第138話
最近は精霊化やポーション作成に傾倒していたユーリではあったが、夢への挑戦もあきらめたわけではなもちろんない。空いた時間は常に思考を巡らせ、どうにかして魔法を使えないかと考えている。
今考えているアプローチ、それは、
「錬金術で魔力をそのまま魔法にできないかな」
という事だ。
今までは魔法を使えるようになる魔道具を作ることにこだわっていたが、そもそも魔道具を作らなくてもよいのではないかと言う発想である。
「例えば、中和剤入りの触媒を通して波長を無くした後に、魔法素材で波長を変換、変換した魔力を水に変換するイメージで……って、イメージを付与する対象が無いと意味ないよねぇ」
触媒と魔法素材にこめられた魔力がすっと霧散していった。
「うーん、魔力を動力とする魔道具は今のところ作れないし、かといって錬金術をそのまま魔法にすることもできない。んー、何かいい方法は無いかなぁ」
「今日もユーリ君は悩んでますね」
そんなユーリにエレノアが苦笑する。ここ数年でぐんぐん身長が伸び、幼さが消えてきてはいるが、錬金台の前で首を捻っている様子は四年前と変わらない。
ユーリ君と出会ってから、もうそんなに経ったのかと、少し感慨深くなる。
「エレノアは今は何の研究をしてるの?」
「私ですか? ふふふ、実は魔力鍵の改良版をつくっているんです!」
以前、完成と同時にスクラップになった魔力鍵。あの時エレノアが激しく落ち込んでいたが、あきらめてはいなかったらしい。
「よく考えたら、そもそも触媒と中和剤を用いて開けることが出来るのは私とユーリ君くらいなので、あのまま完成としても良かったんですが、それだけでは面白味が無いのでもうひとひねりしてみました」
取り出したのは掌で握って捻るタイプのドアノブである。真ん中に捻りが付いており、捻ることで鍵がかかる一般的なものだ。しかし、一般のドアノブと異なる点が一点、それは、外側も内側も捻りが付いており、どちらにも鍵穴がないという事だ。
これではどちらからも簡単に入ることが出来るため鍵の意味は無いように思える。
「これは人差し指と親指でつまみを握った時に波長を感知するようになっているのですが、前回と異なるのは波長の重なりで判定を行っています。人差し指側と親指側、同時に触れたときにしか開錠しないようになっているんです。なので、どちらか一方のみに触れても開きません。必ず同時につまむ必要があります。タイミングはシビアですが、5,6回触れれば大抵開けることが出来ます。ふふふ、これを中和剤を用いて行うのはかなり難しいですよ」
なるほど、確かにそれならユーリとて簡単に開けることはできないだろう。
そこでふとユーリの頭に疑問が浮かぶ。
「あれ、魔力用紙もそうだけど、どうやって魔力の波長を感知してるの? 普通触媒を使わないと魔力ってほかの物質に浸透しないよね?」
当然の疑問である。そのままでは物体に魔力を通すことが出来ないので、錬金術師は触媒を使用するのである。
「実は二つの方法があるんです。一つは簡単です。金属に触媒を練り込む等、触媒を使用する方法です。ドアノブに触媒を塗っている様なものですね。魔力を感知する程度なので、そうそう触媒が焼き切れることもありません」
「あ、そっか。別に魔導具と言ってもただの物体だし、触媒を使えば魔力を通せるのか」
「そのとおりです」
「えっ、えっ、ちょっと待って。なんで気が付かなかったんだろう。なら、魔力を動力とする魔導具を作って、それに触媒で魔力を流し込めばいいんじゃないの!?」
ユーリの言葉に、その手があったかと手を叩くエレノア。
「錬金術で作成した魔導具に、錬金術で魔力を与えて発動する、ですか! 思い付けばそうですが、その発想はなかなか出ないですよ!」
「早速やってみよう!」
「私も作ってみます!」
キャッキャキャッキャとはしゃぎながらそれぞれ好き勝手に錬金術を始める二人。
さて、出来上がった魔導具は。
「じゃーん! 水を産み出す魔導具(改)です!」
以前失敗した水を産み出す魔導具だ。タライに蛇口がついているだけである。
「やってみてくださいやってみてください!」
ユーリは出来た魔導具に触媒を繋げ、通力する。魔力が魔導具に届いた時……
チョロチョロチョロチョロ
「出たーーーー!!」
「出ましたーーーー!!」
水を産み出す魔導具……いや、魔導具かどうかは怪しいが、とにかく水を産み出すことに成功した。
ユーリが喜んで飛び跳ねる。
「出来たっ!! 出来たーーっ!! やったーー!!」
ユーリにとってこの一歩は大きい。大きすぎた。
自分の魔力を使用して水を産み出すことに成功したのだ。何の魔法も使えなかったユーリにとってこれは非常に大きい。
「もうこれ魔法を使えてるって言っても過言じゃないよね!?」
過言である。
「えーっと、うーん。産み出した水が操作できるわけでもないので、魔法とは言えない、かもしれないです」
エレノアは否定したが、ユーリには聞こえなかったのかはしゃぎ続けている。
自らの魔力から産み出された水を手で掬い、ペタペタと顔につけ見たりちょっと飲んでみたり。
まるで初めて水を認識した子供のような様子に、思わずエレノアの頬が緩む。
実際のところ、この発明はそこまで世界を変えるものではない。
産み出した水を操ることは出来ないし、通力で触媒を介して魔力を変換しているため、一度に産み出せる水の量も少ない。そしてなにより、そもそも錬金術師しか使うことが出来ない。
錬金術師の数は魔法使いに比べると非常に少ない。水が欲しければ水魔法を使える人を見つけるほうが早いし簡単だし量も多く作り出せる。この技術が役に立つとすれば、水魔法の使えない錬金術師が、どうしても水を作り出さなければならなくなった時くらいであろう。
それでも、出来た。
エレノアはそんな事実を伝えるのは止めた。伝える言葉はたった一つでいい。
「ユーリ君」
「出来たーーっ!! ん? エレノア、何かいった?」
「ユーリ君、おめでとうございます!」
「うん! ありがとう!!」
それだけで良い。
◇
錬金術で水を産み出してからというもの、ユーリはとにかく魔導具をたくさん作った。一か月の間、もくもくと。
火が出るもの、風が吹くものといった単純なものから、通力するとパタパタと羽を動かす蝶のおもちゃや、棒が動いて鉄の板に当たりメロディを奏でる楽器、さらには足から通力することによりタイヤが回りゆっくりと進むスケートボードのようなものまで。どう考えても歩いたほうが早いし、足から通力できる器用な人など皆無なので、実用性は全くない。
「ふぅ。まぁでも、魔法と呼ぶには汎用性が低すぎるよね」
「あ、ようやく正気に戻りましたか……良かったです」
この一か月、狂った笑顔を顔に張り付けて、壊れたようにガラクタを作り続けていたユーリが、ついに正気に戻った。
止めるに止められなかったエレノアがホッと息をつく。そして自分も錬金術に夢中になっている時は、あんな感じになっているのかもしれないとちょっと不安になった。
「汎用性は無いし、錬金術師にしか使えないけど、それでも無属性の僕でも魔法に近い事象は再現できた。この事実が分かったことはすごく大きなことだと思う」
「そうですね。課題はまだありますが、すごく大きな一歩だと思います」
そうなのだ。課題はまだある。
一番大きな課題は、魔力を操れていないこと。今やっていることは魔力を魔道具を用いて別のものに変換しているだけであって、魔力を操って何かをしているわけではない。
二つ目の課題が、流せる魔力量が非常に少ないこと。触媒に流せるような微々たる魔力では、起こせる事象も小さい。
三つ目が通力出来る者しか使用できない事。ユーリは通力ができるので、この課題は優先順位が低い。
「全ての人が、全ての魔法を使えるようにすること。壮大な夢だけど、道のりは見えた気がする」
「まだ先は長いかもしれませんが、確実に見えてきていますね」
そうだ、まだ先は長い。
ユーリは左手の爪を見る。いや、もう金色は指に達していた。
動かなくなるようなことは無いが、その部分に感覚は無い。
先は長いが、時間が沢山あるとは思えない。
エレノアもそうだ。金色が着実に侵食してきている。エレノアはユーリと違って、侵食されているところが脳に近い。
なんだかそれは、不味い気がする。
これからも夢に向けた研究は続けるとして、第二級キュアポーションの作成も急ぐ必要があるだろう。
そのためにはミスリルの製法を確立し、セレスティアを仲間に引き入れて、世界樹へと向かわなければ。
ユーリの作った魔道具で遊ぶセリィに目を向ける。
セリィとの意思共有を深いレベルで行い、ミスリル作成を成功させる。それが直近の課題だ。
課題のクリアのためには、よりセリィとお互いのことを分かり合う必要がある。だから。
「ねぇ、セリィ」
ユーリが呼びかけると、セリィが蝶のおもちゃで遊ぶのをやめてユーリを見た。
「しばらく一緒に暮らそう」
絶句した。エレノアが。




