第108話
第五章、錬金術の下準備〜水晶樹の森と、ユニコーンの角〜
「ったく、冗談じゃないわよ……!」
初春。まだ雪の残るセレスティアの屋敷の庭で、オリヴィアは悪態を吐いた。悪態を吐きたくもなる。原因は目の前の白髪の少年だ。
半年ほど前、ユーリが錬金術の禁忌を侵した日、その一週間後からこの少年は変わった。
それまでも夢に一直線ではあったのだが、そこにストイックさが加わった。ただでさえ成長速度の速かった少年が、さらに加速度を増した。心配になるほどの真剣さでセレスティアの訓練を受けている。
まだまだ対人戦ではオリヴィアの方が上だった。フェイントには引っかかるし、単調な攻撃しかできなかった。しかし、今は違う。オリヴィアの攻撃を、癖を、瞳を読んでいる。ぬるいフェイントには引っかからないし、攻撃も多彩になった。
追い上げられている。たった10歳の少年に。
「こちとら冒険者一本でやってるっていうのにっ!」
しかも驚くべきことに、上がったのは戦闘の技術だけではないという。
少し前にボルグリンの店に行ったときには、なんと鍛冶の腕前もかなりの速度で上達しているとのこと。もはや店の商品として並べられるほどの武器を打てるとのことだ。
「まだ負けてあげるわけには、行かないんだからっ!」
懐に潜り込んできたユーリ。腹を狙ってきた掌底打ちを宙に舞って避ける。追うように飛んできた蹴りを細剣の鞘で受け流し、着地と同時に細剣の切っ先をユーリに突き付ける。
「勝負、あり」
セレスティアが宣言。オリヴィアの勝ちである。
「むー、また負けたー!」
どさっと地面に仰向けになるユーリ。今度こそ勝てる、そう思って挑んで何回目だろうか。なかなかオリヴィアに追いつけない。
「はぁ、はぁ……そう簡単には勝たせてあげないわよ!」
肩で息をするオリヴィア。こちらはいつ追い付かれるかとひやひやである。
ちなみにオリヴィアの冒険者等級は銅級。ユーリとフィオレが学園にいる間もソロで依頼を受け、一足先に銅級に昇格した。ユーリとフィオレも銅級に上がるのは時間の問題だろう。
「ねぇセレスティア。僕、そろそろ水晶樹の森に行けるくらいにはなったかな?」
「尚早」
「尚早かー……」
高い空に向けてため息を吐く。あと半年、錬金術の研究を再開するまでに、ある程度下地を固めておきたい。ほしい素材があったら取りに行けるくらいの実力は欲しいし、出来れば目ぼしい素材の収集くらいはしておきたい。
ユーリが今一番欲しいものは『ユニコーンの角』である。
何もユニコーンを討伐して角を得ようとは思っていない。何故ならユニコーンは金級の魔物である。流石に勝てるとは思わない。
狙っているのは生え変わりで落ちたユニコーンの角である。
落ちているものを拾うだけで良いので、誰でも手に入れることが出来る。しかし、実力の代わりに必要な物がある。それは運。
10年に一度生え変わるというユニコーンの角。そもそもユニコーンの絶対数が少ないうえに、広大な水晶樹の森である。そう簡単に見つかるとは思わない。なので、出来るのなら、錬金術の研究を禁止されている今のうちに手に入れておきたいのだ。
なのでユーリは来月の年度末特別考査が終わって新学期が始まるまでの休暇で、水晶樹の森に行きたいのである。
残念そうにため息を吐くユーリに見かねてか、セレスティアが言葉を続ける。
この半年間、ユーリは本当に頑張って来た。少しくらいご褒美をあげてもいいだろう。
「一人だと、尚早。私と『仲良し組』なら、行って帰るくらい、できる」
「本当!?」
「うん。水晶樹の森、行く?」
「行く! 行く行く! 絶対行く!」
「でも、もう一人、荷物持ち、欲しい」
「もう一人かー」
ユーリは知り合いの顔を思い浮かべる。その中で、ある程度強くて、力があって、協力してくれそうな人……それは、
「あ、一人いるかも」
「ん。誘えたら、教えて」
「分かった!」
思いついたのは一体だれか。それは翌日に明らかになる。
◇
「なんで俺がてめぇに協力してやんなきゃいけねぇんだよクソガキ」
ギルドに併設されている酒場。早々に依頼を達成して帰って来たのか、そこで酒を飲んでいる赤いツンツン髪の男。紛れもなくレンツィオである。
「俺はてめぇとお友達になったつもりはねぇんだが?」
「でも僕、スラム街の子達と仲良くなったよ。友達の友達は友達だよ」
まるで道徳の授業に出てきそうなセリフを言うユーリ。しかしこの世界に道徳の授業などない。友達の友達は友達だなんて、平和ボケした考えを持つものは極々少数である。
「知るかボケ。俺は忙しいんだ、帰ってミルクでも飲んで寝ろ。そもそもあいつらは別に友達じゃねぇよ」
鬱陶しそうにシッシとユーリを追いやろうとするレンツィオ。
「そうよユーリ。何もこんな粋がり奥手野郎に頼むことないじゃない」
嫌な予感がしてユーリについて来たオリヴィアが言う。残念ながら嫌な予感は当たっていたようだ。よりにもよってレンツィオに協力を頼むとは。
「誰が粋がり奥手野郎だボケ!」
「あんたに決まってんでしょ赤ウニ!」
「赤ウニ!?」
オリヴィアより先に銅級になったレンツィオは、最近ではすっかりやんちゃも控えめになり、まともな中堅冒険者になろうとしている。が、オリヴィアを前にすると昔のことを思い出してしまうのか、どうしても喧嘩腰になってしまう。
「レンツィオはいい人だよ。僕、知ってるもん」
「っは! てめぇが俺の何を知ってるっつーんだよ! 俺に協力してほしいなら一千万リラ持ってこいや」
「一千万リラでいいの? 分かった!」
ニコラの元に走り出そうとするユーリの襟首を慌ててレンツィオが掴む。
「だぁー! 本気にすんなクソガキ! お前言葉の綾ってのが分かんねぇのか!? 一千万リラありゃ適当な銀級冒険者に依頼出せるだろボケ!」
魔力箱の件でユーリはそこそこのお金を持っている。正確な金額は知らないが、一千万くらいはあるだろう。
「もー、じゃあ何だったら協力してくれるの?」
「だからしねぇっつってんだよ!」
「むぅ~」
ふくれっ面になるユーリ。どうしたらレンツィオに協力してもらえるだろうか。
「ユーリも変にこだわりがあるわよねぇ。私、ちょっとモニカと話して時間潰してくるわね」
オリヴィアはひらひらとユーリに手を振って、受付カウンターにいるモニカに話しかけに行った。レンツィオの態度から、協力することは無いだろうと判断したのだろう。
「モニカ……」
ユーリはモニカを見る。そして思い出す。
そういえばレンツィオはモニカのことが好きだったはずだ。そしてその片思いは今もまだ続いているように見える。何故ならレンツィオが時々モニカをチラ見しているから。粋がり奥手野郎の面目躍如である。
「ねぇレンツィオ」
「んだよ」
「協力してくれたら、モニカに色々聞いて来てあげる」
「はぁ?」
「ほら、好きな食べ物とか、休みの日何してるかとか……好きな人のタイプとか」
「は、はぁ~~~~!?!?!?」
レンツィオの顔が赤くなる。初心なのは変わっていないようだ。
「何わけわかんねぇこと言ってんだよ!? それに、その、あの……本当に聞けるのか?」
最後は小声になってユーリに聞く。情けない男である。
「うん。前プレゼントあげたことがあってね。お礼したいって言ってくれてたし。多分教えてくれるよ」
「プレゼント……モニカ、誰からも貰わねぇって言ってたのに……」
変なところでダメージを受けているレンツィオ。ちなみにユーリが渡したプレゼントとはヒエヒエ君の事である。さらにこの冬にはポカポカ君もあげている。ユーリに頭が上がらないモニカなのである。
「おいガキ、絶対だな? 嘘じゃねぇな」
「うん、絶対」
「……おし、分かった。協力してやるよ」
「ほんと!? ありがとう、レンツィオ!」
存外にちょろいレンツィオである。そして一千万リラよりモニカの情報が欲しいとは、なかなかに一途である。
ちなみに、後日モニカに色々と聞いたユーリであったが、
「好きな食べ物はサラダ、休日は歩いたことのない場所を散歩しています。好きなタイプは……好きな人のタイプを、ちゃんと自分で本人に聞ける男らしい人です」
レンツィオの撃沈が確定していた。




