第127話
「うーん、二級のキュアポーションですか……作成はほぼ不可能としか言い様がありませんね……」
ユーリに相談されたエレノアが悩まし気な声を上げる。
「三級ポーションを作った時みたいに、代替素材で作れないの?」
「それは不可能です。二級と三級の間には大きな壁があるんですよ。ポーションの場合ですが、三級までは『怪我を治す』というものですが、二級になると『失った腕を生成する』効果があるんです。ユーリ君ならもうこの意味が分かりますよね?」
「腕を生成するということは、物質の生成をしないといけない。だから難しいんだ」
「正解です。前、ユーリ君が作ろうとした『水を生み出す魔導具』と同じです。怪我を治すという性質からポーションとは言われていますが、三級までと二級以上は別物だと考えたほうがいいですね。キュアポーションも同様です」
「そっかー。ちなみに二級のポーションとキュアポーションのレシピはあるって聞いたんだけど、エレノアは知ってる?」
「確かあったはずですが……ちょっと待ってくださいね」
そう言うと、エレノアは紙が大量に積まれた一角を漁り出す。これまでに作ったり考案したりした魔導具のレシピの山である。
「ポーション関係はここらへんに……これかな? あったあった、ありました」
紙の束を2つ、ドンと机の杖に置く。
「こっちがポーションで、こっちがキュアポーションのレシピです。一番上の一枚が錬金術師ギルドから公表されているもので、その下の紙は私が考察した内容です」
「すごい! エレノアも研究してたんだ!」
「二級以上のポーション作成は錬金術師の悲願ですからね。ある程度技量のある錬金術師であれば、誰でも一度は研究に手を出してると思いますよ」
そして誰も成功していないのですが、とエレノアが苦笑いする。
「実際に作ったわけでは無いのですが、必要な魔法素材の属性値から必要な魔力を概算したところ、全く足りなかったので諦めたんです」
エレノアの話を聞きながら、ユーリはペラリペラリとエレノアの考察した内容を確認する。
「……すごい、錬金術だけじゃなくて薬草と調合の観点からも詳しく書いてある」
「錬金術にはイメージが必須ですから。そのレベルになると使用する素材の特性まで考える必要があると思ったんです」
二度レシピとエレノアの考察に目を通したユーリは、新しい紙を広げてカリカリとペンで何かを書き始める。
「何を書いているんですか?」
「エレノアの考察から、手に入れることができる素材で代用したレシピ考えてる」
「なっ……」
驚いてユーリの手元を覗き込むエレノア。
ユーリがやろうとしていることはエレノアも一度行おうとしたことだ。エレノアはその過程でどう頑張っても魔力が足りないことに気がついてやめてしまった。
それをユーリは、たった二度速読しただけでやろうとしている。
書き連ねている内容も、大きな誤りはない。薬草と調合の知識が足りないのか、ところどころ冗長なところはあるが、それでも当時エレノアが考えていた内容と大差はない。
自分と会っていない間に、錬金術を禁止していた間に、一体どれほど努力したのだろうか。錬金術の理論構築が一年前とは別人と言っていいほど巧妙い。鳥肌が立つ。
三パターン目のレシピ考察に入ったユーリの手をエレノアが止めた。
キョトンとした表情でエレノアを見上げる。
「どうしたの?」
「……もったいないです」
「もったいない?」
「ユーリ君の錬金術理論に、薬草と調合の知識が追いついていません。例えばここ、ユーリ君はハーモニーハーブとミストローズの2つを使用していますが、リバーグリーン1つで代用できます。ユーリ君は初等部で習った薬草学の知識しか知らないので当然ですが。一度、薬草と調合について詳しく学びませんか?」
エレノアの提案にユーリが飛びつく。
「知りたい! エレノアが教えてくれるの!?」
「いいえ、私より詳しい人がいます。喜んで色々教えてくれると思いますよ」
「だれ!? 紹介して!」
急かすユーリにエレノアがほほえみながら答えた。
「ユーリ君も知ってる人ですよ。私の、おばあちゃんです」
◇
「お婆ちゃん、いるー?」
一緒に行こうと誘ったが『新しいレシピの考察途中なので……』と断った祖母不孝者を置いて、ユーリはアデライデの薬草店へとやって来た。
「はーい、どちらさまですかー? ……って、ユーリじゃない。何? 薬草買いに来たの?」
しかし、出迎えたのはアデライデではなく金の亡者……もといニコラであった。
「えっと、お婆ちゃんに薬草の話を聞こうと思って来たんだけど……ニコラは何をしてるの?」
「え? いや、まぁ。それはその、アレよ……」
バツが悪そうに顔を背け、少しだけ頬を染めるニコラ。
「おば……アデライデさん、腰の調子があんまり良くないみたいだから、時々手伝いに来てるのよ……。ほ、ほら! このお店、そのうち畳んじゃうなら使わせて貰おうと思って! 立地も悪く無いし!」
何やら一人でワタワタと弁明するニコラ。
「だから時々お手伝いに来て、このお店の権利を虎視眈々《こしたんたん》と狙ってるってわけよ! お、オホホホホ! ホホホホホホホ!」
視線をそらして不自然な高笑いをするニコラ。そんなニコラの後ろからアデライデがゆっくりと姿を表した。
「わたしゃ、いつでもこの店をニコラちゃんの好きにしてもらって構わないんだがねぇ。わたしにはもう未練はないよ」
「アデライデさん! 腰は大丈夫ですか!?」
「なんだいなんだい、いつもはお婆ちゃんって呼んでくれるのに、急に余所余所しいねぇ」
「え、いや、アハハハハハ……」
どうやらニコラは随分とアデライデに懐いているらしい。
「お婆ちゃんこんにちは!」
「おや、こんにちはユーリちゃん。また背が伸びたねぇ。今日は、どうしたんだい?」
「薬草と調合について色々教えてほしくて。良いかな?」
「もちろんだよ。客なんてほとんどこないし、来てもニコラちゃんが対応してくれるから、時間はたっぷりあるよ」
「ありがとう! それじゃね、えっとね、ソフィン草のことから教えて! 全部!」
人生のほぼすべてを薬草と調合に費やしたアデライデ。彼女の頭の中には基本的な知識はもちろん、実際にやってみなければ分からない現場の知識や豆知識まで、様々な知識が詰まっている。
アデライデはゆっくりと、たまに思い出話をはさみつつ、ユーリにその全てを継承する。
◇
「……だからノクターナルローズを採取するなら、寒い夜が良いよ。ちなみにその花弁はとてつもなく苦くてねぇ、食べると舌が真っ黒になるんだ。昔、エレノアが小さい時に店においてあるノクターナルローズの花弁を食べたことがあってね。苦い苦いと泣き叫んで大変だったんだよ。もう十五年は前の事だね」
「あははは、エレノアいたずらっ子だったんだ」
「毒がない植物で良かったわね……」
「いたずらっ子というか、好奇心旺盛な子だったよ。人より植物が好きな子でねぇ。いつもいつも店に置いてある薬草を眺めていたよ。今思えば、時々薬草の葉っぱが千切られてなくなっていたのは、エレノアが食べたり遊んだりしたからだったんだろうねぇ」
「だからエレノアは植物に詳しいんだね! エレノア凄いんだよ! 錬金術のレシピで植物が必要な時、すぐに最適な植物を教えてくれるの!」
「あたしは錬金術はからっきしだけど、あの子がとても頑張っているのは分かるよ。ただ、錬金術ばかりして引き籠もっているのは心配だねぇ。もうすぐ二十だってのに、浮いた話の一つも聞きやしない……。錬金術で彼氏の一人でもつくれないもんかねぇ」
「うーん、生物の創造は錬金術の禁忌だから、彼氏を作るのは難しいかも……」
アデライデの冗談にユーリが本気で返答する。
「いや、本気にしてんじゃ無いわよ」
「あ、でも惚れ薬とかならつくれるかも」
「ちょっとユーリ、その話詳しく聞かせなさい」
二ヶ月間、ほぼ毎日アデライデの店に通い詰め、話を聞いたり、店の手伝いをしたり、調合をしたりして過ごしたユーリ。その頭の中にはアデライデから伝授された知識が大量に入っている。
……エレノアの恥ずかしい過去もたくさん入ったが。
「ふぅ。この2ヶ月、喋りっぱなしだったねぇ。これまでの人生で一番多く話をしたよ。ユーリちゃん、あたしが知ってることは、これで全部だよ」
「……うん、ありがとう」
「ユーリちゃんが話を聞いてくれて嬉しかったよ。これで本当に思い残すことはないねぇ」
「ちょっとお婆ちゃん! 縁起でもないこと言わないでよ!」
まるでもうすぐ死ぬかのような言い方をするアデライデに、ニコラが怒る。
「そうだよお婆ちゃん! 今度は僕がたくさん冒険して、お婆ちゃんにお話をする番なんだから! 長生きしてくれないと困るよ!」
「ふぇふぇふぇ。この歳になってもまだ楽しみが増えるとは、長生きはするもんだねぇ」
「お婆ちゃん、本当にありがとう。またわからないことがあったら聞きに来るね」
「こちらこそ、楽しかったよ。またいつでもおいで」
「うん、またねお婆ちゃん! ニコラもまたねー!」
「エレノアさんに、たまには顔出すように言っときなさいよ!」
「はーい!」
さぁ、知識は蓄えた。次は錬金術での応用だ。




