみたいなー」
「そういえば、王都にフォンティーニ商会っていう大きな商会がありました。もしかしたらニコラさん、そこの一族なのかもしれないですね」
「金貨の入った魔力箱も実家から持ってきたって言ってたし、そうなのかも。今度王都の話を聞いてみようかな」
「はい。それがいいと思います。私は人混みに酔ってしまったので、早々に路地裏にある薄暗い魔法素材専門店に逃げ込みましたので……」
「あはは、エレノアらしいね」
季節は晩秋。そろそろ冬も近い。
そんなのんびりとした時間が流れるエレノアの研究室に慌ててやってくる来訪者。
「エレノア! 良かった! いた!」
やってきたのは先程話題にしていたニコラである。
ここまで走ってきたのだろう。肩で息をしながら、必死に呼吸を整える。
「ニコラさんどうしたんですか? そんなにあわてて」
「あ、ニコラ久しぶりー。ちょうどニコラの話をしててね。フォンティーニ商会っていう……」
「そんな呑気な会話してる場合じゃないのよ!!」
ユーリの言葉を遮って、ニコラが叫ぶ。
「さっき、アデライデさんが倒れた! 早くお店に来て!!」
「……え?」
木枯らし吹く晩秋。
枯れ葉が木の枝から、はらりと落ちた。
◇
三人が急いで駆けつけると、アデライデは布団に寝かされており、神官服に見を包む男性に診断されていた。
「おばあちゃん! 大丈夫!?」
叫び駆け寄るエレノアを、神官がソッと手で制する。
「お孫さんですか? 倒れたときに出来た傷は治しました。頭も打ってはいないので、問題は無いでしょう」
神官の言葉に、ひとまずホッと息をつく。
「それで、おばあちゃんはどこか悪いのですか?」
「どこか悪いと聞かれれば、悪いところは多いのですが、治すことは出来ません」
「それって……」
「老化です。もうおそらく、長くは無いでしょう。後一度、大きなけがや病気をしたら、命を落としてしまうかもしれません。なるべく長く一緒にいてあげてください。今年の冬を越すことは、難しいでしょう」
「そんな……」
今は落ち着いて眠りについているアデライデ。その皺だらけの横顔を見る。エレノアにとっての唯一の肉親である。
「人が生きるという事は、死ぬという事です。人の身である以上、それは必然です。それでは、本日のお布施を頂いてもよろしいでしょうか」
淡々という神官の男性。人の死など日常茶飯事なのだろう。
呆然としながらも、エレノアが財布から銀貨を三枚取り出して手渡す。
「ありがとうございます。貴方たちに、光の精霊の加護があらんことを」
それだけ言うと、神官の男は帰って行った。
しばらく沈黙の時間が流れる。
ニコラはすすり泣き、ユーリは呆然とし、エレノアは神妙な顔で考え込む。
一番最初に口を開いたのはエレノアだった。
「そっか。おばあちゃん、死んじゃうんですね……」
ユーリとニコラが何か言おうと考えていると、
「どうやら、そうみたいだねぇ」
「アデライデさん! 目が覚めたんですか!?」
いつの間にか目を覚ましたのか、アデライデがゆっくりと体を起こしながら言った。
「わたしゃ、もう十年は前から覚悟しておったよ。じいさんが死んだときからね。ユーリちゃんのお話を聞いたり、ニコラちゃんと一緒にお店をしたり、楽しい時間を過ごしている内に、もう十年もたっちまった。死ぬタイミングを失ってしまっていたんだよ」
「そんなことないですよ! もっと、もっと生きてください! 死なないで!」
ニコラがアデライデに縋りつくように言う。
「勘弁しておくれ。ガタが来た体で生きていくのは楽じゃないんだよ。大体、わたしの店を狙ってたんじゃないのかい?」
「店なんかいらない! おばあちゃんがいないと嫌だよ!」
アデライデの服を掴みながら泣くニコラに、ため息を一つ。皺くちゃの手でその頭を撫でる。
「ニコラちゃん。アンタの夢は何だったかい?」
「……立派な商人になること」
「そうだ。アンタには夢がある」
アデライデがエレノアとユーリの方を見て、続ける。
「エレノア、ユーリちゃん。アンタたちもだ。アンタたちは若い。夢がある。わたしゃ、こんな老婆になってまで若い子たちの時間を奪うつもりはないよ。それに、今すぐ死ぬって訳でも無いんだ。ほら、帰った帰った」
何でもない事の様に言うアデライデ。
ユーリ達も何か言おうとするも、言葉が出ず、結局アデライデの店を出ていくことしかできなかった




