第143話
「エマ教官、二人は大丈夫でしょうか……」
「だからぁ~~。大丈夫だって言ってるじゃないのぉ~~」
オリヴィアから問われる数十回目の質問に、辟易とした様子でエマが答える。
ベッドに横たわるのは白と灰色の子供。ユーリとセリィである。
「だって、信じられないくらいの汗をかいていて、ものすごい集中力で何時間も……。ちゃんと目を覚ましますよね?」
「だ~~か~~らぁ~~。脱水症状と極度の疲労ってだけだってばぁ~~。水分は取らせたから問題ないしぃ〜〜、疲労そのものが原因で死ぬことだってないわよぉ〜〜」
「しかし、過労死とか……」
「過労死っていうのはねぇ、過労そのものじゃなくてぇ、過労によるストレスや負荷が原因で身体機能に異常が出るのが原因なのぉ。もー、いい加減にしなさいよねぇ〜〜」
「……でもっ」
「ていっ」
何を言っても大人しくならないオリヴィアの頭に、可愛らしい掛け声でエマが医療書で打つ。角で、的確に痛いツボ目掛けて。えげつない。
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
声にならない悲鳴を上げるオリヴィア。蹲る彼女をみて、エマは満足気な笑みを浮かべる。
「んふー、良いわねぇ。普段強気な子の漏れるような悲鳴っ! オリヴィア、いい声で鳴くじゃない〜」
「え、エマ教官……痛い……」
涙目で見てくるオリヴィアを放置し、エマはユーリとセリィを見る。
極度の疲労状態だ。外傷は全く無く、命に別状はない。しかし、
「何度もこんなことになると、流石に身体に影響がでちゃうわねぇ〜。オリヴィア、一体何をしていたのぉ?」
「えっと、それは……」
鍛治。そして行っていたのはおそらく、ミスリルの精製だ。
こんな重大なことを勝手に喋るのははばかられる。
オリヴィアが口籠っていると、ベッドの方から声がした。
「ミスリルを作ってたんだ」
見ると、ユーリがゆっくりと身体を起こしていた。
「ユーリ! もう大丈夫なの!?」
「ちょっとフラフラするけど、大丈夫」
目頭を抑え、頭を振る。あれだけ集中していたのだ。すぐに回復するわけもない。
「ミスリルって、あの幻の金属のことぉ?」
ユーリの言葉にエマが疑わし気な声をあげる。流石にそう簡単に信じられることではない。
「うん。多分、出来たと思う。ナイフならちょっと前に作ったから。ボルグリンの鍛冶場に置いてきちゃったから、手元には無いけど……」
ナイフ。そう聞いてオリヴィアがボルグリンの店を出るときに渡された物を思い出す。
腰に挿してあるそれの布を解く。出て来たのはどう見てもナイフだ。
持ち手にはつややかな茶色の木材が使用されており、厚手の革で作られた鞘に包まれている。ヒルト部分からほんの少しだけ覗く刀身が、青い輝きを放っている。
ゴクリと唾を飲み、オリヴィアがゆっくりと鞘を引き抜いた。
「……」
言葉が出なかった。明らかに異質な輝き。青銀色に輝く刀身に視線が吸い込まれる。
「何これぇ……これがミスリルなのぉ?」
先ほど疑わし気な声をあげていたエマが、信じられない物を見る目でそのナイフを見る。あまり武器に詳しくないエマでも分かる。そのナイフの異質さ。
「多分、ミスリルなんだと思う。今まで純ミスリルの武器を見たことないから分からないけど……」
「私も、分からないけど。多分ミスリルよね、これ」
噂話にしか聞いたことが無い純ミスリルの武器。
曰く、鉄よりも軽く。
曰く、鋼よりも固く。
曰く、銀よりも粘り強い。
そして何より、青色に似た輝きを放つという。
まさに、このナイフである。
「でもぉ、これがミスリルだったとしてぇ、どうしてユーリ君とセリィちゃんが倒れることにつながるのかしら~?」
「ミスリルの武器を打つのには、すごく集中力がいるんだ。錬金術をしながらの鍛造するんだけど、すごく繊細で、変化しやすくて。細心の注意を払いながら、何時間も鍛冶をしなくちゃいけない。錬金術の最中だから、休憩するわけにもいかない。本当に大変だった。大変だった、だけど」
出来た。
ユーリはその言葉を心の中でかみしめる。
これでセレスティアを正式に仲間に向かえることが出来る。
そういえば、ミスリルのナイフを作っておきながらちゃんと見ておかなかったなと思い、ユーリがオリヴィアに手を伸ばす。
……渋々と言った様子でナイフを渡すオリヴィア。とても欲しいのだろう、そのナイフが。
改めてそのナイフを見て思う。良い出来だ。
「ね、ねぇユーリ、そのナイフなんだけど……」
「これ? これはね、セリィにあげるんだ。そのうちセリィにも僕たちの旅に一緒に来てもらおうと思って」
「あ、ふーん。そうなんだ」
オリヴィアががっくりと肩を落とした。あからさまに落胆している。
そんなオリヴィアにユーリが苦笑して声をかける。
「オリヴィアには、その内ミスリルの細剣を作ってあげる」
「え?」
オリヴィアが顔を上げる。
「え、え? 本当に!? 私にも作ってくれるの!?」
「うん。だって同じパーティの仲間だし。戦力は高い方がいいから」
「~~~~~~~~っしゃぁっ!!」
声にならない喜びの叫びをあげ、大きくガッツポーズするオリヴィア。
オリヴィアは想像する。右手にはミスリルの細剣、左手には悪霊を払うオリハルコンのマンゴーシュ。かっこいい。いや、もはやかっこよすぎるのではないか?
「でも、今は銀が足りないから作れないや。今度取りに行かないと」
「いつ行くの!? 明日!?」
「オリヴィア、あんたねぇ~。少しはユーリ君を休ませてあげなさいよぉ。さっきはあんなに心配していたくせに~」
ミスリルの武器がもらえるとあってはしゃいでるオリヴィアにエマが呆れる。
「うーん、せっかくだからちょっと多めにあつめたいから、学年末の長期休暇のときかなぁ」
「ぐぅ、なかなか遠いわね……でも分かったわ。ちょっとラウラと話ししてくるわね!」
居ても立ってもいられないのか、オリヴィアが早速とばかりに医療室から出ていった。
「ユーリ君は念のため、今日はここで寝ててねぇ。明日の朝診察して、問題なければ帰っていいわよぉ」
「うん、ありがとう、エマ」
ユーリは再びベッドに横たわり、身じろぎもせずに寝ているセリィを見る。この子のおかげでまた一歩前に進むことが出来た。
「ありがとう、セリィ」
小さなその頭を撫でてから、ユーリも眠りについた。




