第147話
「と言う訳で、『大亀さん大亀さん背中につけた銀鉱石少し私にくださいな』作戦の概要を説明します!」
「おい待てやコラ」
セレスティアの屋敷のリビングでユーリが言うも、速攻でツッコミが入った。レンツィオである。
机の前に地図を広げるユーリと、そばに立って覗き込むオリヴィア。フィオレはソファに座り隣にいるセリィの頬をつつき、セリィは無表情でそれを受け入れている。
ナターシャは椅子に足を組んで座り優雅に紅茶を飲んでいて、セレスティアはうつらうつらと船を漕ぐ。
皆、自由気ままである。
そして何故かそんな中に放り込まれたレンツィオ。そしていきなり訳の分からない作戦名。ツッコミもするというものだ。
しかしそんなレンツィオに対し、ユーリはどこ吹く風といったような態度で言う。
「レンツィオ、発言したいなら手を上げて発言しないと、会議が混乱しちゃうでしょ」
「あ、すまねぇ。んじゃ発言いいか?」
「レンツィオ、どうぞ」
「おい待てやコラ」
先程と同じセリフを手を上げたまま言うレンツィオ。律儀である。
「何で俺が呼ばれてんだよ。何か見知らぬツラもあるしよ……ん? あれ? おい、お前……」
セリィの顔を二度見し、驚いた様にレンツィオが言う。
「スラム街のガキじゃねぇか。たしか、喋れねぇやつだろ。何でこんなとこにいんだ?」
「僕が連れてきたの。今は錬金術のお手伝いをしてもらってるんだ」
「んな勝手な……おめぇはそれでいいのか?」
スラム街の子供たちが、夢を見て飛び出していくことは多い。しかし、その殆どが迫害されるか、憲兵に捕まって領都から叩き出されるかのどちらかだ。
スラム街の外に出て幸せになれる例は少ない。まぁ、スラム街に居ても幸せなどほとんどないのだが。
目を見て問うレンツィオに、セリィは小さく、だが確かに頷いた。
「そうか。お前が良いなら、それでいい」
納得した顔で言うレンツィオ。
「んじゃ、レンツィオが納得したところで早速作戦の内容だけど」
「そっちはまだ良くねぇんだよオイ」
何事もなかったかのように説明しようとするユーリが、再度レンツィオに止められる。
「何故俺がここに呼ばれてんのか、ちゃんと説明しろや」
「土魔法を使える人が必要だからだよ」
「いや、そうじゃなくてだな……」
どうやらこの白髪の少年は、お願いすればレンツィオが協力してくれると信じて疑っていないようだ。
「何をやるかは分からねぇが、俺が付き合う義理もメリットもねぇっつってんだよ」
「んもー、じゃあ何でここに来たのさ。いやなら来なければ良かったのに」
「そりゃ、モニカから伝言を受けたからに決まってんだろ! てめぇ分かっててモニカに頼んでやがるな!? 可愛い顔してえげつねぇなお前!!」
レンツィオが憤慨する。それも仕方が無いだろう。ユーリはわざわざモニカにレンツィオへの伝言を頼んでいたのだ。ギルドに行けば結構な頻度で顔を合わせているのにも関わらず。
モニカに言われたのなら、それが古龍の討伐だったとしても行くしかないのだ。惚れた男は弱い。
そしてそんな悲しき男心を弄ぶユーリのなんと酷いことか。
「お前、昔はあんなに純粋無垢って感じだったのに、大分イイ性格に育ってやがんな……」
「レンツィオがいなかったからモニカに伝言を頼んだだけで別に他意はないよ。そんなことよりさ、ちゃんとレンツィオが協力してくれて、仲良し組に入ってくれたら、レンツィオが絶対欲しがる物をあげるよ」
「何をサラッとパーティ加入まで条件に入れてんだよ。何出されても入るわきゃ……」
「じゃーん! 純オリハルコンを使った強化ブーツー!」
レンツィオの言葉を遮ってユーリが一足のブーツを取り出す。レンツィオの石火にも耐えられるよう、そして蹴りの威力を高めるために靴底と爪先に純オリハルコンを仕込んだ逸品だ。
もちろんこだわりはオリハルコンだけではなく、使用されている革もただの革ではない。最近裁縫にも手を出し始めたユーリがつくった特性革だ。なめし液にもオリハルコンを魔法素材として強度を付与して作ったこだわりの作品だ。
鈍い光沢のある銅色が渋くてかっこいい。
「頑丈なだけじゃなくて、中敷にもこだわりました! ジャイアントスパイスダーから取れた糸を使って柔らかかつ頑丈になってます。これで石火の衝撃を吸収して足へのダメージを防げるのですっ」
得意げに胸を張り説明するユーリ。しかしレンツィオは胡散臭げな顔だ。
「んな戯言、誰が信じるっつーんだよ。よりにもよってオリハルコンだぁ? もーちょいマシな嘘を……」
「じゃーん! 純オリハルコンを使った強化籠手ー!」
またしてもレンツィオの言葉を遮って一対の籠手を取り出すユーリ。
こちらは柔軟性のある革をベースにつくった肘まである籠手だ。指先は出るように作られており、第二間接と手の甲の部分をオリハルコンで固めてある。相手の攻撃を防げるように、腕の部分にもオリハルコンのプレートを仕込んである。ちょっとやそっとの攻撃ではびくともしない代物だ。
「さらに内側には光属性による殺菌効果とミントローズの消臭効果もありほのかに良い香りがします! 意中のあの子の前でも問題なしっ!」
「だから信じられるかボケ! オリハルコンの武器がいくらすると思ってやがんだ!」
信じられないのも無理はないだろう。オリハルコンが少量含まれただけでも値段が跳ね上がると言うのに、純オリハルコンの武器や防具なんてお目にかかることさえめったにないのだ。そんなものがこんなにホイホイ出てきていいわけがない。
全く信じようとしないレンツィオに、にやにやしながらオリヴィアが近づく。
「あれれ~、レンツィオ。本当にいらないの? 絶対後悔するわよ~?」
「するわきゃねぇだろ。10歳そこらで錬金術師ってだけでも信じられねぇのに、そんなガキがオリハルコンの武器だなんだを作っただなんて、どこの誰が信じるっつーんだよ。空からオリハルコンが降って来たって言われた方が何倍か現実味があるぜ」
「んふふ~。ねぇレンツィオ。これ見て、これ」
にやにやしたままオリリン……オリハルコンのマンゴーシュをちらつかせるオリヴィア。
「今日は気分が良いから、ちょっとだけ触らせてあげるわ。これからあんたが驚愕する顔が見れると思うと、とても気分が良いのよ」
「はぁ? おまえ何を言って……」
レンツィオは受け取ったマンゴーシュを訝し気に眺め、握り、触り、指ではじき、その目がどんどん大きく見開かれていった。
「は、はぁ~~~~!? な、これ、はぁ~~~~~~~~!?」
言葉にならない。銅に似た色合いの、明らかに銅とは異なる金属。固く、強い。明らかに良質、明らかに秀逸。昔ギルドにいた金融冒険者に見せてもらったオリハルコンの武器に似た響き。いや、あれはたしかオリハルコンの配合量は3割ほどであった。古い記憶だが、確かに分かる。このマンゴーシュの方が格上だ。
「はいそこまで~。もう触らせてあげなーい」
ひょいとレンツィオの手からマンゴーシュを取り上げて、布で綺麗に拭くオリヴィア。
「おま、それ。まじか? マジもんかよ」
レンツィオの問いに答えず、マンゴーシュの手入れが終わったオリヴィアは満足げに鞘に戻した。
「んふー」
そんなオリヴィアの隣で何やら自分のショートソードを抜き放ち、これ見よがしに眺めるセレスティア。わざとらしくレンツィオの顔に光を反射させる。いやらしい。
こちらは見ただけで分かった。青みがかった銀の採光。ミスリルだ。
セレスティアはレンツィオが自分を、自分の剣を見ていることを確認し、すぐさま剣を鞘に戻した。こちらは触らせる気はないらしい。
「おまえ、それ、その剣、まさかミスリルの……」
「ん? 何? 私、知らない」
しらばっくれるセレスティア。
「……いや、モノに釣られてたまるかよ。俺は誰とも群れねぇ質なんだよ」
強情なレンツィオにユーリがため息をひとつついて言う。
「んもー、仕方ないなー。それじゃ、銀採掘のお手伝いたけでいいや。そのかわり報酬はブーツだけね」
スッと籠手……オリハルコン仕込みの籠手をしまうユーリに思わずレンツィオが声をかける。
「待て」
「ん、なに?」
「……るよ」
「え? 聞こえないよレンツィオ」
「……分かった、入るよ! 入ればいいんだろ!? だからさっさとそれを寄越せ!!」
人間というのは、報酬を積まれるよりも、減らされる方が心が動く。
意図していたかは分からないが、まんまとユーリの手のひらで踊らされたレンツィオであった。
レンツィオ、不本意ながらも、『仲良し組』に加入。




