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【書籍発売中】ユーリ~魔法に夢見る小さな錬金術師の物語~  作者: 佐伯凪
第五章 錬金術の下準備〜水晶樹の森と、ユニコーンの角〜
112/167

第112話

 捜索初日と二日目は特に目ぼしい発見は無かった。セレスティアが前に言っていた通り、水晶樹の森に住む生き物たちは皆大人しく、こちらの姿を確認するとそそくさと逃げていくものばかりだ。

 美しい水晶樹の森といえども、流石に三日に差し掛かるとその代わり映えのしない風景に飽きが来る。

 オリヴィアは足跡がないかと下を向き続け、凝り固まった首をぐるりと回し、大きく伸びをして空を見る。晴れ渡る空に鳥が三羽。少し離れた所へと降り立って行ったようだ。


「ん?」


 その方角に注視していたから気がつけた。微かな水音。


「ねぇ、今十一時の方向で水音しなかったー!?」


 少し離れて散策中の皆に聴こえるように大きな声をあげると、四人が集まって来る。


「えっと、私には聞こえませんでした」


「私も、同じく」


「俺もだ。嘘じゃねぇよな?」


 どうやらオリヴィア以外には聞こえなかった様だ。


「何で嘘つかなきゃいけないのよ。鳥が降りていくのが見えたのよね。もしかしたら水場があるんじゃないかしら」


「オリヴィア、それってどのくらいの距離?」


「うーん……目測だけど1キロくらいじゃないかしら」


「よし、行ってみよう!」


 意気揚々と十一時の方向に歩き出すユーリ。


「気のせいかも知れないわよ?」


「どうせ他に手がかりは無いんだから、行ってみて損はないよ」


 確かにその通りである。

 五人は水音がしたという方向へ歩きだした。



 歩いていると、急に視界が開けた。大きな湖が広がっていたのだ。

 水面はピクリとも動かず鏡のように空の青を移している。水晶樹に囲まれた湖畔。神秘的な光景だ。


「うわぁ……綺麗……私、冒険者になってよかった……」


「ほんとね……」


 フィオレとオリヴィアが感嘆の声を上げた。たしかに、色々なところの風景を見ることが出来るのは冒険者の醍醐味でもある。

 そんな神秘的な光景を前に、レンツィオとセレスティアは警戒気味だ。


「水面がピクリともしねぇ上に、水辺に鳥が一羽もいねぇ。美しすぎて逆に気味が悪りぃぜ」


「……ん、同感」


 そしてユーリはというと。


「んじゃ、湖の中に何か投げ入れてみよう」


 人の頭ほどの大きさの水晶樹の欠片を掴み、止められる間もなく湖に向かって思い切り投げた。

 神秘的な風景の中を綺麗な放物線を描いて飛んでいく水晶樹の欠片。

 ドボーンと派手な音を立てて湖に落ちた。


「……って何してんのよっ!?」


 スパコーンとユーリの頭をハタくオリヴィア。出来るユーリには痛くもかゆくもない。


「何かいるなら反応あるかなって思って」


「もうちょっと慎重に行動しなさいよ! せっかくの風景が台無しじゃない!」


 叫びながら湖を警戒するオリヴィア。しかししばらく待っても何も反応はなく、また水面が鏡のように落ち着いた。


「とりあえず、何もなさそうね」


「ん、だけど警戒、解いちゃだめ」


「だな。火の精霊、輻輳し我が足元に砲列せよ」


 レンツィオがいつでも石火で動けるように魔法を唱えた。

 おそるおそる湖に近づく五人。しかし、水辺に来ても特に何かが起こる様子は無かった。

 しばらくして、手分けして手がかりを探すことに。


「お、あれ何かしら」


 一番最初に手がかりを見つけたのはオリヴィアであった。

 水辺に残ったハートの様な、桜の花びらの様な足跡。ポケットから昨日ユーリに貰った紙を取り出す。

 似ている。大きさは紙のものより小さいが、形は酷似している。


「みんなー! 足跡っぽいの、あったわよー!」


 手を上げて叫ぶオリヴィア。それに気がついた四人が顔をあげる。

 と、離れたところにいるセレスティアとレンツィオが猛スピードで駆け寄ってきた。

 何故かユーリはフィオレの方に駆け出している。


「なによ、そんなに急がなくてもいいじゃない」


 レンツィオが駆け寄りながら叫ぶ。


「逃げろオリヴィア!」


「逃げろって……」


「くそっ! 間に合わねぇ……ッ! 『石灰ァ』!!」


 石灰。レンツィオの得意とする、火球の爆破による急加速である。

 今回踏みつけた火球は4つ。爆発的な加速を得られる代わりに足へのダメージは相当なものだ。

 瞬間的な加速であれば、スピードを武器とするセレスティアよりも早いだろう。ドッとオリヴィアに体当たりし、もろとも倒れ込んだ。


「ガㇵッ……ちょっとあんた! 何すん……」


 バグン


「へ?」


 オリヴィアのすぐ横を何かがかすめた。

 抉られている。たった今自分が居たところの地面が、何かに抉られている。水辺を見ると、ワニの様な頭を持つ大蛇が鎌首をもたげてこちらを見ていた。オリヴィアが総毛立つ。

 遠くでも同じような音が。間一髪、フィオレを抱きかかえて回避するユーリが見えた。

 巨大な魔物の名は、クロコサーペント。

 見ての通り、ワニの頭を持つ蛇である。

 成人男性ですら余裕で飲み込めるほどの大きな頭部と、二十メートルはあろうかという蛇の身体。その身体を活かしたリーチの長さと水魔法を使用し身を隠す狡猾さから、付けられた等級は銀級。かなり危険度の高い魔物である。


「にげ……グアッ!」


 立ち上がろうとするも、先程の石灰で足にダメージを受けたレンツィオ。すぐに走るのは無理そうだ。


「あんた……」


「いいから逃げろ! 喰われんぞ!」


「逃げろって……お、置いていけるわけ無いじゃない!」


 震える足で立ち上がり細剣を抜く。助けられておいてみすみす見殺しになど出来る訳がない。

 クロコサーペントが身体を曲げ、全身のバネを使い再びオリヴィアとレンツィオに襲いかかる。


 瞬間。そよ風。


 セレスティアが二人の襟首を掴み、風を纏わせ走り湖から離れる。間一髪。またもやクロコサーペントが地面を抉った。


「セレスティア!」


「ん、とりあえず、撤退」


 フィオレを抱きかかえたユーリが合流する。獲物を逃したクロコサーペントの怒りの咆哮を背に、二人は一目散に駆けていった。


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