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【書籍発売中】ユーリ~魔法に夢見る小さな錬金術師の物語~  作者: 佐伯凪
第四章 魔法への三歩目~グレゴリアの書記とエレメント~
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第107話

 秋も深まり、肌寒い日が増えてきた。

 少しずつではあるが、錬金術の研究を進めるユーリ。しかし現状どうにも出来ない課題が一つ。

 触媒に通した後の魔力では魔法が使えないということである。

 そもそもユーリには適性がないため触媒を通す通さないに関わらず魔法を使えないのだが、そこは魔法も使えて錬金術も出来るエレノアに頼んで試行錯誤してもらった。

 その結果が『触媒を通した後の魔力では魔法が使えない』というものである。

 ユーリはこの結果に『自分の肉体以外のものを媒介すると魔法が使えなくなる』のではないかと仮定している。こればっかりは解決の糸口が見えていないのだ。

 だがしかし、ユーリは一つの可能性を頭の片隅に持ち続けている。それがグレゴリアの書紀に記載のあった『人体への錬金術』である。

 ナイアードの毛を使用して自分自身に錬金術を付与しようとしたあの日から、ユーリは新しい素材を手に入れる度に実験していた。

 属性値の強い魔法素材で試したり、中和剤を振りかけた魔法素材で試したり、どうにか自分の左手に属性を付与できないかと試行錯誤しているのだ。

 今までの結果は惨敗。

 自らの左手に魔力を流し錬金しようとすると、ピリリとした感覚の後に必ず触媒が焼き切れるのだ。

どんな魔法属性、どんな魔法素材を使用しても同じだった。

 無意識下で身体が抵抗しているのか、それとも生体に異なる波長を付与することは出来ないのか。何にせよ出来ないことには変わりない。

 ちなみに、何となくイケないことをしているように思えて、いつもエレノアの目を盗んでやっている。

 そして今回も新たな素材を手に入れた。そう、光のエレメントである。

 魔法素材とは少し違う、かなりレアな素材、エレメント。

 今までとは違う結果が出るかもしれない。

 ちらりとソファを見る。エレノアは薄手の毛布を被っていて動かない。寝ているようだ。

 好機。

 触媒と光のエレメントを用意。流れるような手つきで右手の人差し指を添え錬金術を開始。左手に流し込むイメージで……


 ジジジ……ボシュゥ


「ちぇっ」


 失敗である。特に今までと変わらない結果であった。ユーリは肩を落としながら、念のためにと中和剤を取り出す。

 今度は中和剤と触媒を混ぜたものを用意。右手から錬金を始め、エレメントを通り、左手へ。


「……ん?」


 弾かれない。触媒が焼き切れない。今までとは明らかに異なる反応。

 ユーリはそのまま錬金を続ける。

 エレメントの持つ光の力を、属性値とは異なる何かを自分の左手の人差し指に――


 ――光が、弾けた。


 エレメントとユーリの左手が激しく金色に発光する。

 まずい。

 何が起こっているかは分からないが、確実にマズい。それだけは分かった。


(――れか――えて)


 ユーリが慌てて触媒から手を離そうとするも、離れない。身体が動かない。


「――ア」


 どんどん強くなる金色の光。ユーリの視界が、脳が、全てが、金に染まる。意識が、飛ぶ。


(――とど――て、――に――づいて)


 指先から何かが侵食してくる。

 自分が自分でない何かに、創り換えられていくような、そんな感覚。

 消える。自分が。自分という存在が、消え――


「ユーリ君っ!!!!!!!!」


 バヂヂッ!!


 声が聞こえた。一拍おいて、衝撃。

 金の光が消えて、ユーリの視界に色が、世界が戻った。いつもと変わらないエレノアの研究室、その天井が見える。

 なんで、仰向けになっているんだろう。そう思って身体を起こそうとするも、起き上がらない。暖かくて柔らかい。

 エレノアが上に覆いかぶさっているからだ。


「……エレノア?」


 ユーリの小さな胸に顔を埋め、小刻みに震えながら荒く息をするエレノア。


「どう、したの?」


 エレノアがゆっくり顔を上げた。ユーリと目が合い、一瞬安堵し、それから顔をクシャクシャにして、泣いた。


「何を……したんですか……」


「あの、エレメントの力を、自分に……」


 言葉が詰まる。自分は何をしたんだろう。

 何を、してしまったんだろう。


「なんで、そんなこと、したんですか……」


「魔法が、使えるようになる、かなって……」


「どうしてやる前に相談しないんですかぁ!!」


 怒っている。あのエレノアが。声を荒げて怒っている。


「人体への錬金術は禁忌なんですよ!?」


「で、でも、僕、知らなくて……」


「知らなくても分かっていたはずです!! 気が付いていたはずです!! ユーリ君、そんなに頭悪くないじゃないですか!!!!」


「そ……」


 そうだ。分かっていた。

 分かっていて、分からないふりをしていたのだ。進まない研究に焦って、新しい一歩が欲しくて、だから分からないふりをして実験していたのだ。


「だから、私が寝ている時に、やったんですよね」


「……」


「止められるのが、分かっていたから」


 エレノアの言う通りだ。バレたら止められる。そう思ったから、隠れてやっていたのだ。


 ボタタ


 エレノアの黒緑の瞳から大粒の涙が溢れる。怒りか、悲しみか、それとも寂しさか。

 エレノアが唇を震わせる。


「私、そんなに信用無かったですか……? ユーリ君の夢の邪魔をすると、思ってましたか……?」


「そ、そんなこと……」


 そんなことない。そんなことないのであれば、何故自分はエレノアに隠していたのか。何故黙っていたのか。理由が、言い訳が、無い。

 何か言葉を探すが、出てこない。視線をキョロキョロと動かして、そして気が付く。

 エレノアの深緑の髪が、頬にかかる毛先が金色に変わっていることに。


「エレノア、髪が……」


「おそらく、精霊化と言われる現象です。ユーリ君の爪も」


 言われてユーリは左手の爪を見る。人差し指の爪の先から半ばまでが金色に変わっていた。


「なに、これ……」


「昔、文献で読んだことがあります。錬金術の禁忌を犯した者が、その身体を緑色に変色させて事切れていた、と。幸い私達は生きていますが。ですが……」


 どんな影響があるかは、分からない。ただ変色しただけなのか、それともいずれ死に至るのか。一年後か、十年後か、それとも、明日か。


「ぼ、僕……僕は……」


 なんてことをしてしまったんだろう。自分だけならまだ良かった。どうしてエレノアを、大切な人を巻き込んでしまったのだろう。


「僕……」


 ユーリの瞳から涙が溢れる。あの時、何故人体への錬金術を始めてしまったんだろう。どうしてやめなかったんだろう。エレノアに聞いていれば、錬金術の基礎を学んでいれば。

 いくら悔やんでも、もう遅い。もう、遅いのだ。涙を流すユーリを見て、エレノアは少しだけ微笑んだ。


「でも、ユーリ君が生きていてくれて、本当に良かったです」


「ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさい!! ごめんなさいいぃ!! うわああぁぁん!!」


 ユーリはしばらく、声をあげて泣き続けた。



 一週間、ユーリとエレノアは知り合いに現状を報告して回った。怒られたり、心配されたり、悲しまれたり。反応は様々だった。

 フィオレからは激しく怒られるだろうと思っていたユーリだったが、予想は外れた。フィオレは強いまなざしで『ユーリなら絶対に解決できる。私も全力で手伝うから。だから、決してあきらめないで』と、ユーリの肩を掴んで言っただけだった。

 幸いなことにこの一週間、ユーリとエレノアに変化は見受けられない。楽観視はできないが、喫緊きっきんでどうこうなることは無さそうだ。

 二人きりの研究室で、無言の時間が流れる。


「……ごめんなさい」


「もう、ユーリ君。謝らなくて良いっていってるじゃないですか」


 目を伏せて謝罪するユーリに、エレノアが困ったような笑顔で答える。この一週間でユーリに何回謝罪されただろうか。10や20ではないだろう。


「だって、僕のせいで……」


「だから、それも違うって言ってるじゃないですか。錬金術を何も知らないユーリ君に、基礎だけ教えて自由にさせてた私に責任があるんです。こちらこそ、怒ってしまってごめんなさい。錬金術をちゃんと教えてあげなくて、ごめんなさい」


「違う! エレノアは悪くない!」


 どこまで行っても会話は平行線である。

 エレノアはとめどなく涙を流すユーリの頭に手を置いて撫でる。


「ユーリ君。しばらくはこの研究室に来ないでください」


「そんなっ! 嫌だ! エレノア、僕を嫌わないで! お願い! お願いだから!」


 ユーリはエレノアの腰にしがみついて懇願した。そんなユーリの姿に苦笑する。


「嫌いになるわけ無いじゃないですか。ただ、ユーリ君は一度錬金術の基礎を正しく学ぶ必要があると思うんです。私じゃなくて、ちゃんとした先生から、ちゃんとした授業を受けるべきです」


「エレノアはちゃんとした先生だよ! 僕はエレノアにいろんなことを教わったもん!」


「ありがとうございます。でも、私は先生じゃない。ただの研究者です」


 膝を曲げ、ユーリの頬を両手で挟み、その瞳をまっすぐに見る。


「中等部に入ったら、錬金術の授業が始まります。最初の半年は錬金術の基礎をしっかりと教えてくれるはずです。錬金術とは何なのか、何が出来て何が出来ないのか。そして、何をしたらいけないのかを。だから中等部一年の前半までは、私の研究室には来ないでください」


「そんな……」


「もちろん、授業以外で錬金術をするのも禁止です。良いですか? 絶対ですよ?」


「だけど、その間に精霊化が進んじゃったら……!」


「その時はその時です。焦ってもっと取り返しのつかないことになるよりはマシですから」


「そんな……」


 エレノアの意思は固い。ユーリが何を言っても聞いてくれないだろう。

 しばらくの沈黙の後、ユーリはあきらめて頷いた。ポケットからエレノアの研究室の合鍵を取り出す。


「これ……」


「はい、ありがとうございます」


 鍵を受け取ったエレノアは、寂し気にそれを眺めた後、ユーリを一度きつく抱きしめた。


「もう一度言いますね。ユーリ君のことを嫌いになったりなんて、絶対しません。また一緒に研究をしましょう。約束ですよ?」


「……うん」


 一度強く抱き返し、ユーリはエレノアから離れる。研究室を一度グルリと見回し、扉へと向かう。

 名残惜し気に振り返り、エレノアを見た。

 しばらくは会うことのない彼女を。


「大丈夫です。私はここで待ってますから」


「……うん」


 一度ため息をついて、扉を開ける。

 とんでもない過ちを犯してしまった。自分にも、大切な人にも大きな傷を負わせてしまった。

 この一週間、すごくすごく落ち込んだ。死ぬほど後悔し、何度も泣いた。生まれて初めて神に祈って、生まれて初めて神を恨んだ。

 そしてそれは、今日で終わりだ。

 これから約一年、錬金術の研究から離れることになる。

 しかし、これは停滞ではない。この一年で躍進すればいい。錬金術以外でやるべきことなど山ほどあるのだから。

 研究室の外に出て、顔を上げる。その瞳は、もう過去を映してはいない。


「エレノア」


「なんですか?」


「行ってきます!」


「はい。行ってらっしゃい」


 さよならではない。終わりではない。これは新たな出発なのだ。

 ユーリは一歩踏み出し、駆け出した。

 ゆっくり歩いている暇など、一秒たりとも無いのである。


第四章、魔法への三歩目~グレゴリアの書記とエレメント~ 完

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