第152話
気を取り直してジュエルトータスの捜索を始めたユーリ達ではあるが、やる気を出したからと言って、成体のジュエルトータスが見つかるという訳ではない。
あれから二日間、懸命に湿原を探して回るも、ジュエルトータスの幼体すら見つからない。
体力の無いナターシャの息が上がったところで、いったん休憩となった。
見晴らしの良い少し小高い丘に登り、乾いた地面に座る。
「はぁ……はぁ……ふぅ。ごめんなさい、落ち着いたわ」
「ううん。ナターシャ、あんまり無理しちゃだめだよ?」
「これくらい平気よ。これでも以前に比べると驚くほど体が軽いのよ」
そういいながら体を起こし、額の汗をぬぐうナターシャ。その表情に嘘は無さそうだ。
「それにしても……流石におかしくないかしら」
「何が?」
「だって、ジュエルトータスの成体は20メートルもの体長になるのよね。そして種を存続できる程度の個体数はいるはず。だったら流石にもう2,3体に出会って無ければおかしいわよ」
「……確かにそうだよね」
ユーリが考えこむ。
ナターシャの言う通りだ。ある程度の個体数がいて、あんなに大きな体であれば、もっと活動の跡が無ければおかしい。
跡が無いとするならば、それはそもそもいないか、全く動いていないという事になる。
しかし、先日戦ったのは紛れもなくジュエルトータスの幼体だった。いないという事はありえないだろう。
ということは、ジュエルトータス達はここ数日間、全く動いていないという事になる。
それは、つまり……
「もしかして、冬眠してる……?」
日差しが暖かくなってきたとは言え、まだまだ朝晩は冷え込む。そして亀は変温動物。寒い冬に冬眠して、まだ起きていない可能性もある。
「オリヴィアが岩と間違えて座ったジュエルトータスも、全く動いていなかった。しかも、背中に苔まで生えてた。冬眠していたなら、ありえる」
ユーリの推測を聞いて、ゴロンとオリヴィアが転がった。
「それじゃ、動いてる個体を探しても見つかるわけないじゃないのよ……」
今まで二日間、何のために歩き回っていたのか。貴重な時間を無駄にしてしまった徒労感は大きい。疲れがドッと襲って来た。
しかし、嘆いていても仕方がない。オリヴィアは地面から生えるように立っている岩を支えに立ち上がろうとし、その岩の表面がボロりとはがれた。
「え?」
はがれた中にあったのは、銀色の輝き。岩などではけっしてない。これこそ、まごう事なく、銀。
意味の分からない唐突な僥倖に、オリヴィアが歓喜の声を上げる。
「ねぇ! みんなこれ! これみ……へぶっ!」
しかし、セレスティアに頭を掴まれて地面へと引き倒される。
突然のことに文句を言おうとするオリヴィアの目の前に、ユーリの顔。ユーリも地面に横になっているのだ。そして唇に人差し指を当てて、
「しー……。声、出さないで。銀鉱床があるってことは……分かるでしょ?」
「……」
そうなのだ。銀鉱床があるということは、つまりここは、ジュエルタートルの甲羅の上なのだ。
昨日今日と何度も小高い丘に登った。泥だらけで苔むしており気が付かなかったが、おそらくそれらすべてが、冬眠中のジュエルトータスの甲羅。
自分たちが呑気に歩いていたのは、一瞬で自分たちを殺傷できるほどの力を持った、準伝説級の魔物だったのである。
先ほどのオリヴィアの声で目が覚めたのだろうか、それともそろそろ目を覚ます頃だったのだろうか。
ジュエルトータスがその大きな首をボコりと地面からだし、己の背中を見ようと首を曲げる。
服や顔が汚れることなど気にもせず、地面と同化しようとする六人。ジュエルトータスは外敵はいないと判断したのか、身動きできない六人を乗せたままのっそりと動き始めた。
「どうすんだよ、これ。大ピンチじゃねぇか」
まだ起きたばかりで覚醒していないのか、寝ぼけているようにのっそりのっそりと歩く大亀の背の上で、レンツィオがささやくようにユーリに問う。
「ん-、ピンチと言えばピンチだけど、チャンスでもあるんだよね」
「どういうことだ?」
「だって、ばれないように背中に乗る作戦だったけど、もう背中に乗っちゃってるよね。だったらあとは寝てくれるのを待てばいいだけだし」
「確かに、そりゃそうだが……いつ寝るんだよこいつ」
「さぁ。でも昼行性だし、夜には寝ると思うよ」
ユーリが太陽の位置を確認する。日暮れまであと1、2時間といったところだろう。
「やることないし、昼寝でもしとこうかな」
言うが早いか、ユーリはポシェットを枕にして目をつむった。
「まじで度胸あるなこいつ……」
すぐに寝息を立て始めたユーリを見て、呆れのため息をつくセレスティア以外の四人。ちなみにセレスティアはもうすでに寝ている。
「純伝説級の魔物の背中で、そうホイホイ寝れるかよ……」
と、そんなことを言っていたレンツィオであったが、ポカポカとした陽気と、ゆっくりしたリズムで歩くジュエルトータスの心地よい揺れで、しばらくの後に眠ってしまうのであった。
◇
日が山にかかり、少しずつ空が赤から紺に変わろうとしている時、ようやくジュエルトータスは歩みを止めて甲羅の腹を地につけた。
ズゥンに驚き6人が目を覚ます。
「っとぉ……呑気に寝ちゃってたわね」
「居心地良かったですもんね」
ジュエルトータスは背中に乗る6人に気がついていないのか気にしていないのか、湿原に身体を中ほどまで埋めて眠りについた。
6人は顔を見合わせて頷き合う。
間違っても大亀を起こさないように、そろりそろりと歩きまわり、背中に生えた突起物の泥をこそぎ落として確認する。
大きな金鉱床を見つけたときに、レンツィオが意気揚々とその前で壊す準備をし始めて、オリヴィアに静かに叩かれていた。気持ちは分かるが、取りに来たのは銀であり金ではない。
ユーリ、オリヴィア、レンツィオがそれぞれが目ぼしい銀鉱床の前に立つ。セレスティアはフィオレとナターシャのそばに控え、いつでも二人を抱えて逃げ出せるように準備。
ユーリは触媒をつけた手を鉱床にあて、オリヴィアはマンゴーシュに手を添え、レンツィオは正拳突きの構えをとる。
ユーリが左手をパーにして上げた。ファイブカウント。
無言で指を折る。
よん、さん、に、いち……
ユーリの手元から破裂音が、オリヴィアのマンゴーシュから金属音が、レンツィオは鈍い金属音を響かせる。
結果は……失敗。
銀鉱床は未だ大亀の背からは生えたままである。
「硬すぎんだろうがよっ!!」
『クウウウゥゥゥゥアアアアアアアアァァァァァァァ!!』
長く叫びながら、大亀がその長い首を伸ばした。
周囲の土が盛り上がり始める。大規模な土魔法。
幸いなことに、自らの背中に立つ小さな人間たちのことは認識しておらず、自分を攻撃してきた敵を探している様だ。
「くっ!」
オリヴィアが諦めきれずに二度三度とマンゴーシュで殴るも、銀鉱床は採れない。
そんなオリヴィアに向けてユーリが叫ぶ。
「オリヴィア!! 撤収!!」
「あぁもう! 分かったわよ!」
「さん、に、いち、点!!」
ナターシャの目眩ましが炸裂するとともに、大亀の背から飛び降りて脱兎のごとく逃げ出した。
『キュクルウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!』
未だに敵を見つけられていない大亀の声に背を向けて全力疾走。
収穫は、ゼロである。




