第157話
パーシヴァルの書き残した羊皮紙を見つけたあと、アンナはすぐに長期休暇の届け出を出し、数人の研究者を伴って出発した。
アンナ曰く、
『真の魔法史を目前にして、不確かな魔法史の授業を行うことはできません』
らしい。
「アンナの研究、進んでるかなー?」
「さぁ、どうでしょうか。あの羊皮紙が本物とも限りませんし、アンナ教官が帰ってこないと分かりませんね」
「そっかー。そういえば、離れた人と話が出来る魔道具とかって無いの? あればすぐに話が聞けるのに」
「離れた人とですか? 風の属性を利用して音声を大きくして遠くまで聞こえるようにする魔道具なら、確か誰かが発明していたと思いますが」
「ううん。そうじゃなくて、もっともーっと遠いところにいる人。例えばここからエレノアのおばあちゃんと会話するような魔道具。ないかな?」
「そんなに遠くですか。流石にありませんね。というか、声をそんなに大きくしたら、近くの人たちの鼓膜がやぶれちゃいますよ」
「声を大きくするんじゃなくて、声だけを相手に届けるみたいな。やっぱりないかー。あったら便利なんだけどなー」
ユーリが少し考える。以前考えていた精霊の声を聴く魔道具。その魔道具の一歩目として、離れた人と会話をする魔道具を作り出すのもいいかもしれない。
「よっし。考えてみよう!」
ユーリがカリカリと紙にいろいろなアイデアを書き始める。それを見てエレノアが感心したようにつぶやく。
「本当に、ユーリ君は常識に囚われないですよね」
「音は振動だから、風の魔法素材を使って……でもそれだと壁があったらすぐに波が減衰しちゃうよね。なら、光? 光の信号に変えて、それを受信してまた振動にもどすとかかな? でもやっぱり壁があるとだめだよね。うーん、やっぱり振動とか信号じゃなくて、もっと魔法っぽい何かを使えないかな。魔法、魔法、火、水、風、木、土、光、闇……そういえば闇って、あんまり考えたことないな」
ぶつぶつ、ぶつぶつ。
このモードに入った研究者はなかなか帰ってこない。そんなユーリの姿にエレノアは少し微笑んで、自分の研究にとりかかった。
◇
ユーリが考える『離れた人と会話をする魔道具』の概要。それは
「中が空洞の二つの物体に、同じ空間のイメージを送り込む。そうするとその二つの物体はたとえ離れたとしても、同じ空間だと認識されてるから、口を近づけて話をすると、その振動が共有されて遠くの人にも振動が届いて、声が聞こえるっていう感じにしようと思うんだ。あとは風魔法で少し振動を大きくしてあげれば、もっと聞こえやすくなるかも」
というものである。
ユーリの構想を聞いたエレノアが天を仰ぐ。出来そうだ。何故そんな発想が出来るのか教えて欲しい。いや、そもそも発想の仕方が違うのだろう。
遠く離れた人と会話をする魔道具と聞いて、エレノアはまず『出来ない』と考えてしまった。出来ないことを何とかして出来るように考えるのは難しい。
しかし、ユーリは『出来る』と信じて疑わず、自分の頭にある知識から最適な方法を捻出したのだろう。
子供特有の柔軟な発想と、子供らしからぬ錬金術の知識。この二つがあるからこそ、ユーリは様々な発明が出来るのだ。
「あ、でも錬金術の禁忌になっちゃうかな? 空間への干渉って、駄目だったよね?」
「グレーゾーンではありますが……おそらく問題ないと思います。空間に干渉するのはあくまでも音の振動なので。ですが、闇魔法を使える人に話を聞いてみた方がいいかも知れません」
「なるほどー。あ、じゃあさ! 袋の中を大きな空間にして、いっぱいモノを入れることができる魔導具とかも大丈夫だったりするかな!?」
「昔、ユーリ君と同じ発想をして魔導具を作った錬金術師がいたのですが」
「ほんと!?」
「入れたものを取り出そうとして袋に腕を突っ込んで、肘から先が無くなりました。二級ポーションの生成に成功するまでは、試さないほうが良いかもしれないです」
「……ヤメテオキマス」
安易に試さなくてよかったと、心から思ったユーリである。
「うーん、それにしても闇魔法の使える人かー。誰かいたかなー?」
「闇魔法を使える人は少ないですからね。エマ教官が使えますが、彼女はどちらかといえば精神干渉の魔法なので、空間への干渉は苦手かも知れないです」
「空間への干渉かー。あ、そう言えばベルンハルデがそんな魔法使ってたなー」
「ベルンハルデさん、ですか?」
「あ、そっか。エレノアは会ったことなかったね。冒険者ギルドのサブマスターだよ。すごく強いんだ」
「冒険者ギルドのサブマスターで闇魔法使い……なんだかすごく怖そうです」
「全然、優しい人だよ!」
「そ、そうですか」
ユーリの言葉を信用できないのか、エレノアの表情は疑義的だ。
少し考えた後、エレノアが思いついた様に手を打った。
「そういえば、学園にもう一人いましたね、闇魔法の使える教官が。今は不在ですが」
「え! 本当!? だれだれ!?」
エレノアが口を開く前に、研究室の扉がノックされ開かれた。
「ハフスタッター教官、ユーリ君。少しお話を聞いてください……」
数少ない闇魔法の使い手、アンナ・ミュラーが、疲れた顔をして研究室にやってきたのだった。




