第154話
「おんし……ほんに宝石亀を狩ってきたのか……?」
ボルグリンの店の前で、銀鉱石を抱えてやって来たユーリの姿にラウラが目を丸くする。ユーリの脇にはちょこんとセリィが立っている。
「狩ったんじゃないよ。背中の銀鉱床だけ貰って来ただけ」
「貰って来たって……いやはや、ユーリには驚かされてばっかりじゃ。殺されるか尻尾を巻いて逃げ帰るかのどっちかじゃと思っておったわ」
「尻尾を巻いて逃げ帰ってきたのは正解だよ」
幼体との戦闘も含めれば、ユーリ達は三度ジュエルトータスから逃げたことになる。とてもまともに戦って勝てる相手ではなかった。
「それにしてもなんと立派な銀じゃ、これは。しかも、おそらく純銀。精錬せずともそのまま使えるぞ」
「そうなの?」
「うむ。宝石亀の背中の金属には不純物は含まれんのじゃ。鍛冶師の間では割と有名な話じゃ。しかし、金ではなく銀をもって帰るとは、流石と言うか勿体ないというか……金鉱床もあったんじゃろ?」
「あったけど、別にお金がほしい訳じゃないから」
「ぶれないのう……。して、またミスリルをつくるんか?」
「うん。今度はオリヴィアの細剣! さっそく作ろう!」
「昨日ミネ湿原から帰ってきたばかりじゃろうに、元気な奴じゃ。来い、今度はユーリが驚く番じゃ」
そういうとラウラがニヤリと笑い、鍛冶場の方へと歩く。
ユーリとセリィが顔を見合わせて着いていくと。
「わぁー! 凄い! 新しくなってる!」
ボルグリンの鍛冶場が新しくなっていた。
炉は一つだが、口が二つ付いており、二人同時に鍛冶が出来るようになっている。ユーリが気兼ねなく使用できるようにしてくれたのだろう。
そしてユーリの使用する金床の近くには椅子が二つ用意されている。ユーリと、そしてセリィが使用できるようにだろう。
「今後ユーリが鍛冶をするときにはセリィもおるじゃろうから、最初から椅子を備え付けておいた。急ごしらえの椅子よりも座り心地はいいじゃろう」
「ありがとうラウラ!」
「礼は爺に言え。用意したのは爺じゃからな」
「うん、後でお礼言っとく! ねぇ、さっそくやってみてもいい?」
「もちろんじゃ。そのために作ったんじゃからの」
ユーリがセリィを見ると、彼女は何も言わずに頷いた。
さっそく鍛冶の開始である。
◇
「というわけで、はい。ミスリルの細剣。待たせちゃってごめんね」
ミネ湿原から戻ること五日目の夕方。ユーリはミスリルの細剣をオリヴィアに渡しに来た。
突然の訪問に、オリヴィアが齧りかけのミートサンドをポロリと落とした。
すかさずセレスティアが風魔法でふわりと宙に浮かべ、落ちる前に拾う。そしてそのまま自分で食べた。
「え? も、もう?」
「うん。一昨日セリィと作ったんだ。オリヴィアがすごく欲しがってたから、早い方がいいかなって思って」
「え、あ、ありがとう……」
理解の追い付かないまま細剣を受け取る。シンプルながら少しだけ意匠の凝った鞘から、ゆっくりと細剣を抜く。青銀の刃が煌めいた。
「……すっごい」
それ以上の言葉が出ない。持っただけで分かる。最高級の逸品だ。これは。
「もっと軽く作ることもできたけど、強度も強いほうが良いと思って少し厚めに仕上げたんだ。オリヴィアの居合にも耐えられるはず」
「早速試し切りしてみてもいい?」
台所からジャガイモを一つ手に取って聞くオリヴィア。妙に芋が似合う女である。
「うん、もちろん」
オリヴィアと共に屋敷の庭に移動する。セレスティアもミートサンド片手について来た。
「何かちょうどいいものは……これでいいか」
オリヴィアは腰に差していた、もともと使用していた細剣の鞘を抜き、地面に突き刺す。その上にそっと芋を乗せた。
新しい細剣を腰に差し、深く腰を落とす。居合の構えだ。
集中。
先程までミートサンドを頬張っていたとは思えぬほどの真剣な表情。
前髪が風で揺れる。
セレスティアの咀嚼音だけがやけに大きく聞こえる。
そのまま待つこと、3分。
セレスティアがミートサンドを飲み込み、同時に風が止んだ。
「……ふっ!!」
居合い。瞬刻強化を使用したオリヴィアにしか出来ない技。それをミスリルの細剣で行う。
気がついたときにはオリヴィアは数メートル先に移動している。
芋は……切れている。
固定されていないにも関わらず、芋の下半身は鞘の上に乗ったままだ。微動だにしていない。
「……完璧よ、これ」
付着したデンプンを拭いながら、オリヴィアが言う。
「今なら、何だって切れる気がするわ。ありがとう、ユーリ」
「ううん。世界樹まで行くんだもん。オリヴィアには強くなって貰わないと」
「ふふ、言うわね。でも、任せなさい」
今年、ユーリは中等部三学年になる。世界樹ユグドラシルへの出発まで、あと一年と半年。
ユーリにここまでのお膳立てをしてもらったのだ。なんとしてでもこの技を完成させて見せる。
理想は、戦闘中でも放てるようになること。
絶対にものにして見せると決意し、オリヴィアは真剣な顔でミスリルの細剣、ミッピーを強く握りしめた。




