第125話
夏が終わり、秋が来た。
高等部一年、前期の錬金術の授業が終わる。
エレノアと約束した日から、ほぼ一年。
この一年間、一度もエレノアの姿を見ていない。ようやく今日、会える。
錬金術の基礎は学んだ。禁忌も頭に叩き込んだ。
「はい、それでは、前期の錬金術の授業はこれで終わりです、はい。後期からも錬金術を学びたい人は、また来週からも、この時間、教室に来てください。では、はい、お疲れ様でした」
今日は体調不良でナターシャはいない。たった一人の生徒に挨拶をするフィリップ。
「ありがとうございましたっ!!」
ユーリも頭を下げた後、一目散に走る。目指すはもちろんエレノアの研究室だ。
やっとあの研究室に行ける。ようやく錬金術の研究が出来る。嬉しくて涙が出てくる。
でも、そんな事よりも、もっと嬉しい事がある。
「エレノアっ!!」
エレノアに、会える。
ノックもせずに研究室の扉を開け放つユーリ。
1年経っても何も変わらないエレノアの研究室。雑多に置かれた魔法素材、作成したレシピの束、そして、触媒の香り。
エレノアはいた。こちらに背を向けて立っている。一年前と変わらない。いや、少し髪が伸びている。
ゆっくりと振り向くエレノア。
緑の髪に、少しだけ金色が混ざっている。
エレノアはユーリを見ると、少し驚いた顔をしたあとに、ニコリと微笑んだ。
色白で、ちょっと不健康そうな、優しい微笑み。
「おかえりなさい、ユーリ君」
「ただいま!!」
思わずエレノアに駆け寄り抱きつく。エレノアがその頭を優しく撫でた。
「ユーリ君、背が伸びましたね」
「うん」
「一年間、ちゃんと錬金術を我慢しましたか?」
「うん」
「学園の授業をきちんと学びましたか?」
「うん」
「はい。偉いですね。じゃあ今日からまた、一緒に研究をしましょう!」
「うん!! する!!」
一年間で下地は整えた。やりたいこともたくさんできた。
さぁ、錬金術を始めよう。
◇
「じゃじゃーん! ユニコーンの角ー!」
久しぶりにエレノアに会えたユーリは、早速とばかりにユニコーンの角を取り出して見せる。
突然のレア素材の登場にエレノアが目を丸くした。
「ユニコーンの角!? ほ、本物ですか!?」
「もちろん本物ですっ。水晶樹の森に行って貰ったんだー。なんとこれだけではないんです! こちらが木のエレメント! そしてそして、木龍のうろこ!! ついでにこれが水晶樹のカケラだよ!」
「はわぁ〜〜! す、すごいです〜〜!」
恍惚の表情でユニコーンの角と水晶樹のカケラに頬擦りするエレノア。なお、後者は星喰クジラのウンコである。言わぬが花だ。
「水晶樹の森はすごくきれいだったよー! 一面に水晶の柱が立ってて、光をキラキラ反射してて! 湖にはね、クロコサーペントって言う魔物がいたんだ! 銀級の魔物! そいつがユニコーンの角を飲み込んじゃって大変だったんだー。あ、あとね、これは素材じゃないんだけどね、錬金術を使ってすごい金属が作れるかも知れないんだ」
「金属ですか。第一の錬金術派閥の分野ですか?」
「ううん。もっと貴重なの。ミスリルとかヒヒイロカネっていうのとか。だからこの前鉱山に行って鉱石を採ってきたんだ」
「み、ミスリルですかっ!? あの幻とも言われる金属ですよね……?」
「うん。たぶんそれの事だと思う。あとねあとね! 錬金術の新しい使い方を考えたんだっ! そうそう、新しい使い方と言えば中和剤なんだけどね! 錬金術に使うだけじゃなくてね! いろいろな使い道があるんだ! 廃鉱山に行ったときにね!」
しゃべるしゃべる。ユーリはここ一年の出来事を全て話すのではないかというくらいの勢いで話した。
一通り喋り終えて満足したのか、ユーリが一息つく。
「ふぅ。ごめんねエレノア。僕ばっかり喋っちゃった」
「いえいえ、聞いててとても楽しかったです! 一年間いろいろな事をしてきたんですね」
「うん! エレノアと錬金術の研究を再開するまでに出来ることは可能な限りしておこうって思って。エレノアはずっと研究してたの?」
「錬金術の研究もそうですが、精霊化についていろいろと調べていました」
精霊化と聞いて、ユーリはエレノアの髪を見る。頬にかかる一房の金色の髪。少しだが、一年前より金色の部分が、多くなっている。
「ごめ……」
ごめんなさい。言いかけて口を閉ざす。もう一年前にさんざん謝ったし、前を向くと決めたのだ。一度頭を振り、顔を上げる。
「何か分かった?」
「色々と書物を読み漁ったのですが、あまり分かりませんでした。精霊化で死亡した例はいくつかありましたが、私達のように生きている例は無かったんです。死亡例はどれもほぼ同じで、属性値の高い魔法素材を使用して自分または他人に錬金術を施し、錬金反応が始まるとともに制御を失って飲み込まれる、といったものですね。当然死亡例しかないので、元に戻ったなどという文献もありませんでした」
「……そっか」
「精霊化と言われるくらいですし、何かしら精霊と関係があると思ってそちらの方でも調べてみたのですが、大昔は精霊に捧げる生贄として、人間に属性値を付与していたところがあったとか。なんでも、精霊化して死ぬ直前に、精霊の言葉を聞くことができるとか、精霊と話すことができたらしくて。精霊化という言葉もそこから来ているようです。まぁ、あくまでも言い伝えですが」
エレノアの言葉にユーリが考え込む。
「精霊の声……そういえば、僕が一年前にエレメントで実験したときも、声みたいなのが聞こえたような気がする」
「本当ですか!?」
「うーん、確実とは言えないんだけど、頭に声が響いた気がするんだ」
「今はもう聞こえないんですか?」
「うん。あの時だけ」
「そうですか……ちなみに何と言っていたんですか?」
ユーリは、あの時のことを思い出す。視界が金色に染まったときの事を
「何て言っていたかは分からないや。でも、何かを呼んでいたような気はする。『誰かーいませんかー』みたいな」
「なるほど……それが精霊の言葉、なのかもしれませんね。少しそちらの方向でも調べてみますね」
精霊化が何なのかは分からない。しかし、言葉が話せるモノが相手であれば、何かしら解決のための会話ができるかも知れない。
「ねぇエレノア。精霊の声を聞く魔導具とか作れるのかな? 錬金術の禁忌にはならない?」
「おそらく、誰も試したことは無いと思います。できるかできないかは、私は分かりません。錬金術の禁忌には当たらないと思いますよ」
「『神への干渉』にならないかな?」
「おそらく大丈夫です。たとえ精霊が神だと仮定しても、干渉するのは『精霊の声を聞く魔導具』であって、私達ではないので」
「よし、そっちもいろいろ試してみよう!」
「はい、一緒に頑張りましょうね」
エレノアの髪も、ユーリの爪も、金色は少しずつ広がっている。何か影響があるかどうかはわからないが、何かしらの解決策を探す必要がある。
決して悠長にしている暇はないのだ。




