第155話
中等部三学年になったユーリ。今日も今日とてエレノアの研究室で錬金術の研究である。
セレスティアもレンツィオも仲間になり、世界樹ユグドラシルに向けての準備はある程度整ったと言ってもいいだろう。
ユーリ自身の戦闘能力もふうせん術により底上げされた。
ただし、ユーリは自身の成長はここまでだと考えている。オリヴィアの居合のような一撃必殺は持ってないし、レンツィオの石火のような汎用性の高い魔法は使えない。
ここからユーリがより強くなるために必要な物、それは魔道具である。
今考えているのは、レンツィオの石化の疑似魔法。いや、疑似魔道具といったところか。レンツィオが足に纏う火球を模した魔道具を使用して、高速移動を試みようと考えているのだ。
ユーリは学園のグラウンドで、直径三センチほどの珠を手に持ち、真剣な顔でナターシャを見て頷いた。今から実験するという事だろう。一方でナターシャはあきれ顔で頷き返した。どうせ結果は見えていると言った雰囲気だ。ちなみに隣には石火の使い手、レンツィオもいる。
ユーリの持っている小さな球には、錬金術により火の属性値が込められている。強い衝撃を受けるとものすごい威力で爆発するのだ。
ユーリはそれを地面に転がし、軽く助走をつけて踏む。
ボォーーーン!
「あああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
ユーリが飛んだ。真上に。
「成功か?」
「どう見ても失敗よ」
二人の視線の先で、ユーリがべちゃりと地面に落ちた。
「痛い! 足が、足がぁ!」
どうやら魔道具を踏みつけた足を痛めたようだ。あたりまえだ。なかなかの威力の魔道具を踏んだのだ。無事で済むわけがない。
「なつかしいぜ。俺も石火の練習を始めたときは良く足をヤッちまったな。まぁ、そうやって強くなったんだがよ」
「ほんと、男ってバカばっかね」
ナターシャが盛大にため息をついてユーリの元に向かい、光魔法で治療する。
最近はユーリが実験するときには常に傍に控えているナターシャである。
最初は実験のたびにハラハラとしていたが、もはやそんな気持ちは無くなった。
「まぁ、一緒に居られるのだから別にいいのだけれど」
「あー、痛かった。ナターシャ、ありがとう!」
「別に良いわよ。そのためにいるんだから」
そんな実験中の三人の元に、学園の入り口から二つの影が駆けて来た。
魔法歴史学の教官、アンナ・ミュラーと、戦闘技術の教官、アルゴである。
どうやら慌てた様子だ。
「アンナとアルゴだ。どうかしたの?」
「ユーリ君。こんにちは。今、ここらへんで大きな音がしたので何事かと思い確認しに来たのです」
「あ、ごめん。それ多分僕が実験してた魔道具だ。失敗しちゃったけど」
「魔導具だぁ? まぁ好きにやれば良いが、あんま無茶すんじゃねぇぞ」
「ありがとうアルゴ」
アルゴに礼を言ってユーリが立ち上がる。ナターシャに治療してもらった足はすっかり元通りだ。
「よ、兄貴。久しぶりだな」
「ん……? レンツィオじゃねぇか。なんで学園なんかにいんだよ」
「くそガキ……ユーリの手伝いでちょっとな」
レンツィオの回答に、少し目を開いたあとにアルゴが笑う。
「レンツィオが誰かとツルムなんて珍しいな。ま、ちったぁお前も丸くなったってことだろうな」
「兄貴もな。どうだ? 国は変えられそうか?」
レンツィオの問いに、アルゴが首を横に振る。
「糸口も見つけられてねぇよ。お前はどうだ?」
「俺も、現状維持で精一杯だ。でもな、兄貴」
レンツィオがユーリを見て、言う。
「国を飛び越えて、世界を変えちまいそうな奴なら見つけたぜ」
「……そうかよ」
ユーリはレンツィオとアルゴの視線に首を傾げた。
「僕がどうかしたの?」
「なんでもねぇよ。色々と試すのはいいが、命まで落とすなよ」
アルゴは言いながら帰っていった。
一方、もうひとりの教官、アンナ・ミュラーは、
「ユーリ君。少し、お時間をいただけますか?」
疲れた顔で、そうユーリに問うた。
◇
エレノアの研究室でナターシャの淹れた紅茶を一口のみ、アンナはふぅとため息をついた。その顔には疲れの色が伺える。
話を聞く体制のユーリとエレノア。興味がなさそうなナターシャ。ナターシャの横にちょこんと座っているセリィ。レンツィオは早々に帰ってしまった。
「ユーリ君、ハフスタッター教官、突然申し訳ありません。少しお話を聞いていただきたくて」
アンナが深々と頭を下げる。濃紺の髪がサラサラと流れた。
「随分と前のことなのでユーリ君は忘れてしまったかもしれませんが、入園試験の問題のこと、覚えていますか?」
「魔法を発明したのは誰かっていう問題のこと?」
ユーリは苦労することもなく思い出した。『魔法を発明したのは誰が』という問いだ。
「聖典四巻三章二項のことだよね? 忘れてないよ。だって退学になるのかと思ったんだもん」
「そうでしたね。あの時のユーリ君、音もなくハラハラと泣いていましたね。あれからもう5年ですか。大きくなりましたね」
アンナは大きくなったユーリの姿を見て目を細めた。
「って、昔話をしに来たわけじゃないです。ユーリ君からパーシヴァルが魔法の始祖ではないかという話を受けて、研究仲間をマヨラナ村へと走らせました。予想は的中。マヨラナ村にあった教典は第二版で、ユーリ君の言っていた通りのことが書いてありました」
アンナはポケットから折りたたまれた羊皮紙を取り出す。開くと、そこには不思議な文字が。ユーリには読めない。
「これ、どこの国の文字?」
「これは私と私の仲間にしか読めない暗号です。書いてあるのは四巻三章二項の写しです」
こともなげに言うアンナにエレノアが驚く。
「えっと、教典の複写・複製は禁止事項のはずじゃ……」
エレノアが言い終わる前に、アンナが唇に人差し指を当てる。
「大丈夫です。バレなければ問題ありません」
アンナ、強かな女である。
「私は魔法歴史学の様々な文献を読み返しました。パーシヴァルが魔法の開祖であるという資料が無いか探し回ったのです。しかし、そのような記述のある文献はありませんでした。おそらく協会が処分して回ったのでしょう。これでは魔法の開祖が誰なのかはっきりさせることが出来ません」
この五年間、いろいろと考察を重ねて、そのすべてが空振りだったのだろう。アンナが下を向き額を手で抑える。
「なんでもいいんです。何か、何か手掛かりとなるもの、そのとっかかりになるものでもないかとを思い、お話させていただきました」
そうは言うものの、アンナの顔に期待の表情は無い。どちらかといえば、全く進まない研究の愚痴を言いに来たというのが正しいだろう。
しかし、ユーリは持っていた。アンナが喉から手が出るほど欲しい情報を。
「そういえば、結構前にパーシヴァルの日誌の隠し場所が書かれた羊皮紙、なかったっけ?」
「そんなのありましたっけ?」
記憶にないのか首を捻るエレノア。
「あー、あの時エレノアはソファーで寝てた気がする。そしてセレスティアが入ってきて、ハリセンで頭打たれてー」
「あ、なんかそのあと訓練してましたよね。セレスティアさんがハリセンを二本持って」
「そうそう。僕は偏重強化って呼んでる身体強化の訓練でね、確か錬金術の」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!」
朗らかに昔話を始めるユーリとエレノアに割って入るアンナ。
そんな昔話をしている場合ではない。何か今、ユーリがとんでもないことを言っていた様な気がする。
「え、えっと。パーシヴァルの日誌が、あるんですか?」
「違うよ。パーシヴァルの日誌の場所が書かれた羊皮紙だよ」
「そ、そんなものが!? ど、どこにあるんですか!? それはどこに!?」
慌てふためき前のめりになるアンナに、若干引き気味にユーリが答える。
「え、えと。あの後すぐに訓練したから覚えてないや。エレノアは何か知ってる?」
「私は知らないですね。たしか、ニコラさんのお手伝いをしている時に出て来たんですよね?」
「そうそう、ニコラが持ってきたんだった。もしかしたらニコラが持ってるかも。んじゃ、今度の休みの日にでもニコラのところに……うわぁ!!」
急にズズイと距離を詰めてユーリの肩をわしづかみにするアンナ。鼻と鼻が触れ合いそうな距離で、アンナがユーリを見る。瞳孔が全開だ。
「行きましょう。いま、今すぐに。そのニコラさんという方の所に連れて行ってください。今すぐにです」
「え、えっと……う、うん。分かった」
アンナのものすごい剣幕に押され、ユーリは首を縦に振ったのだった。




