第113話
しばらく疾走し、クロコサーペントが追いかけてこないことを確認したユーリとセレスティアが速度を緩めて止まる。
風魔法を解いたのか、オリヴィアとレンツィオがドサリと落ちた。
ユーリもお姫様抱っこ状態で抱えているフィオレを降ろす。どことなくフィオレが残念そうである。
「うぐっ……やっぱ4つの石灰は俺にはまだはえぇな……」
痛がるレンツィオの足に、すかさずユーリが第四級位ポーションをかけた。すぐに痛みが引く。
「いいのか? これ4級ポーションだろ?」
「うん。たくさん持ってるし」
「たくさんって、そんな安いもんでもねぇだろ」
「前に自分で作ったやつだから」
「まじかよ……」
半年前にエレノアから錬金術の禁止命令が出たが、それ以前に4級ポーションはたくさん作っていた。あまり怪我をすることがないので出番がなく、多く余っているため気兼ねなく使えるのだ。
レンツィオは数歩歩き、足に異常が無いことを確認して、オリヴィアを見る。
「……」
「オリヴィアさん、大丈夫ですか?」
相当怖かったのだろうか。オリヴィアは自らの身体を抱き、無言で震えている。
無理もない。あと数秒遅ければ死んでいた。それが2度も立て続けに。恐怖で震えない訳がない。
流石のレンツィオもそんな状態のオリヴィアを揶揄したりはしない。
フィオレがおずおずとオリヴィアの肩を撫でること数分。ピタリと震えが止まった。
「オリヴィアさん?」
「………………シャラアアアアァァァァァァっ!!!!」
突然立ち上がり、吠えた。
目尻の涙を乱暴に拭う。
怖かった。死ぬかと思った。そしてなにより、悔しかった。
ただの不良だと思っていたレンツィオに助けられた。それなのに自分は何も出来なかった。
薄々感じてはいたのだ。レンツィオが自分より経験も技量も上であるという事に。
いずれすぐに追い抜けると思っていた背中は、気がつけば遠くにいた。
昔はいつも自分に難癖をつけてきた不良は、いつの間にか大人になっていた。自分を置いて。
だから、認めたくなかったから、ずっとレンツィオにつっけんどんな態度をとっていた。
しかし、目を逸らすのはここまでだ。悔しいが、認めよう。自分の力不足を、未熟さを。そして相手の技量を。
「レンツィオ!!」
「……んだよ」
オリヴィアは深々と頭を下げた。
「助けてくれて、ありがとうございましたっ!」
レンツィオが目を丸くする。そして笑った。
「ハッ、たりめぇだろ。仲間なんだからよ」
「うん。それでも、ありがとう」
3年前に若きエースと呼ばれた犬猿の仲の二人が、この日、和解した。
◇
「っし、それじゃ気合い入れ直して、周辺の探索するわよ!」
憑き物が落ちたようにスッキリとした顔のオリヴィアが拳を手のひらに打ち付けて言う。やる気満々だ。
「オリヴィア、さっき湖で足跡見たって言ってたよね? ユニコーンの足跡だった?」
「ユニコーンかは分からないけど、ユーリから貰った紙に描かれたのとほとんど一緒だったわよ。一回り小さかったけど」
「だったら、ユニコーンの子供の足跡に間違いないね」
ユニコーンの足跡だと言い切るユーリにレンツィオが異議を唱える。
「でもよ、ユニコーンだと確定はしてないんじゃねぇか? 同じような足跡の動物だっているかもしれねぇだろ?」
「ううん。ほぼ確実にユニコーンだよ。ここらへんに住む似たような動物だとロバや馬がいるけど、蹄は丸い形をしてるんだ。似てるとしたら鹿の仲間だけど、鹿はもっと縦長い形だからオリヴィアが見間違える事はないと思う。似ている足跡の動物にラクダがいるけど、ベルベット領にはいないし」
「ほんっと、よく調べてやがんな」
レンツィオが素直に感心する。
「それじゃ、湖に近づきすぎないようにして探索しましょ」
あたりを調べてみると、痕跡はすぐに見つかった。
足跡や蔦に付いた噛み跡、そして水晶樹に残る何かを擦りつけた様な跡。運の良いことに、近くに角が落ちたばかりのユニコーンがいるかもしれない。
その日は結局痕跡を見つけるのみに終わったが、大きな手がかりを得ることができた。
「んで、見張りはどーするよ?」
夕飯を済ませた後にレンツィオが問う。
「見張り?」
「ああ。クロコサーペントがいたんだ。しかも俺達がいることを認識してる。いくら水辺からあまり動かない魔物だからって、今までみたいに5人で仲良くオネンネって訳にも行かねぇだろ」
たしかにそうだ。可能性は低いとはいえ、獲物を追って這いずり回っている可能性はゼロではない。
「5人で交代交代に見張る?」
「だめ。ユーリとフィオレはちゃんと寝なさい。まだ体が出来上がって無いんだから。明日動けなくなるわよ?」
ユーリの意見はオリヴィアに却下された。
「てめぇも寝とけ」
「いや、私はもう大人よ!」
「そういうこっちゃねぇよ。ついさっき小さくねぇ恐怖を植え付けられたんだ。暗い森の中で一人で見張りをするにゃ精神が持たねぇだろ。今日はフィオレ達と一緒に寝ろ」
「……分かったわ。ありがとう」
素直に頷くオリヴィア。
「つーわけで、怠惰エルフ。交代で見張るぞ。先と後どっちがいい?」
「私、夜中に起きる自信、無い」
「んじゃ夜の2の刻まで頼んだ。俺ぁ早起きのためにさっさと寝る」
トントン拍子に予定が決まり、レンツィオは土魔法で作った部屋に入っていった。
レンツィオが作った部屋は2つ。片方は大きく、もう片方は小さい。
小さい方はレンツィオとセレスティアが交代で使い、大きい方にユーリ、フィオレ、オリヴィアの三人が寝ろということだろう。
「オリヴィア。僕と同じ部屋でいい? 僕、男だけど」
「ぶはっ。男って……鏡見て言いなさいよ」
ユーリの配慮は、思わず噴き出したオリヴィアにバッサリと切り捨てられた。最近身長が伸びつつあるが、どうやらまだ男としては見られないらしい。
「それじゃティア。見張りお願いね」
「ん。任せて」
捜索三日目。ようやく手がかりが得られた。
明日もまたユニコーンの角探しである。
「……てめぇっ!! 寝てんじゃねぇか!!」
「んー……」
「ったく……何も無かったから良かったものの……おら、さっさと部屋に入って横になって寝とけ。ネボスケエルフが」
深夜にレンツィオの声が聞こえたような気がするが、気のせいであろう。




